幽霊よりも甘味が食べたい
第12話
「保健室の子供の声(3)」
幽霊よりも甘味が食べたい
第12話
「保健室の子供の声(3)」
だからー、報酬はドーナツ2個。
下調べ手伝ったからもう1個。
これは正当な請求だよ
下調べで1個追加は認めてやる。ていうかもう依頼料と一緒に出してやったからな。
だが報酬はいつも通り1個だ。
これ以上はまからん
どうせ1回で2個ずつ出すんだからいいじゃない。ケチケチしないでよ
ふふん。2個目は次の依頼料分になるに決まってるだろ?
食堂では交渉に決着がつかず、保健室に向かいながらもそんな話をしていた。
下調べを手伝ったということで、追加で1個はもらえたものの、報酬の数は増やすことができなかった。
なんとか1個でも多く食べたいんだけどなぁ。
おかあさん、どこー?
だいたい、増やす理由がないだろ。
前回は危険手当ってことで増やしたんだぞ
それはそうだけど、さっきの下調べ。追加1個じゃ足りないなって思って
……おかあさーん
1個で充分だろ? 写真のこと聞けって指示したのも俺だしな
そもそも最初から打ち合わせしておけば、あんなに困らなかったよ!
そこはあれだ、お前のアドリブ能力を試したんだよ
やっぱりわざとなんだ!
絶対1個多くもらうからね!
お、おかあさん、
どこ……かなー……
それとこれとは話が別だろ。
ていうかほんと、お前甘い物の話ばっかりだな。甘い物のことしか考えてないから、甘い物の話しか出てこないんだろ
うっ……それは、認めざるを得ないけど。
ミカちゃんにも言われたことあるし。
でもそれこそ話が別だよ!
…………
お、か、あ、さああぁぁぁん!
えっ……?!
むっ……
放課後の、夕暮れ時の保健室前。
突然そんな大声が聞こえて、わたしたちはビックリする。
い、今のって、もしかして……?
ああ。保健室から聞こえたな
なんか、噂されてる怪談とちょっとイメージ違うね。なんか元気そう
寂しそうな声ではなかったな
っ……!!
そ、そこに誰かいるのー?
いるなら一緒にお母さんを探して欲しいなー
あんまり困ってなさそうな感じの声だよね
ふぅむ。もしかしてまた改変されてしまったのか?
っ!!
うっ……うう、おかあ……さん
あ、ちょっと悲しそうになった
ふむ。泣いてるかも知れないな。
……どっちにしろ開けなきゃ話が進まん
そうだね。じゃあ、開けるよー
ガラガラと、保健室のドアを開ける。
するとそこには……。
…………
半泣きでこっちを睨む男の子が、保健室の真ん中に立っていた。
えっと……こんにちは? こんばんはかな
…………
男の子は無言のまま、すっと手を伸ばしてくる。
反射的に手を取ろうとしてしまったけど、わたしは慌てて手を後ろに回す。
あぶないあぶない。
君、お名前は?
……たける
たけるくんだね。
あ、わたしは佑美奈。よろしくね
……はぁ。調子狂うなぁほんと。
お姉ちゃんたちみたいなのは初めてだよ。
だいたいなんなの? その後ろのでっかいヒヨコ
え? あぁ、これはヒヨコの姿をした人の幽霊で、名前はピヨ助くん
幽霊? へぇ……初めて見た。
人なのにヒヨコって、変なの
なんだ、思ったより生意気そうなクソガキだな
……ま、あんな反応されちゃあね
たけるくんはプイッとそっぽを向く。
あんな反応?
わたしたち、なんか悪いことしたかな?
お姉ちゃんたち、怪談の内容知ってるんでしょ?
え? まぁ、うん。そうだけど
手を取らなかったことからわかったんだろう。誤魔化してもしょうがないので、素直に認める。
またかー。最近そんなのばっかりだよ。
誰も手を取ってくれないんだ。
冷やかしで会いに来るヤツばっかり
そ、そうなんだ……
怪談話に最初から回避方法がついてるから、当たり前なんだけど……。
なんかこの子、ちょっと心が荒んじゃってるよ。
お姉ちゃんたちもそうなんでしょ?
