人形師のお兄さん、ありがとう

ああ

幼い少女が手を振って駆けてゆく。悟も小さく手を振って返した。

成長したね悟

何がだ

今まではほつれた人形の服を直すなんていう地味な仕事は引き受けなかったでしょ?

……まあな

これもたまこちゃんのお陰?

……そんなことはない

たまこちゃん、もう帰ってこないんだって?

ああ

寂しくなるね

別に

 圭が去った後、悟は机に置いてあった人形に語りかけた。

たまこ……今日も頑張るからな

すると人形は、少しだけ笑ったような気がした。
悟も自然と笑顔になる。

気持ちが悪いわ

すると、背後から機械的な声が聞こえた。

人形に語りかけるなんて

誰だ?

振り向くとそこには、表情のない少女が突っ立っていた。

人形の魂を総括する者、かしらね

は……?

昔の悟ならそんな言葉に耳を貸さず、不法侵入だと怒っていただろう。けれど今は違う。

人形の魂……

それは、たまこ口からよく聞いたものだ。

ええ

お前も依代を失くしたとかいうのか……?

いいえ

少女は淡々と呟いた。

人の形を成すと書いて『人形』それに宿る魂というものはもともと非常に人間に近い存在なのよ

特に人間と同じような感情を抱いてしまえばもう……人間と言ってしまっても過言ではない

どういうことだ

そこの人形に宿る魂はもう人形の魂ではない

それが魂を総括するものの意思

だから、そこから追放する

なっ

少女が机上の人形に向かって手を掲げる。すると、輝かしい光がそこを包んだ。

わっ……え?

たまこ……?

あなたはもう人形の魂ではない。寿命も存在するし、睡眠や食事を怠れば衰弱する。それが人間の感情を抱いた人形の罪

大丈夫です

悟くんとこの姿でいられるなら本望です

そう

私には分からない

いつか、分かりますよ

遠慮しておくわ。私は寿命が怖いもの

そう言って人形の魂を総括する者と名乗る少女はすぅっと消えてしまった。
書斎には悟とたまこの二人が残る。

へへへ……

たまこ……

人間と同じような感情、ですか

一体なんでしょう

分かっているんだろう

ばれちゃっています?

俺を誰だと思っている?

天才人形師です

ああ

悟はたまこの背に手を回した。温かく、優しい匂いがする。もう存在が透けることもない。

これからも、よろしくお願いしますね

ああ

人形は人形師に恋をして、人形師は人形に恋をする。
人形師と人形の魂のお話は幕を閉じる。
何故ならこれは、人形師と彼に恋する少女のお話へと転じるからだ。

たまこ

はい

少しだけ赤く色づく頬と近くなる熱。ほんのりと香る甘い匂い。
二人の距離が縮まる。そして……柔らかな幸せの味に触れる。

それは人形よりずっと柔らかく、淡く、優しい感触だった。

おしまい。

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