……

おい、一体どういうことだ

悟はたまこの透けだした足を見て驚愕した。
彼女が人間でないことは知っている。人間の常識が通じないことは分かっている。けれどこれが異変であることは容易に想像がついた。

あはは……悟くん、私は人形の魂です

ああ

だけど、今は依代がなく具現化している状態ですよね

……

人形の魂が人形に宿っていなければ、やがて存在ごと消滅してしまいます

な……なら、早く人形に……

嫌です

は?

私は人形に入る気にはなれません

どうして……

だって……人形に入ったら……人形に戻ったら……

こうして悟くんとお話をすることができません

料理を作る事も、一緒に寝ることもできません

それは、いやなんです!

馬鹿か

な……

存在が消えたら結局同じことじゃないか

でも、長く辛い日々を送るよりかは、ここで楽しい日常を感じたまま消えてしまった方がいいです

理解できない

……できなくてもいいです。とにかく、こうするのは私の勝手です

たまこ……

悟くん、私の最期の時まで、どうか一緒にいてください

……

たまこの身体は次第に透け始めていった。最初は足、次は手……存在自体がどんどん薄くなるのを悟は感じていた。

悟くん

どうした?

この日のたまこは寂しげな瞳のまま悟を見つめていた。

今日は……一緒に寝てください

……いつも一緒に寝ているだろう

ベッドが一つしかない悟の家では、二人は一緒に寝るしかなかった。狭いベッドの中で悟はなんとかたまこと距離を取って眠っていたが、それでもお互いの体温を感じるには十分な距離でもあった。

違います。ぎゅっとして欲しいんです

は?

たまこは悟に手を伸ばす。その手はもうすっかり透けてしまっていた。
手だけではない。髪も、膝も、次第に透明になってきている。

……分かった

悟はたまこの手を取る代わりにぽんぽんと頭を撫でた。口元は笑っていても、伏せられた目は笑ってはいない。彼女は寂しいのか、怖いのか。悟には分からない。

ただ、条件がある

何ですか?

今日、俺は大事な仕事がある。それに、口を出さないで欲しい

え?

どうしても自分の力だけで完成させたい

……分かりました

たまこの小さな声を聞きながら、悟は作業場へと向かった。

悟くんの手……

細くて、繊細で、それでいて大きくて温かい……

私は悟くんのこと……

いえ、そんなことを想うなんて人形の魂失格です

その夜。ベッドに腰掛けるたまこの元へ、悟がやってきた。

悟くん

……たまこ

それは……

悟は、手に人形を持っていた。可愛らしいフリルの付いた服に大きなリボン。今までの人形よりより一層可愛らしく作られた人形だ。

すごいですね。これならどんなコンテストに出しても……

これは、俺の私物にする

え?

だから、ここに入れ

ずっと、俺と一緒にいろ

……悟くん?

わっ

な、なな……

ぎゅっとしろと言ったのはお前だろう

そ、そうですが心の準備が……

前は普通に抱き着いてきたくせに

ち、違います。それとこれとは……

慌ただしく口をパクパクとさせていたたまこは、やがて悟の腰に手を回した。

ありがとうございます

人形に入れば、悟くんとお話できなくなってしまいます……でも、

これからもいっぱいぎゅっとしてください

こんなに心のこもった人形に入れるなんて思ってもいませんでした

……ああ

たまこの身体が透けてゆく。
これは決して別れではないと分かっている。それでも悟は最後までたまこの身体を離せなかった。

たまこは……ここにいるんだよな

そう呟き、悟は自分の作った人形を抱きしめ……そっと額に唇を落とした。

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