幽霊よりも甘味が食べたい

第11話
「保健室の子供の声(2)」




















 放課後になるとすぐに、わたしはピヨ助くんと共に保健室へと向かった。



 怪談『保健室の子供の声』。
 ミカちゃんが話してくれた内容は、ピヨ助くんが5年前に調査した内容と全然違うらしい。


 でもわたしはこれまでの経験から、怪談話は改変されていくものだと知っている。
 人に伝わる過程で、より怖く、より驚くように、話は変えられていく。

 それを教えてくれたのは、他ならぬピヨ助くんなんだけど……。


 その辺りのことを、5時限目が終わった後に聞いてみた。






ピヨ助

こうも違うと、どっちにしろ調べ直しだ。改変の過程も気になるしな

佑美奈

そんなに違うの?

ピヨ助

ああ。もちろんタイトル通り、保健室の中から子供の声が聞こえてくるという基本部分は同じだ。

だが、聞こえてくる声は母親を探す声ではなく、子供が遊んでいる声だ

佑美奈

遊んでるって、楽しそうな声ってこと?

ピヨ助

そうだ。そして外で聞いているのがバレると、一緒に遊ぼうと誘ってくるんだ。
そこで保健室のドアを開けてしまうと……

佑美奈

あ、もしかしてそこからは同じ? 中に子供がいて、手を伸ばしてくるの?

ピヨ助

いいや。
……ドアを開けた瞬間、問答無用で人形にされてしまい、おもちゃにされて、最後には四肢をもがれて殺されてしまうんだ

佑美奈

うわっ、こわっ! そんな危ない怪談だったの?
それは確かにさっき聞いたのと全然違うね

ピヨ助

だろう? 随分マイルドになったもんだ。
それに、この怪談は……

佑美奈

うん? 他にもなにかあるの?

ピヨ助

……いいや、なんでもない。

放課後になったらすぐに保健室に行くぞ











 というわけで、6時限目とホームルームが終わるとすぐに教室を飛び出し、保健室に向かっている。

 もちろん、まだ日は暮れていなくて……。



佑美奈

ってピヨ助くん。よく考えたら急いじゃだめなんじゃない?
まだ日が暮れてないよ?


 ミカちゃんから聞いた話では、放課後の夕暮れ時の保健室、だったはずだ。
 今行っても怪談に遭遇できないかもしれない。

ピヨ助

いいんだよ。
いいか、今回は5年前の調査が役に立たないかもしれない。まずは下調べが必要だ

佑美奈

下調べ……あ、そっか。なるほどね


 確かに今までは、ピヨ助くんが生前調査した内容が鍵となっていた。
 でも内容が大きく変わってしまっている今、その情報が通用しないかもしれない。

ピヨ助

かなり改変されているからな。
きちんと下調べしてからじゃないと危険だろ

佑美奈

慎重だね

ピヨ助

当たり前だろ。

……前回みたいなことにはしたくないからな



 前回の怪談調査は、ちょっとだけ危険な目に遭ってしまった。
 どうやらピヨ助くんはそのことを気にしているようだ。


佑美奈

それって……やっぱり









???

……もっとも、私は危険が伴う怪談に誰かを巻き込んだりしないけどね。
巻き込む時は、調べ尽くして安全を確保してからよ











 その怪談の調査の途中で、わたしは意識が飛び、謎の会話を聞くことになった。

 男子と女子の会話で、男子の方はおそらく……生前の、ピヨ助くん。

佑美奈

そういえば、結局ピヨ助くんに確認してないなぁ……


 もう一人の女子は、男子の口調からしてたぶん、ピヨ助くんの先輩なんだと思う。
 そしてその人が、今の台詞を言っていたのだ。





ピヨ助

おい、佑美奈? なにぼーっとしてるんだよ

佑美奈

え……してないよ?

ピヨ助

またどうせ甘い物のことでも考えてたんだろ

佑美奈

考えてな……あ! それで思い出した!
今回依頼料、もらってないよ!

ピヨ助

ちっ。
ちゃんとやるよ。時間がないから後でな

佑美奈

むう……しょうがないなぁ。

でも、下調べって具体的になにするの?

ピヨ助

ちょっとな、気になることがあるからそれを調べる。
もしかしたら、改変の手がかりになるかもしれん

佑美奈

おお、もう目星が付いてるんだ?

ピヨ助

まーな。
5年前と今とで、変わったところが他にもあるんだ

佑美奈

変わったところ……?
それって、怪談の内容以外に?