幽霊に会えてよかったね。ばいばーい
ま、待って待って、わたしたちはそうじゃなくて
落ち着けクソガキ。俺たちは怪談の調査に来たんだよ。
わかるか? 調査
調査……? 調べてどうするのさ
怪談を調べ、真相を見つけ出す。
怪談の本当の意味と、幽霊が本当に言いたいことを調べるのが、俺の目的だ
ふーん……。
でも幽霊なんでしょ? あんたも
幽霊だろうと人間だろうと同じことだ
あのね、たけるくん。
ピヨ助くんは生前から怪談を調べていて、死んでも調べ続けるほどの執念を持ってるんだよ
そっか、ちょっとおかしい人だったんだね
なんだとクソガキ
まぁまぁピヨ助くん。
子供相手に大人げないよ
そーだそーだ。
……ヒヨコなのに大人げないだって。
ぷっ、くくく、あははははは
あ、やっと笑った
たけるくんはピヨ助くんを指さして笑い出した。
ピヨ助くんは不本意そうだが、今度はちゃんと大人の器を見せつけたいのか、黙っていた。
……でだな。たけるだったか。
自分の怪談の内容が、ここ数年で大きく変わったことに気が付いているか?
ピヨ助くんは気を取り直して、本題に入る。
ぼくの怪談が?
うーん……どうなのかな。よく覚えてないよ
覚えてないの? たけるくんの意志で、怪談の内容を変えたんだよね?
……よくわからない。
噂されるうちに変わっちゃったんじゃない?
そういうもんなんでしょ?
たけるくんの言う通り、幽霊の意志とは関係なく噂が伝わる過程で内容が変わってしまうことがあると、前にピヨ助くんが教えてくれた。
でも今回は、たけるくんがこの怪談を乗っ取ったはずなんだけど……。
……それにしては、内容が大きく変わり過ぎているんだよ。俺が調べた、5年前からな。
……いや、正確には6年前か
え……?
6年前? それはつまり……ピヨ助くんが調べたのは、死んだ3年生の時ではなくて、2年生の時だったってこと?
ちょっとの変化なら、時間と共に起きるだろう。
……だか大きな変化には、何かしらの理由がついているものなのだ
ふーん。じゃあぼくの怪談も、なにか理由があって変わったっていうの?
そうだ。本当に覚えてないのか?
うーん……そう言われてもなぁ。
よくわからない。
ぼくはやっぱり、みんなが話す噂のせいだと思うんだけどな
なんだか、ちょっと雲行きが怪しくなってきた。
わたしはそっとピヨ助くんに話しかける。
ね、ピヨ助くん。本当に怪談ジャックなの?
ぜんぜん自覚なさそうだよ?
ああ……。
だが、そういうものなのかもしれない
……どういうこと?
とにかく、先生の子供だってのは間違いないはずだ
それはそうなんだろうけど
ねーねー。じゃあさ、そこまで言うなら説明してよ。
大きく変わった理由ってなんなの?
もちろんそのつもりだ。
まず……お前の探しているという、お母さんについてだが
あ……ちょっと待って
ねぇ、たけるくん。
お母さんって、どんな人?
わたしはつい、ピヨ助くんを遮ってそう聞いていた。
おい、佑美奈……
ごめん、ちょっと聞いておきたくて
本当は、なにかわかったっぽいピヨ助くんに任せておけばいいんだと思う。
でも、この子が本当に早川先生の子供だっていうのなら、少し話をしておきたいと思ったのだ。
お母さん? ……いつも、働いてたよ。
ぼく、1人で留守番すること多かった
そうなんだ。お母さんは優しかった?
うん……。夜にならないと帰ってこないけど、いつもお菓子買ってきてくれた。
お父さんはもっと遅かったけど、寝る前まで遊んでくれたよ
いいお父さんとお母さんだね
……幸せそうな家族じゃないか
しあわせ……。
うん、そうだったと思う。でも
たけるくんはそこで、俯いてしまう。
ぼくは自分がもう幽霊だってわかってるよ。死んじゃったってことだよね。
……お父さんとお母さん、どうなっちゃったかな
……それは
ふん。普通に生活してるに決まってるだろ
ちょっと、ピヨ助くん
なんだよ、おかしなことは言ってないだろ。
今まで通り普通に働いて、普通に暮らしている。毎日を普通に過ごしてるはずだ。
……それとも、泣いて暮らしていて欲しいか? 後を追って自殺して欲しいか?
