王都のはずれ、
森のそばにある神殿内――
少女は一人きりで静かに瞑目していた

……

外の森に住まう獣の声も鳥の囀りも届かない神殿内は、普段は耳が痛くなるほど無音で
太陽が昇れば仄明るく、沈めば深淵の闇が訪れた

そんな自然に任せた空間で
苔むした石の床に座り込む少女も、自然の中に溶け込んでしまいそうだったが

それを阻む騒音と気配に、
瞳を開けて、この世界へとかえってくる

誰か…来ましたね

邪魔をする!
この神殿の❝ブックマーカー❞は
どこにおられるか!

その言葉の通り、神聖な神殿内を甲冑の音で荒らし
騒々しく現れたのは、将校が率いる兵士の一団だった

その甲冑には双頭の鷲の紋章が彫られていて、王国の兵士であることが窺える


若い将校は神殿の広間に一人きりで座り込む少女の姿を見つけると、兵士たちにはその場で止まるよう促し、自ら少女に近づいていった

お前が、この神殿の❝ブックマーカー❞だな

はい…と答えれば、
あなたはどうするつもりですか

我らとともに、王都に来てもらう

将校はやにわに剣を抜くと少女の眼前に向けた

キラリと鋭利に光る白く細い剣尖が真っ直ぐに、自分の顔をいまにも貫こうとしているのに、少女は黙したまま将校だけを見つめていた

……

怯える様子もなく静かに、言葉を発することもなく
先ほどと何も変わらない様子で座り込む少女の姿に、将校は剣をさげる

…ワケを話そう

将校は己の目的を目の前の少女に話しだした

――将校の話は、いま王国が抱えている問題であった


王国はいま、瘴気に満ちていて
各地で疫病がはやり、人も獣も土地もみな生命の危険にさらされているのだという


土地が枯れれば自然が枯れ
自然が枯れば獣は生きていけず
獣が住めない土地に人が住めるわけがなく
国の民が倒れれば国を守る者がいなくなり
国を守る者がいなければ王国は滅びる……


そして王国の危機を招いた瘴気は
現に甦った魔王による、魔力の支配からなるものだった

魔王の力によって王国を守っていた守護の魔法が奪われ、瘴気がたちこめてしまったのだ


このままでは王国は魔王によって滅ぼされてしまう
その危機に立ち向かうには魔王を倒さなければならない
王宮は魔王を倒すため、兵士を派遣させたのだった


我らは国のために魔王を倒さなければならない…
しかし、魔王は強力な力を持っていて一度や二度の攻め入りでは歯が立たないだろう…

それに魔王は<ブックマーク>を消す呪いを持っているという
それでは我らが何度立ち向かっても、またすぐに王宮に逆戻りだ

そう何度も魔王に挑む羽目になっては、魔王を倒す前にこの王国は滅びてしまう

<ブックマーク>を制すものが魔王を倒す
この戦いで我らは<ブックマーク>まで魔王に奪われるわけにはいかないのだ

それで、私になにを?

❝ブックマーカー❞は<ブックマーク>のその力の源とされる
その者ならば、魔王の呪いにも打ち勝つまでとは言わないが、対抗できるかもしれない

❝ブックマーカー❞よ我らとともに来るのだ
そして我らが魔王を倒す手助けをしろ
我らがためにその身に<ブックマーク>を刻むのだ!

将校の剣が少女の顔に突きつけられる
再び二人の間には無言の空気が漂った

そして少女は、

事情はよくわかりました

ならば我らとともに

ですが、私はついては行きません

なに⁉

少女の答えに、将校は剣を持った手を滑らせそうになる

剣尖が頬をかすめかけたが、少女は毅然とした態度と表情を崩さない

あなた方は、最初から魔王に倒されるものだと恐れすぎています

戦いに挑む前に負けを認めている弱いあなた方を、どうして私が信用して、安心してついて行けるでしょうか?

なに…⁉
我らが弱いだと…!

<ブックマーク>はそんな弱い方を守るための力ではありません

そして私は❝ブックマーカー❞
この神殿の<ブックマーク>の力を維持するためにここに住まう者

ただでさえこの神殿から離れるわけにはいかないのに、あなた方の話を聞いて出られません

はっきりと告げると、少女は微笑みを湛えた
そして動くことのない意思の表れだというように瞑目した

将校は剣を握る手に更に力を入れて、わなわなと震えだす

…拒めば無理にでも連れ出す覚悟だったが、侮辱をされては黙ってはいられない

ブックマーカーよ、神聖なる者として奉られる間に、王国への忠義を忘れたか

忠義を失った者は敵と同じ!
この剣でお前を処してくれる!

将校の 剣が少女を上から下に斬りつけようとした
その時だった

まったー!まってください!!

な、なんだ⁉

……!!

突然と飛び込んできた何者かに、神殿内に集まっていた全員が驚く

広間の入口へと振り返れば、そこには小さな魔獣の子が肩を上下に忙しなく息をして立っていた


少女を斬り割こうとしていた将校の剣は空を斬り
入口近くで待機していた残りの兵士たちは、反射的に魔獣の子に向けて一斉に剣を構えた

わあ!待って!斬らないで!
どうかボクの話を聞いてください!

わたわたと身振り手振りに制止を試みようとする魔獣の子の姿に、将校は呆れ返った

ここで何をしている
理由によってはお前も斬るぞ

だから斬らないでって!
理由もなにもボクたちは、この神殿のブックマーカーに会いに来たんだから

そしたら女の子が危うく斬られそうになっているんだもん
誰だってとめにはいりますって

私に会いに…ですか?

わあ、あなたがブックマーカーですか!
ああよかった、無事に会えて…

魔獣の子が喜んで少女に駆け寄ろうとしたが
そこを将校が命令した兵士たちに防がれてしまう

わあ!何をするんですか!

お前、いま『ボクたち』と言ったな
ほかに仲間がいるのか
怪しい奴をほっとくわけにはいかない

正直に言え、そして連れてこい
さもなくば…

わあああ!いますよ!その通りです!
むしろその人がブックマーカーに会いに来たんですから
ボクはただの付き人です!

…ただ、その人はここまで来る途中で何度も何度も死んじゃって…

さっきもやっと…やっと森を抜けてこの神殿まで来れたというのに
寝ていた蝙蝠に驚いて足を滑らせて…

…頭打って死んじゃったので…

たぶんまた森に戻っちゃってるから
迎えに行って連れてきます…

……

……

あまりにも必死に説明しては、あっという間に来た道を大慌てに戻っていく魔獣の子の後姿を見て
みな呆然とするあまりに、帰ってくるまで律儀に待つ羽目になった――。

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