Ⅱ 咳をしている
 二時間目と三時間目の間の休みは十五分間ある。
これを中休みと僕らは呼んでいる。
その日の中休みのこと、僕は小走りにコンピュータールームへ急いでいた。めったに使わないその部屋は、渡り廊下の向こう、西校舎の一階の隅にある。
 僕は三時間目の授業で使うプロジェクターを拝借するため、その部屋へ向かっていたのだ。本来なら職員室から借りるものだ。今日だって僕が予約をしていた。
なのに他のクラスの生徒が、僕の予約を無視して無断で借りて言ってしまったらしい。
 かくして、僕は大急ぎで、こうして校舎の端から端までを走る羽目になっている。

まったく、ついてないな。だいたいなんで僕が怒られるんだよ。あーもう、勝手に借りた奴を殴りてぇ……でも、言いたいことも言えないこんな世の中じゃ……。

僕は眉間にしわを寄せながら、コンピュータールームへと急ぐ。おそらく僕は、ここ数日で一番、苛立っている。

コン、コンコン。

あれ?

コン、コンコンコン――。


 我に返ったのは、誰かの咳き込む声が聞こえたからだった。
 ふと視線を、音のした方へ向ける。
そこは保健室だった。
暗い廊下と同じように、扉の向こうもまた暗い。

なるほど、相当、重症な奴がいるんだな。全く、こういう時は学校なんて休めばいいのに。よっぽど登校したかった変わり者なのかもな。

なるほど、どうやら風邪をこじらせて生徒が、保健室で咳き込んでいるようだ。
僕は理由がわかったことに安堵して、再び脚を早めた。

 ――その一週間後の放課後。
僕は所属している陸上部の練習に向かうため、西校舎へ向かった。
普段使わないその経路を選んだのには理由がある。グラウンドへは、西校舎を突っ切るのがもっとも近道なのだ。

コン、コン。

あれ?

コン、コンコン。

また、あの咳だな……?

コンコン、コンコン――。

どうしてまた、あの咳が聞こえるんだ?

耳元に咳き込むような声が届いて、僕は顔を上げた。
視線の先には保健室。
でも――何かがおかしい。
灯りがついていないのだ。

 その時、僕は思い出した。
保健室は、この学期の始めから東校舎へ移動したということを。
西校舎は老朽化のため、今度の休みに取り壊されることが決まったのだという。
少子化、過疎化による生徒数の減少のため、特別教室の機能はすべて東校舎にある空き教室に移されたのだ。

では、あの咳き込む声の主は誰だったんだ――?

背筋が寒くなり、僕は金縛りにあったように、その場から動けなくなってしまった。

そして当然、部活動には遅刻したのだった。

pagetop