……ううん。普通に暮らしていてほしい。元気でいてほしいよ。
……泣いてくれてないのは、ちょっとさびしいけど
ふたりとも……
……そうだ。たけるくんの境遇は、そのままピヨ助くんにも当てはまるんだ。
自分が死んで、そのせいで両親が普通の生活を送れなくなってしまっていたら……とてもやりきれない。
ピヨ助くんも……両親のこと、気になってたりするのかな
おかあ……さん……
たけるくんのお母さんは、甘い物好きだった?
お前はまた……
いいでしょ、別に
早川先生は喫茶店『星空』のパンケーキをよく食べに行くって言ってたし。
うーん、わからない
そっか……。たけるくんは? ケーキとか好き?
その質問に、しかしたけるくんはとんでもない答えを返した。
ううん。ケーキって女の食べ物でしょ?
ぼくは男だから食べないよ
えぇぇ?!
そんな……もったいない
なんとも偏った考えだな。
男だって甘い物くらい食うだろ
えー? 食べないよ!
かっこわるいし
違う、それは違うよたけるくん!
いい? 甘い物っていうのはね、ケーキっていうのはね、誰が食べても幸せな気持ちになれる、素晴らしいものなんだよ? そこに男女の差はない。平等なしあわせがそこにあるんだよ。
わかる?
え、えーっと……わからない
俺もよくわからんぞ
なんでわからないの?
ああもう、今ここに、ケーキがあれば! その素晴らしさを教えることができるのに。
甘い物を食べてる時っていうのはね、こう……自分の中で、甘みと共にしあわせがふわっと広がっていくんだよ。あの感覚が、しあわせってことなんだよ。
だからね、たけるくんももし甘い物を食べる機会があれば、是非この感覚をしっかり味わってほしい!
わたしは拳を握り、熱く語った。
これできっと、少しは伝わったはず。
お姉ちゃんこわいよ……
食べる機会なんてあるわけないだろ……幽霊なんだぞ
えぇー……
おかしいな……なんで伝わらないんだろう。
この甘い物にかける想いが。
で……だ。もう単刀直入に聞くぞ。
……早川久子という名前に聞き覚えはあるか?
あ……
わたしがショックを受けている間に、ピヨ助くんはついにその名を出してしまう。
するとたけるくんは……。
はやかわ……ひさこ……
たけるくんが、名前を繰り返す。
驚いているのか、思い出せそうなのか、それともまったくわからないのか。
その表情からは読み取れなかった。
俺たちの考えでは、それがお前の母親の名前だ
ぼくの、お母さん?
……その人は、どこにいるの?
ここだよ。たけるくん。昼の間、ずっとここにいる……保健室の先生だよ
え……?
たけるくんはきょろきょろと辺りを見渡す。
……さっき、怪談の内容が大きく変わるには理由があると言っただろ。
お前の怪談の内容が変わったのは、3年前に養護教諭、保健室の先生が替わったからだ
先生が、替わったの?
ああ。そしてな、お前は元々はその先生の息子の幽霊だったんだ
え……ええ?
ちがうよ、ぼくはもっと昔から、ここで怪談を
乗っ取ったんだよ。
元々あった怪談話を、お前がジャックした
乗っ取った? さ、さすがにそんなことしたら覚えてるよ。そんなわけないよ
たけるくんの反応にわたしは少し不安になったけど、ピヨ助くんはふるふると首を振る。
きっと相性がよかったんだろうな。
お前は無自覚に怪談を乗っ取った。
しかし新しい怪談話ではなく、昔からある怪談話の幽霊と入れ替わったせいで、その怪談に合うように記憶が変えられてしまったんだ
あ……そういう、ことなんだ
怪談話の内容に引っ張られると、生前のことが思い出せなくなったりするみたいだし、ピヨ助くんの言う通り、乗っ取ったこと自体忘れているのかも。
自分が、昔からいる幽霊だと思い込んでいる可能性があるんだ。
ぼくの……おかあさんが、ここの先生……
たけるくんはわたしたちに背中を向けて、先生の机をぼうっと眺める。
まるでそこに先生の後ろ姿があるかのように。
そうなのかな……。
なんだか、そんな気がしてきたよ
思い出せたわけではないのか?
うん。ぼくってさ、ここに誰かがいたら現れることができないんだ。
でも、ここの先生が一人の時に、ずっと写真を眺めているのは知ってる
先生が……
だから、明日その先生に声をかけてみるよ
え……でも、どうやって? 先生がいたら現れることができないんだよね?
