幽霊よりも甘味が食べたい

第10話
「保健室の子供の声(1)」



















ミカ

ねぇゆみゆみ~。
今度あそこのケーキ屋さん連れてってよ~


 昼休み、久しぶりに学食でお昼を食べたわたしとミカちゃん。

 教室に戻る途中、1階の廊下でミカちゃんがそんなことを言い出したもんだから、わたしは目を輝かせて食いついた。

佑美奈

あそこ?
それって、駅前の『プリムスイーツ』?
それとも『アウラ・ケーキ』?
あ、喫茶店『星空』のパンケーキも美味しいよねぇ~



 『プリムスイーツ』はメイプルパウンドケーキの美味しいお店。
それだけじゃなく、プリンアラモードやパフェも人気で、種類豊富なのに高水準という、甘い物好きの私のためにあるようなお店だった。


 一方『アウラ・ケーキ』は完全にケーキ専門店。
一番美味しいのはシンプルなショートケーキ。季節限定で今は食べられない、苺をふんだんに使った特別バージョンが販売される時期は行列ができるほど。でもあれは並んででも食べるべきものだと思っている。


 喫茶店『星空』のふわっふわしたパンケーキは絶品!
喫茶店だから他の軽食も美味しいみたいだけど、わたしはデザート類しか食べたことがない。それだけで満足だから。

佑美奈

ああ~……今すぐ甘い物が食べたいなぁ……。
あまーいケーキがあれば、わたしは幸せ






ミカ

お~い、ゆみゆみ~? 戻ってきてよ~

佑美奈

うん? 戻るってなにが?
わたしはケーキのこと考えているだけなんだけど

ミカ

そっか、甘い物のことを常に考えている、ゆみゆみは平常運転だった。

って、そうじゃなくて、あたしが連れて行って欲しいって話に戻ってきてよ

佑美奈

あっ……。そうだった。ごめんごめん。
それで? どこがいい?


 気が付いたら純粋にケーキのことだけを考えてしまっていた。
 具体的にはそれを食べている未来の自分を想像していた。
 今挙げた3店はよく行くから、ケーキの味を思い出すのは容易だった。


 ……いけない、また思考が逸れてしまいそうになる。



ミカ

その3つは一緒によく行ってるでしょ~。

そこじゃなくって、なんだっけ……
『しんでれら』だっけ? 電車で行くところ~

佑美奈

しんでれら……?

あ、もしかして『しらゆき』?

ミカ

そうそう!
シンデレラじゃなくて白雪姫だったか~


 ケーキ店『しらゆき』。

 ここ、北千藤から電車で2駅。
 チーズケーキのとっても美味しい、わたしのお気に入りの店だ。

 電車に乗らないといけないから学校帰りには少し寄りにくくて、確かミカちゃんとは一度しか行っていないはず。

佑美奈

『しらゆき』に行くのはぜんぜん構わないけど、でもどうしたの? 急に

ミカ

なんかね~昨日おとうさんがチーズケーキ買ってきてくれてね、それで前にゆみゆみと行ったお店のケーキを思い出しちゃって

佑美奈

なるほどっ。そういうことってあるよね!
ケーキを食べに行ったら他のお店のケーキも思い出しちゃって、一つ思い出したらあのケーキもあのケーキもってなって、止まらなくなっちゃう!

ミカ

いや~……あるけどさ、ゆみゆみみたいに、いくつもは思い出さないよ

佑美奈

そうかな?


 ちなみに、我慢できなくなってそのまま4、5件ケーキ屋をハシゴしたこともあるんだけど、黙っていた方が良さそうだ。



佑美奈

じゃあミカちゃん。
早速今日行ってみる? 『しらゆき』

ミカ

あ、ううん。今日すぐ行きたいわけじゃないんだ~。
ほら、もうすぐ夏休みでしょ? 休み中のどこかで行こうよ~

佑美奈

うん。それはもちろん、いいんだけど……


 実は話をしていたらわたしの方が行きたくなってしまったんだけど……。


 でも、夏休みが近いということは。


佑美奈

そうだね、試験前だもんね



 学期末試験。
 あと一週間切っているのだ。
 ケーキ屋めぐりをしている場合じゃない。


 行くのは駅前のお店にしておくべき。
 最初に挙げた3店のどこかに行こう。
 『しらゆき』は試験のご褒美にとっておこう。


ミカ

あれ、試験っていつだっけ~?

