書物には綴られる物語がある――


それは男が辿ってきた道であり
行ってきた偉業であり
そして、後に伝えられるべき伝説でもある


しかし、書物に綴られる物語の中で
男は何度も死ぬべきときがあった
そのとき、書き記してきた出来事が消えないよう
<ブックマーク>を行う必要がある


けれど、その<ブックマーク>を消滅させる
魔王の呪いが男にはかけられていたのだった――

◆◆◆

…………
………………

…ぅうっ。ここは…

鬱蒼とした森の中で男は目を覚ますと辺りを見回した

獣道の途中で気を失って倒れていたことに
またあるべき地点に戻ってきてしまったのだと気づく

…俺はまた、死んでしまったのか?

ああ!いたいた!
やっぱりここに戻ってきていたんだ!

何があったのか男が思い出そうとしていると
向こうから大慌てに息を切らせて走ってくる
魔獣の子の姿があった

おお、迎えに来てくれたのか
お前が無事でなによりだ

無事じゃないのは勇者
あなただけです

また簡単に死んでしまうから
何度もここまで迎えに来る
ボクの身にもなってくださいよ

やはり、俺はまた死んでしまったのか…

泣きながら縋りついてくる魔獣の子の訴えに
男はいつまでも倒れているわけにもいかず、
起き上がると
再び辿るべき道を魔獣の子とともに歩みだした


人の手が入っていない深く薄暗い森の中

森の出口へと続く獣道は
初めて訪れる旅人を惑わすくらい複雑だったが
二人は迷うことなく進んでいく

魔王に呪いをかけられてから
俺は何度死んでもこの森に還ってくる…
<ブックマーク>が出来ないかぎり
俺の行ったことは無かったものにされる

簡単に死ぬのは自分のせいですけどね
勇者がほいほい死ななければもっと先に…

さっきの敵はまた一段と手ごわかった…

話をまったく聞く様子のない男に
魔獣の子は疲労を込めた溜息を大きくつく

勇者、いいですか
<ブックマーク>が出来ない限り
死んだあなたは途中からやり直すことができないんです!

ただでさえ死にやすいというのに
迷惑な呪いなんかかけられて…

呪いを解くためには魔王を倒さないと
しかし、あなたはよく死ぬ
このままじゃ一向に魔王には辿りつけないのですから

わかっている…

だからこそ
俺には❝ブックマーカー❞が必要なんだ

――❝ブックマーカー❞

それは他人の記録を自身の身体に刻むことが出来る術を持つ特別な者のことである


本来、自分で行う<ブックマーク>は
神殿や教会などといった場所に集まる特別な魔力を必要とするが、
優秀な❝ブックマーカー❞であれば、何時如何なるときでも<ブックマーク>を行えると言われていた

そうです!その意気です勇者よ!
❝ブックマーカー❞さえ仲間にすれば
少しは魔王に辿りつく希望が持てるはず

その❝ブックマーカー❞がいるという神殿が
ほら、森から少し見えているそこに…
すぐそこにあるんです!

だから…
早くこの森から一度でも出ていきましょうよぅ…

あまりにも簡単に男が死んでしまうため
実はまだ、森から脱出することすらできていないという事実に、
二人は一刻も早く❝ブックマーカー❞が待つ神殿へ向かうため、何度目かの森の迷宮に挑むのだった――。

はじまれない勇者サマ

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