世界を終わらせるには、自分が死ねば良いと思っていたの

私はね

 昔はセレブリティの象徴と持て囃されたビルの最上階で、瓦礫に埋もれた地上を見下ろしながら彼女が言った。

死んだら知覚出来ない世界を、どうして“在る”って思えるの? こう考えたから

 声が震えていた。

でも、姉さんは違った

 彼女には双子の姉がいた。姉は細菌学の天才と謳われた。

姉さんは、違ったの

 彼女も天才だった。ただ、いつも姉が先で、彼女はそんな姉と比べられて育った。

姉さんは、姉さんが造った細菌を撒いた

姉さんの好きな人といっしょにいるために

父さんも母さんも私もあなたも、殺す気だった

 彼女は振り返りこちらを向いた。やっぱり、泣いていた。

私は、姉さんより、出来が悪いけど

 天才の姉と常に比較されていた彼女は自分を卑下にする癖が在った。彼女も、天才だと言うのに。

コピーぐらい、出来るって

 彼女は、姉が二人分阻害剤を作っていたことに感付いていた。そしてデータを写して作った。

助けられるって、思ったのに……!

 けれど、阻害剤が効いたのは彼女と、彼女たちに“年齢に合わせた教育”を施していた家庭教師の私だけ。

父さんも母さんも死んでしまった……他の人も……!

 私は、彼女へ手を伸ばした。彼女を抱き締める。
 彼女はあたたかくて柔らかかった。ずっと、待ち望んだ、感触だった。

 それは、効かないでしょうとも。
 アレはただの栄養アンプルだったんだから。

 都合が良過ぎでしょう?
 散々彼女を蔑ろにして。
 姉がおかしくなったら、次は彼女を祭り上げようなんて。
 だから。
 ご退場願ったんですよ。
 あの両親も、他の人間も
 要らないのでね。

ごめんなさい……

 彼女は繰り返して謝る。誰に?

助けられなくて……ごめんなさい

 私は抱き締める腕に力を込めた。罪悪など感じなくて良いのに。彼女はよくやった。阻害剤は成功していた。
 一つ、落ち度が在るとすれば、私を信じて手伝いに加えたこと。

ごめんなさい……父さん、母さん

 あんな酷い扱いを受けて置いて、尚も両親を慮る彼女。
 今更手のひらを返すヤツらを救おうなんて、何と慈悲深い。

ごめんなさい……ごめんなさい……

 あなたは、がんばりましたよ。私は慰めを口にする。何にもならないだろうが、本心だ。

 屑のために、昼夜問わず開発に没頭していたじゃないか。誰が、彼女を責められよう。彼女が顔を上げた。

ごめんなさい……あなたを、中途半端に巻き込んだ……!

 覗き込んだ瞳には紋様がうっすら浮かんでいる。阻害剤が、効いている証拠だ。
 彼女は、私をひとりにしてしまったと思い込んでいる。違うのに。
 私が、彼女をひとりにしたんだ。

ごめ、

 私は、良いんですよ、と遮った。彼女の謝罪が止んだ。涙も、ぴたりと止まる。
 私は、続けて言った。
“あなたのそばに、ずっといます”と。
 彼女は再び泣き出した。私の胸に顔を埋め、そうして、ようやく彼女の腕が持ち上がり私を抱き返して来る。私は、声を殺してわらった。
 この世界で、何人が生きているのだろう。彼女の姉は、件の想い人と生きているだろうか。
 彼女もそうだが、この双子は本当に天才だけれど、周囲を疑うことを知らない。
 二人とも、私の思う通りに動いてくれた。

 ……まぁ。
 御蔭で、不要物は消え失せた。
 私は彼女を手に入れたし。
 彼女の姉も、想い人を手に入れたのだから。
 お互い様、と言うところだろう。

   【了】

もうひとつのヤンデレ完結世界

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