翌日、怜奈からの呼び出しにより、一同が介した。
悟、たまこ、圭、祐里奈、そして信。
狭い祐里奈の部屋で、ぐるりと輪を描くように座っている。
重たい空気が流れていたが、やがて痺れをきらしたように信が口を開く。

どういうことだ、怜奈

信くんが迷走しているみたいだから

迷走?

祐里奈ちゃんと人形のことについて

……

それで人形師たちも呼んだのか

……

……

……

信くん、私が舞台女優をやめたのは人形のせいだと本気で思っているの?

そうだろう?

お前は人形の美しさに心を奪われたと言っていたじゃないか

まあ、確かにそうだけど

人形の美しさは永久不滅。移ろってゆく私たちとは違う

でも

移ろっていくことは、悪いことじゃない

祐里奈

二階堂さんは何を怖がっているの?

私が女優をやめたくなるかもしれないって?

人形を大事にしている私を、女優をやめた怜奈さんと重ねているの?

……

悟くん

ああ

これは……

私の人形

あれは、俺が捨てたはずじゃ……

に、似せて作られたもの

な……

姿形はそっくりですよね? でも私には分かる

これは、あの人形じゃない

私がお母さんから、そしてお母さんがおばあちゃんから貰ったあの人形じゃないの

祐里奈……

だから、いらないんですよね

なっ

どうしたのですか? そんな悲痛な顔をして

いや、だって、目の前で……

あなたは人形が嫌いじゃないのですか?

それは、そうだが

人間は人形に勝てない

そう思いこんだのはあなたです

本当に人形に魅せられたのはあなたですよ

……っ

自分の感情に左右されてマネジメントの対象者の心を壊すのは最悪の行為だよね

……

信くん、人形が美しいのは何故だと思います?

信くん……?

人形が美しいのは、そこに魂が宿っているからです

丁寧に作られ、思いの込められた人形は魂が宿る。するとより一層人形は生き生きとするんです

お前は、魂の宿ったものを捨てた

人殺しと一緒だ

な……っ 人聞きの悪い!

形を失くして、廃れたゴミ捨て場に単なる布きれとして取り残された人形はどんな気持ちだったでしょうね

……

この人形は、俺が縫えば元に戻る

でも祐里奈の思いが込められた人形はもう戻らない

それを覚えておけ

二階堂さん

……祐里奈

私は変わる

え?

人形と違う。私はこれからももっともっと女優として変わっていく

だから、私と向き合って

人形なんかに捕らわれないで!

人形なんか、は酷いよ

あ……そっか

ふふふ

俺の夢は……日本一の舞台女優をプロデュースすることだった

でもいつしか、女優に自分の考えを押し付けるようにと変わってしまった

女優のいいところを引き出すのが俺の役目だったのに

まだ、やり直せる

悟?

俺はこの間までスランプ状態だった

けど、祐里奈の強い思いとこいつらの後押しのお陰でこの人形を作ることが出来た

人は間違えたって何度でもやり直せるんだよ

なんか、悟くんのくせに偉そうです

な!?

でも、その通りですよ。もう一度、祐里奈ちゃんと、そして人形と向き合ってください

そうそう、私のことはきれいさっぱり忘れていいんだよ

……分かった

もう一度、一から頑張りましょう、プロデューサー

うん……ありがとう


二階堂信は微かな笑いを浮かべた。それを見届けた悟はそっと人形を拾う。
これくらいの浅い傷なら、すぐに治すことができる。祐里奈が鋏を人形に突き立てるところは、台本通りの出来事だった。
お蔭で二階堂信の心を揺さぶることができた。

よかったです

そのとき、皆に紛れてにっこり笑うたまこが目に入った。自賛になるが、この人形の出来は素晴らしい。手直ししたら、これは祐里奈の元へと渡ることになっている。
ならばおそらくこの人形の魂は……そう考えて少しだけ寂しく感じる自分がいることが分かった。
完成させるのが少し惜しいような、不思議な感覚だった。

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