大切なものを
失くしたはずなのに

その後、家に帰った。

静香

付き合おうって言ったのはあっちなんだし、私は好きで付き合ってたわけじゃないわ。

聡士

ねえ、
付き合わない?

聡士は、ものすごく自然に言ってきた。

聡士

クリスマス、
一緒に過ごす子がいないんだ。

12月の中頃にそう言ってきて、聡士と付き合うようになった……。

静香

でも、結局、
クリスマスを一緒に過ごしたわけでもなかった……。

聡士

ゴメン、友達が、
急用だって言ってて……。

聡士

ホントにホントに
大変そうなんだ。

静香

あれ、ホントに
友達だったのか?

男とは限らない。
たぶん、女だったんだろう。

今となっては、どうでもいい……。

静香

聡士は、約束しても、
何一つ守らなかった……。

昔はそんなことなかったんだけどな……。

すっごくいい加減だったけど、言ったことは時間がかかっても守ってた。

静香

生まれ変わって
責任感とかなくなったら、
本性表したってだけか?

元々、約束なんて守らない感じがしてた。
無理してたんだろう……。

あいつが自由になれたって、縛っていたものがなくなったんだって、喜んであげなきゃ……。

静香

って、フラれて
喜べるか!

いや、落ち着け、私。
あんなカスにフラれて怒るな。

静香

深呼吸しなきゃ……。

静香

結局、私のことなんて、
好きでもなかったんだ。

静香

口先だけ。
そう思い込んでただけ。

静香

他の女がいいって言うのなら、私はもう必要がないってこと。

静香

それなら私は去ればいい。

未練はないと言ったら、ウソになるかもしれない。

でも、もう疲れた。
800年の時が流れても、同じことをしているヤツに付き合うのは……。

静香

ってか、あの女、
人から彼氏取って喜ぶタイプね。
最悪だわ。

だから、メールとかじゃなくて、倉庫裏に呼び出したんだろう。

静香

あいつ、昔はそういう女、苦手だって言ってたのに……。

静香

苦手とは言ってたけど、嫌いとは言ってなかったわね。

静香

結局、女ならなんでもいいのよ。

静香

……違ってても
平気だったか。

静香

いつも周りに人がいて、女も後から後から押し寄せて来て……。

静香

『英雄、色を好む』
を、地で行ってた。

あいつのための言葉かと思ったわよ……。

静香

彼は、あの女を選んだの。
だから、私には関係ない。

もう、待たなくていいんだ。

彼を探さなくても、
いいんだ。

義経

違うよ。ボクが好んでるんじゃなくって、地位が上がると女の人が押し寄せてくるんだよ。

そんな言葉を、思い出した……。

静香

そういうことを
サラっと言っちゃうヤツだった……。

今は聡士だけど、彼は生まれる前、源義経(みなもとのよしつね)だった。

平安末期、源氏と平家が戦い、平家を倒した時の英雄。ドラマとかでもよく主人公にされる。

彼はその生まれ変わりで、私は義経の妻の静御前だった。

静香

妻って言っても、
正妻じゃないけど……。

でも、彼に本当に愛されていた妻は、私だけだった……。

義経

気にしない気にしない。
ボクが自分から好きって言ったのは、キミだけなんだ。

いや、気にするって……。

義経

他の子は、死にたくないから来ているだけ。ボクは避難場所のようなものだから。

そう言って、彼は淋しそうに目を伏せた。

確かに、時代が時代だから、妻とか言っても、恋愛感情があるとは限らなかった。
敵将の娘を助けるために妻にして、兄の頼朝に怒られてたし……。

でも、私は彼から望まれた。
そんな妻は、私だけだった。

他の妻は、「源氏の御曹司」である義経の地位にむらがるような連中だった。

義経

こんなボクを
好きになる女(ひと)なんて、
いないよ。

そんなわけないでしょ。
あいつら、あんたを取り合って大騒ぎしてるわよ。

義経

それは源氏の頭領の弟の
源義経を取り合ってるだけで
ボクが好きなわけじゃないよ。

同じことでしょ?

義経

違うよ。

義経

誰もボクのこと
見てないもの。

……。

淋しそうにそう言う顔が、嫌いじゃなかった。

義経

静はボクのこと、
好きかい?

大っ嫌いよ。
男らしくないし、
いつもヘラヘラしてるし。

義経

ね?
そうだろ?

何が「ね?」よ……。

そう言って笑った顔が、嫌いじゃなくて……。

義経

ごめんね、嫌いなのに、
ボクの側にいてもらって。

義経

ボクが
キミの側にいたいんだ……。

しかたがないから……

いてあげるわよ。

義経

ありがとう。

…………。

義経

いつまでも
ボクといてほしい……。

いつまでもなんて嫌よ。
あんたよりも条件のいいヤツがいたら……、

そっちに行くんだから。

義経

それまででもいいから。

それなら……
いてあげるわ。

そんな人、
現れないと思うし……。

義経

え? 何?

なんにも言ってないわよ

義経

そう?
何か言ってたような気がしたんだけど。

言ってない!

愛されていると、
思っていた。

こんなこと言ってても、
幸せだった。

義経

ボクはキミが大好きなんだ。

大の大人が、私よりも年上なのに、屈託のない子供のような笑顔。
童顔と言うのか、確かに顔は良かった。

きもいおっさんばかりみてたら、イイ男に見えちゃうわよ。

だから、その時、どう返したらいいのか分からず、

わた……、私もお金目当てです。
あなたなんて、好きでもなんでもないんですから!

って、思わず言っちゃった……。

義経

それでもいいよ。
キミは何が目的でもいいんだ。
ボクが一緒にいたいだけだから。

あの笑顔に騙された……。
殺伐とした時代だったのに、ほんわかした優しい笑顔。

まるでそこだけお花でも咲いているんじゃないかって、雰囲気に包まれていた。

静香

私のこと、好きって、
言ってくれてたのに……。

義経

たとえ死んでも、ボクはキミのことを思っているよ。

静香

って言ってたのに。

捨てられた……。

静香

もんのすごく
あっさりと……

静香

おかしいとは思ってたのよ……。
春休み、一度も会ってなかったし。

静香

受験生になるから、勉強でもしてるのかと思ってたら……、

新しい彼女ができてたなんてね……。

静香

バカな男だったわ。

静香

お前なんて
落ちてしまえ……。

女を乗り換えて、大学にも受かるなんて、冗談じゃないわよ。

静香

受験失敗して
地獄に堕ちろ!

そんな気持ちだった。

静香

でも、ようやく、アイツから
離れることができるんだ……。

淋しくないと言えばウソになる。
それなのに、心は軽かった。

静香

やっと、過去の呪縛から、解き放たれたんだ……。

八百年も前の恋なんて、今となっては枷でしかなかったのかもしれない。

静香

私は静御前じゃない。
静香として生きているんだ。

ヤツとは終わった。
もう、静御前の想いを辿らなくてもいい。

これから、新しく静香としての人生をはじめるんだ。

静香

もうこれで、
終わりにする……。

あの~

静香

ん?

声が聞こえた気がしたから、振り返った。

静香

……。

誰もいなかった。

静香

私は何も、
聞こえていません

頭の中でそういう呪文を唱えた。

静香

オバケ、苦手なのに。

声が聞こえたことが幽霊にバレるとまずいらしい。

わき目もふらず、一心不乱に、帰路を急いだ。

大切なものを失くしたはずなのに

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