佑美奈

……ミカちゃん、赤点取らないようにね


 成績についてはあまり人のこと言えないけど、わたしは赤点を取るほどではないから大丈夫。

 もっとも……。

ミカ

なんとかなるよ~。
今までもなんとかなってきたし

佑美奈

そんなこと言って、いつか赤点取るよ?


 恐ろしいことに、ミカちゃんは今まで本当になんとかしてしまい、赤点をギリギリ回避し続けているのである。
 こっそり勉強するってタイプではないと思うんだけど……。

ミカ

だいじょうぶだいじょうぶ~。

……あ、ひさちゃん先生だー

佑美奈

え……?


 ミカちゃんの声に振り返ると、そこには髪の短い、眼鏡をかけた女性がこっちに向かって歩いていた。

早川先生

あら……


 わたしはほとんど話したことがないけど……養護教諭、いわゆる保健室の先生。

 名前は確か、早川久子先生、だったと思うけど。

早川先生

……ミカさん。
その呼び方は止めましょうと、いつも言ってるでしょ?

ミカ

え~いいじゃないですか~。
ねぇゆみゆみ

佑美奈

ねぇと言われても……


 わたしが少し困った顔で先生を見ると、目が合い、先生は優しく微笑んでくれた。

 どうやら本気でやめてほしいと思っているわけではなさそうだ。
 諦めているだけかもしれないけど……。

ミカ

せんせーどこ行こうとしてたの~?

早川先生

どこって、保健室に決まっているじゃない


 先生はそう言うと、すぐ側にあったドアを開く。
 ちょうと保健室の前まで歩いてきていたようだ。

ミカ

あ、そっか~。
ひさちゃん先生、また保健室遊びに行くから~

早川先生

しょうがないわね……。保健室は遊び場じゃないのよ?
もうすぐ試験なんだから、勉強頑張りなさい

ミカ

はーい。だいじょうぶで~す


 先生はミカちゃんの様子に小さく溜息をついて、手を振って保健室の中へと入っていく。
 わたしは慌てて頭を下げた。

佑美奈

ミカちゃんって、早川先生と仲良いんだね

ミカ

うん! 学校の生徒の色んな話を教えてくれるよ~。
ひさちゃん先生って、特に女子から色々相談されるんだって

佑美奈

へぇ~……なるほど


 ミカちゃんにとって、早川先生はいい話し相手であり、情報源でもあるようだ。






ミカ

そういえばさ~ゆみゆみ、保健室の怖い話知ってる~?

佑美奈

……えぇ?!


 突然のことに、わたしはつい変な声を出してしまう。

 ミカちゃんはそんなわたしのことは気にせず、話を続ける。


ミカ

放課後の保健室の中から、子供の声が聞こえてくるって話なんだけど~

佑美奈

……えっとそれって、怪談話ってことだよね?

ミカ

うん、そうだよ~

ピヨ助

ああ、それは有名な話だな。
しかしその話は確か……



 やっぱり来た。
 怪談話となれば、当然のように割り込んでくる。
 ヒヨコ姿の幽霊、ピヨ助くん。


ミカ

最近ゆみゆみ怪談好きだもんね。
教えてあげるよ~

佑美奈

好きってわけじゃないんだけどなぁ……

ピヨ助

そういうことにしとけよ。
その方が今後もやりやすいだろ?

佑美奈

う~……でもなぁ

ミカ

なにがでもなの~?

佑美奈

な、なんでもないよ?
それで? 保健室の怖い話ってなに?


 厄介なことに、ピヨ助くんの姿はもちろん、声もわたしにしか聞こえない。
 ……他の人に見えちゃっても、それはそれで困るけど。

ミカ

なんだ、やっぱり聞きたいんだ~

佑美奈

うっ……。
もう、なんでもいいから話してよ


 誤魔化すためだったとはいえ、わたしから聞いてしまった。

 ピヨ助くんはそういうことにしておけって言うけど、もうすでにミカちゃんの中ではそうなってしまっているんじゃないかな……。


ミカ

それじゃ、話してあげるね~















『保健室の子供の声』



放課後の夕暮れ時。
保健室の前を通ると、子供の声が聞こえてくるという。



「おかあさん、どこー?」



不安そうに母親を探す声。
立ち止まって耳を澄ますと、その声は保健室の中から聞こえてくるとわかる。

子供の声は幼く、高校の保健室から聞こえてくるのはおかしかったが、あまりに不安げな声に心配になって、ついついドアを開けてしまう。


すると中には、おかあさん、おかあさんと泣き続ける、小学生くらいの小さな男の子がいて、助けを求めて手を伸ばしてくる。



しかしそこで、その手を取ってはいけない。

もし手を取ってしまえば、まるで金縛りにあったかのようにその場から一歩も動けなくなってしまう。


子供の方から手を離してくれればいいが、離してくれない場合、そのまま幽霊の住む世界へ、つまり死後の世界に連れて行かれてしまうという。



だからもし、保健室で子供の幽霊を見てしまったら、可哀想でもすぐに逃げ出した方がいい。

すると、後ろから子供の『あ~あ……』という残念そうな声が聞こえるだろう。























ミカ

って話なんだけど~、どうかな?