ピヨ助

そうだ


 なんだろう……なにか変わったんだろうか?
 あれこれ思い浮かべてみたけど、わたしには思いつかなかった。








ピヨ助

着いたぞ。……よし、まだ中にいるな


 ピヨ助くんは保健室のドアに顔を突っ込んで、すぐに戻ってくる。




 そこで、さすがのわたしもピンと来た。

佑美奈

あ、もしかして変わったのって

ピヨ助

ああ。この中にいる……養護教諭だ




 そう言うと、ピヨ助くんは保健室のドアを一気に開けた。




佑美奈

え、ちょっ……! ピヨ助くん?!







早川先生

わっ、びっくりした……。

あら? あなたはさっき、ミカさんと一緒にいた……


 早川先生は、なにかを見ていたようで、慌ててそれを机に置いて振り返った。

佑美奈

あ、えっと、すみません。
弓野佑美奈です

早川先生

弓野さんね。
次からはノックしてくれるかしら

佑美奈

はい……本当にすみません


 謝りながら、横目でピヨ助くんを睨む。
 けど、ピヨ助くんは素知らぬ顔で保健室の中を観察し始めた。

 もう……絶対わざとだよね。

 突然開けるなんて酷い。まだ心の準備ができてなかったのに。



早川先生

具合が悪いわけじゃなさそうね?

佑美奈

は、はい。ちょっとお話がしたくて

早川先生

ああ、いいですよ。

……そんなに緊張しなくても大丈夫よ?
そうやって保健室に来る子、結構多いから。
さあ、そこに座って






 わたしは勧められるままに、診察で使うくるくる回る丸椅子に座った。
 そういえばミカちゃんが、先生は女子から相談をよく受けているって言ってたっけ。

佑美奈

で……いったい、なにを話せばいいの?
ピヨ助くん!


 下調べとピヨ助くんは言うけど、こういうことをするのは初めてだ。
 なのにピヨ助くんはなんの打ち合わせも無くドアを開けてしまった。

佑美奈

投げっぱなしとか酷い……。
あ、でも、報酬多めに請求できるよね、これ


 怪談調査に協力する代わりに、ピヨ助くんからはとっても甘くて美味しいドーナツを貰う契約をしている。
 これがあるからこそ、興味のない怪談を調べるのに協力しているのだ。

佑美奈

……協力することになっちゃった、と言った方が正しいんだけど。

でも、あんなに甘くて美味しいドーナツと出会えたんだから、わたしは後悔してないけどね






早川先生

はい。麦茶でいいかしら

佑美奈

えっ! あ、わざわざすみません!


 そんなことを考えている間に、早川先生は麦茶を注いでくれていた。
 ありがたくコップを受け取る。

早川先生

本当に、もっとリラックスしていいのよ?
ミカさんもいっつもここでお茶を飲んでいくんだから

佑美奈

あはは……そうなんですか


 ミカちゃんは遠慮しなさそうだもんなぁ。目に浮かぶよ。

早川先生

そっか、弓野さんが例のゆみゆみ……

佑美奈

えっ……? 例の……なんですか?

早川先生

ううん。ちょっとね。
ミカさんから、甘い物好きの友だちがいるって、よく話を聞くから

佑美奈

……えぇ?


 ミカちゃん? いったい、先生になに話してるの……?
 今度聞き出さなきゃ。




早川先生

それはともかく。
話ってなにかしら。なにか相談事?

佑美奈

あ……えーっと





ピヨ助

ふーむ……





 ちらっとピヨ助くんを見るが、保健室内をあちこち物色していて、助けてくれる気配はない。

 ……絶対多めに報酬(ドーナツ)貰うからね。

早川先生

なにか、話しにくいこと?



 どうしよう、なにを話せば……。

 たぶんピヨ助くんは情報を引き出して欲しいんだろうけど、そんなノウハウわたしにあるわけがない。

佑美奈

うーん……


 いきなり怪談のことを聞くのもおかしいよね。
 まずは、なんでもいいから話をして場を繋ごう。

 話題、話題……。

 こういうとき話し好きのミカちゃんなら、すらすらと話が出てくるんだろうなぁ。

佑美奈

すらすら出てくる……話題……







佑美奈

ええっと……早川先生は、甘い物好きですか?

早川先生

えっ……?
そ、そうね。嫌いではないわよ


 結局出てきたのはいつもの甘い物のことだった。
 ああ、ピヨ助くんが白い目で見ている気がする

早川先生

駅前に、喫茶店『星空』ってお店があるんだけど

佑美奈

あ! わたしそこよく行きます!
パンケーキが美味しいんですよね

早川先生

そうそう。
さすがね。やっぱりこの辺りのお店は網羅しているのかしら?

佑美奈

もちろんです。食べに行ったことのないお店はありません

早川先生

本当に、すごいわね……。
星空のパンケーキは私もよく食べに行くのよ

佑美奈

そうなんですか?
ふわっふわで美味しいんですよね……。
行くといつもダブルで頼んじゃいます

早川先生

私はシングルでしか頼んだことがないんだけど、ダブルだと多くないの?