簡単だよ。その先生が保健室を出てすぐに現れれば……
そうか、先生が保健室を離れる前に声をかければ、開けてくれるかもしれないな
そういうこと。そうすれば、本当かどうかわかると思う。
明日、試してみるよ
あ……うん!
それがいいよ、たけるくん!
そうすれば早川先生も、たけるくん、子供の幽霊に会うことができる。
わたしはなんだか嬉しくなってきた。
お母さんを探すたけるくんが、先生と再会できるのが嬉しい。
ふむ。じゃあ今日のところはここまでだな
……そっか。うん、そうだね
なんかあっさりした終わり方だけど、わたしたちができることはもうない。
あとは明日の結果を確認すれば、ピヨ助くんの怪談調査は完了のはずだ。
ね、お姉ちゃん。いろいろありがとうね。
……お母さんとお父さんがどうしてるのかって、あんまり考えたことなかったから
たけるくん……
……あれ?
でも、お母さんを探していたんじゃ……。
……だから、ありがとう。
ゆみなお姉ちゃん
ううん、どういたしまして!
たけるくん
……ま、いっか。
真相はもうわかったようなもんなんだから。
細かいことは気にしない。
たけるくんは笑顔で、わたしに手を伸ばしてくる。
わたしは名前で呼ばれたのが嬉しくて、笑顔でたけるくんの手を握った。
するとたけるくんは……
ジト目になった。
お姉ちゃん……。
はぁ、しょうがないなぁ
そしてパッと手を離す。
わたしはなにがなんだか、わからない。
え? な、なに? わたしなにかした?
お前なぁ……油断しやがって。
ひやっとしただろ。
なにこいつの手を取ってんだよ
手?
………………あああぁ! そうだ!
子供の幽霊の手を取っちゃだめだったんだ!
や、やらかした……!
ピヨ助くんの言う通りだ。
もう終わったと、油断してた。
でも……。
あ、でもたけるくんが手を離してくれたから、セーフだよね?
怪談では、手を離してくれなかった場合は死後の世界に連れて行かれるとあったけど、手を離してくれたら大丈夫だったはずだ。
まーね。
本当はアウトだけど、特別だよ?
ほっ……
ありがとう、たけるくん
本当はアウト?
基準がよくわからないけど……助かったんだし、よしとしよう。
まったく。
よし、それじゃあ帰るぞ。
……クソガキ、いやたける。
明日ちゃんと試せよ。お前のお母さん
うん。わかってるよ。
……じゃあね。ばいばい
わたしたちはたけるくんに手を振って、保健室を後にした。
ふう、今回は下調べのおかげで楽勝だったな。
最後を除いて
う……しつこいなぁ。
ちょっと、安心しちゃったっていうか……その
ふん。
……あんまり油断するなよ。
危険は排除するが、それでも怪談は恐ろしいものなんだからな
……うん。あの、ピヨ助くん。
……ごめんね
む……わかればいいんだ、わかれば。
……ま、ほら、行こうぜ。暗くなるぞ
あー、もうほとんど日が暮れてる。
ケーキ屋さん行きたかったな
そんな場合かよ。早く帰れ。
テストあるんだろ?
うわ……なんてこと思い出させるの……
嫌なことを思い出し、わたしはとぼとぼと歩き出して……。
あ~あ……
ん? ピヨ助くん、なにか言った?
テスト。学期末試験。
佑美奈、現実から目を逸らすな
ち、ちがうよ!
それじゃなくて……ああもう、いいよ
はぁ、帰ったら少し勉強しなきゃなぁ。
ピヨ助くんが代わりに試験受けてくれたらいいのに
アホ言うなよ。そんなんできるわけないだろ
わかってるよ。言ってみただけだよ
でも、入れ替わり……か。
そういえば、たけるくんが怪談をジャックして、元々の幽霊と入れ替わったのなら……その元の幽霊はどこに行ってしまったんだろう?
成仏したのかな?
たぶん、そうだよね。
……それよりも
さっき聞こえた声。
あれって、確か怪談を回避した場合の……。
わたしは少しだけ、引っかかりを感じつつ。
学校を出て、その足で『アウラ・ケーキ』に寄ってケーキを買ってから家に帰った。
……勉強には甘い物が必要、だよね?
しかし翌日。
早川先生が幽霊を見ることも、声を聞くこともなかった。
…続く