佑美奈

うん……ちょっと、怖い話だね


 怖いけど、でも、最初から回避方法が付いている、優しい怪談話だった。


ミカ

そうだね~。ひどいよね、こっちの同情を誘ってるってことだもんね~

佑美奈

え? あ、そっか……そういう話だよね、これ


 幽霊が怖いとかの前に、人の善意に対し、牙を向いてくるような話だ。
 酷い話といえば確かにそうだ。

ピヨ助

そういうパターンは昔からあるけどな。
こなきじじいとかその典型だろ。いや原型か?

佑美奈

なるほど……言われてみればそうかも







キーンコーンカーンコーン……







 そんな話をしていると、午後の授業の予鈴が鳴ってしまう。

ミカ

わわ、ついつい話し込んじゃった。
早く教室戻ろ~ゆみゆみ

佑美奈

うん、そうだね



 先に廊下を行くミカちゃんに続いて歩き出したところで、ピヨ助くんに手を引かれて立ち止まる。




佑美奈

ピヨ助くん? どうしたの?

ピヨ助

佑美奈、次はこの怪談を調べるぞ

佑美奈

……うん、言うと思ったよ。
こうなるとわかってたよ



 怪談調査。


 わたしが怪談に巻き込まれることで、普通は会うことの出来ない、幽霊同士の会話をピヨ助くんは可能にした。

 そうして怪談を調べ尽くすのがピヨ助くんの目的だった。



佑美奈

わたしは怪談話とか興味ないんだけど……。
でも、リターンもあるし


 この怪談は回避方法がわかっているし、危険は少なそう。

 今回は素直に協力してあげようかな。
 もちろん報酬は貰うけど。

佑美奈

協力するから、報酬、忘れないでね?



ピヨ助

……そうか、話が早くて助かる。
今回は今すぐにでも調べたいからな





 そこでわたしは、ピヨ助くんの雰囲気がいつもと少し違うことに気が付いた。

 普段ならもっと、ふざけた感じというか……言ってしまえば人を小馬鹿にしたような喋り方をするのに、今はなんだか真剣だ。

 怪談話の真相に近付いたりする時の緊張感が、すでにあった。



佑美奈

……ピヨ助くん?

ピヨ助

いいか、佑美奈









ピヨ助


この怪談……5年前と、内容が全然違うんだ








…続く




















キャラクター紹介

佑美奈

『あなたの甘味はわたしのもの』

 弓野佑美奈(ゆみの・ゆみな)

 千藤高等学校に通う2年生。

 とにかく甘い物が好き。
 普段は甘い物のことしか考えていない。
 世界中の甘い物はすべてわたしの物、と本気で思っている。
 その分、興味の無いものにはとことん無関心。

 ホラー、幽霊なども無関心だったが、ピヨ助のせいで徐々に興味を持つようになる。


 自分は目立たない地味な女の子だと思っているが、極度の甘い物好きとして有名人になっていることを本人は知らない。
 もちろん噂を広めたのは親友のミカである。

ミカ

『一番面白い話を頼む』

 ミカ

 千藤高等学校に通う2年生。

 とにかく話をするのが好き。
 そのためのネタ集めは怠らない。
 のんびりした口調だが、意外とフットワークは軽い。
 面白いことを思い付いたら後先考えないで動くタイプ。

 佑美奈のクラスメイトで、中学校時代からの親友。
 佑美奈を『ゆみゆみ』と呼んでいるのは実は彼女だけだったりする。


 ミカとしては、佑美奈は例え興味の無い話でも最後まで聞いてくれる大事な友だちで、
佑美奈としても、甘い物話ばっかりでも引かずに聞いてくれる大事な友だちで、
実は持ちつ持たれつの関係である。

 しかしその甘い物の話ばかりする佑美奈のことも、ミカの面白い話のネタにされていることを佑美奈は知らない。

第10話「保健室の子供の声(1)」

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