佑美奈

足りないぐらいですね

早川先生

……ふふっ、ミカさんの言っていた通りね。
本当に甘い物が好きなのね

佑美奈

はい! 大好きです




早川先生

世界中の甘い物はすべて自分のものだと思っているのよね




佑美奈

はいっ! わたしのものです!





 わたしは満面の笑みでそう答える。




 が、すぐに真顔になった。

佑美奈

って、それミカちゃんが言ってたんですか?!

早川先生

そうよ?

さすがに話を盛ってると思ったんだけど……そうでもなさそうね

佑美奈

あ……え、えっと、他には? 他にはなにか言ってましたか? 甘い物以外で


 わたしは恥ずかしくて、無理矢理話を変えようとする。

早川先生

他には?

そうねぇ……最近怪談話にハマッているって

佑美奈

えぇ? そ、そんな


 そんなことはない、と言いかけて口を閉じる。

 もしかして、これって怪談のことを聞くチャンス?
 怪談話が好きとか思われたくないけど……。

佑美奈

そ、それほどでもないんですけど……

佑美奈

あ、そーだー! 早川先生は、この保健室の怪談話、聞いたことありますかー?


 なるべく自然になるようによぉく気を付けて聞いたのに、早川先生はちょっと驚いた顔をしたあと、小さく笑う。

早川先生

子供の声のでしょう? よく聞かれるのよね、生徒たちに。
ミカさんにも聞かれたっけ

佑美奈

え、そうなんですか?

早川先生

ほら、怪談の内容的に、保健室の中にいる私は幽霊を見てるんじゃないかって、思う子が多いみたいね。
……でも残念。私は幽霊を見たことないし、声も聞いたことないの

佑美奈

へぇ……ちょっと意外ですね


 わたしがそう言うと、先生は少し首を傾げる。

早川先生

あら、もっと残念がると思ったけど。
でも、怪談話ってそういうもんでしょう? 噂は広まるけど、実際に見たって人には会えない。人づてに聞いた話のことが多いもの

佑美奈

そ、そーです、ね~……


 先生、目の前に実際に幽霊を見た人がいます。
 もっと言えば、その幽霊がすぐ側にいますよ。


 でも先生の言ってることもわかる。
 わたしは、自分以外に幽霊を見たって言う子に会ったことがない。
 友だちの友だちから聞いたっていう話ばっかりだったと思う。



 ここでふと、わたしは大事なことを確認しなければいけないことに気が付いた。



佑美奈

……そういえば早川先生って、いつからこの学校にいるんですか?

早川先生

と、唐突ね?

佑美奈

え? あ、ごめんなさい。
その、例の怪談話って、昔は内容が違ったって噂があって……

早川先生

そうなの? それは初めて聞く話ね。
……でもごめんなさい。私がこの学校に来たのは三年前。
たぶん、その頃から今噂されている話と同じだったと思うわよ?

佑美奈

そうですか……


 ピヨ助くんの言う通り、この5年の間で先生が替わったらしい。
 裏が取れた……けど、これって大した情報じゃないよね。
 やっぱりわたしにはこういうの向いてないなぁ……。





ピヨ助

おい、佑美奈。
これについて聞いてみてくれ

佑美奈

え……?


 気が付くと、ピヨ助くんは先生の後ろで、机を指……羽で指している。

 そういえば保健室を開けたとき、先生は見ていたなにかを机に置いていた。

 わたしの高さじゃよく見えなくて、んっと背筋を伸ばして覗き込むと、手帳くらいのサイズの白い紙が置いてあるのがわかった。

佑美奈

ううん、ただの紙じゃない。
あれは……裏返しにした写真?





早川先生

あ、こ、これは違うの、なんでもないのよ?


 わたしのあからさまな視線に気付いて、先生は慌てて写真を手に取り、胸に抱える。

佑美奈

え……。あ、ええっと……


 その反応に私はちょっと驚いてしまい、変に手を上げた状態で固まってしまう。



早川先生

本当に、なんでもないのよ。
これはね、私の子供の写真なの。それを見ていただけだから






佑美奈

はぁ、子供の写真だったんですか。
その、裏返しだったので、見えてなかったんですけど

早川先生

え?!
あ、あはは……いやね、私ったら。
余計なことまで言っちゃったわよね、今


 先生は顔を真っ赤にして、それでもそっと写真を内ポケットにしまってしまう。




佑美奈

あ、あの~……先生のお子さん、って


 早川先生、結婚してたんだ……ちょっと意外。

早川先生

……お願い、言いふらさないでね?

佑美奈

大丈夫ですよ、わたしはそんなお喋りじゃないですから

早川先生

ミカさんには絶対言わないって約束してくれる?

佑美奈

もちろんです。ミカちゃんに話したら、全校生徒に広まっちゃいますから

早川先生

……ある意味怖ろしい子よね、ミカさんって







 先生は、ふう、とため息をついてから話し始める。

早川先生

今の写真は、さっき言った通り私の子よ。
でもね……もう、会えないの





佑美奈

え? 会えないって……

佑美奈

……あっ。その、ごめんなさい!
わたし、変なこと聞いちゃって


 そこでようやくわたしは、先生のとても大事なところに無遠慮に踏み込んでいることに気が付いた。

 それはきっと、他人が軽々しく触れてはいけないところだ。



早川先生

……弓野さん、あなたは優しい子ね。
そんな悲しそうな顔しないで?

佑美奈

で、でも……

早川先生

だったら、いい?
これは先生とあなただけの、秘密。ね?

佑美奈

はい……。わかりました





 結局話はそこで終わり。
 わたしはピヨ助くんと一緒に保健室を後にした。

















佑美奈

あーあ……とんでもない話を聞いちゃったよ

ピヨ助

ちっ……。
バレないようにと、なにも触らないようにしてたのが裏目に出たな。
こっそりめくって写真を見れば良かった

佑美奈

やめなよ……悪趣味だよ?

ピヨ助

ふん。
だが佑美奈、お前も勘付いたと思うが……

佑美奈

勘付いたっていうか……。
もしかしてっていうか……

ピヨ助

あの先生の言い方。
あれはつまり、先生の子は、もう死んでいるんだろうな

佑美奈

うん……わたしも、そうなんだと思う


 もう会えない、死んでしまった子供の写真を見ていたんだ。
 そしてそれは……。

ピヨ助

ここからは俺の推測だが、怪談『保健室の子供の声』の内容は、三年前、あの先生が来てから変わったんだろう

佑美奈

うう、やっぱりそれって……

ピヨ助

ああ。どういう経緯でそうなったのかはわからないけどな。

保健室から聞こえてくる子供の声の正体は、先生の子供の幽霊だろう


 先生の話はショックだったけど、その後すぐに、わたしもピヨ助くんと同じ連想をしていた。

佑美奈

……でもそんなことって、あるの?
怪談話は昔からあるのに

ピヨ助

わからんが……だが、そう考えれば内容が大幅に変わったのにも納得がいく。
怪談の主である、霊そのものが入れ替わったんだからな

佑美奈

それって、怪談を乗っ取ったってこと?

ピヨ助

お、いい表現だな。怪談ジャックだ

佑美奈

なんかほんと……怪談って、いい加減だよね

ピヨ助

前にも言ったろ。
そもそもが人の噂話なんだ、いい加減で当然なんだよ


 確かに前に聞いたけど、本当にそうなんだなぁ。






 それにしても、先生の子供が怪談の幽霊の正体だなんて……。

佑美奈

お母さんを……探している幽霊……か






ピヨ助

よしっ。下調べはばっちりだ。
少し時間をおいて、日が暮れた頃にもう一度来るぞ

佑美奈

うん……。

あ、そうだ。依頼料分のドーナツ!
いまのうちにちょうだい?

ピヨ助

あー……しょうがねーなぁ……

佑美奈

あと、さっきいきなり保健室のドアを開けた件も。
たっぷり話を聞かせてもらうからね

ピヨ助

そんなことあったか?













 わたしたちは食堂に移動して、飲み物を買ってドーナツを食べる。
 ピヨ助くんに報酬のドーナツの数を交渉し、さっきの文句を言って時間を潰し……。



 放課後の夕暮れ時。

 再び、保健室にやってきた。


…続く




















キャラクター紹介

ピヨ助

『体はヒヨコ、頭は怪談オタク』

 ピヨ助

 千藤高等学校に通っていた男子学生の幽霊。

 5年前、怪談調査の最中に原因不明の死を遂げ、気が付くとデカイヒヨコ姿の幽霊になっていた。
 とっても甘くて美味しいドーナツを餌に、怪談話で生徒を釣るが、引っかかったのは佑美奈だけ。
 佑美奈が霊を見ることができるようになったおかげで、彼の念願である怪談調査の続きができるようになった。

 生前、すでにかなり詳しく怪談を調べていたようで、それが真相を暴く鍵になることが多い。
 また、誰かと一緒に調べていたようでもある。
 本名は不明だが、佑美奈は『九助』が本名なのではないか、と確信に近い疑いを持っている。



 幽霊になってドーナツを生み出すことができるようになったわけだが、その方法は胸に謎のポケットを貼り付けその中から取り出す、ではなく、無地の紙袋を取り出してパンと叩けば中にドーナツが現れるというもの。
 原料とかエネルギーとか色々謎は多いが、いつでもいくらでも出せるものではないらしい。

第11話「保健室の子供の声(2)」

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