番外編 ~男子会的怪談話:前編~

・この作品は本編の内容とはリンクしておりません・

ただいまぁ

…また、部屋の様子が変わっている……?


 今年の春、俺は遠く離れた大学に通うため、実家を出て一人暮らしを始めた。

 大学にも慣れてきた、数か月ほどたったある日……。
 念願の気ままな一人暮らしを過ごしたこの部屋に、少しずつ異変が起き始めた。

また部屋着が、畳まれている……


 そう。そうなのだ。

 ある日を境に、俺の部屋はまるで誰かに片づけられているかのように綺麗になりはじめた。
 実家は飛行機の距離である。そもそも、家族の中に黙ってやってくるような連中でもない。

 では、誰がこの部屋を片付けているのか? 

 挨拶をした大家は口うるさそうな老人であったが、まさか合鍵を使って無断で部屋にあがりこむような事はしないであろう。入居者の部屋に入り、片づけをして去っていくなど考えにくい。

 家族でも無い、大家でもない……。
 では、一体誰がこの俺の部屋を片付けているのか。

夢遊病……まさかな

 
 非現実的なことを一人で呟き、軽く自嘲した。

 例え夢遊病であったとしても、大学で講義を受けている間にバスで十数分の距離の部屋に何かが出来るわけがなかった。

 合鍵は自分と家族、そして大家しか持っていない。戸締りを怠ったことも、ないはずである。

どういうことだ?


 自分から、あるいはほかの誰かから合鍵を奪い、それをこっそりと複製した誰かの仕業か?
 いいやそれとも、前にこの部屋に住んでいた住人の仕業であろうか?

…考えても、キリがないか

しかし、どうすれば……そうだ!


 ふと思いついたことがあり、俺は物置に手を伸ばした。邪魔に荷物をかき分けると、一つの小さな段ボール箱が出てきた。

確かここに……。あった!


 取りだしたのは少し古ぼけたデジタルカメラ。

 高校生のことカメラに憧れて買った安物であったが、スマートフォンの進化に伴い、写真性能では携帯機器と大差のない、少々図体のでかいだけの無用なものになってしまったアイテムだ。

 だが、こいつにも一つ取り柄がある。それはバッテリーが長持ちするという事だ。

外付けのバッテリーと内部バッテリーを合わせれば、最大10時間は動画でも撮影しておける。

これを隠して置いておけば……

あれこれと考えるよりも、ずっと簡単に答えがわかるかもしれない


 早速、カメラを隠すのに適当な場所を探す。

 いつも片づけられる事が多いのは、ベッド回りである。使っていない布製のティッシュケースの中にカメラを忍ばせてみる。

 横倒しにするとおあつらえ向きにいい角度だ。
 いくつかの本を前に置いてフェイクにすると、箱もそれなりに自然に見える。

よし、これで……


 カメラのレンズ部分を塞がないように注意して本とケースを設置する。

翌朝カメラの動画をONにすると相変わらず寝間着を散かして、いつもと同じように大学に向かった。

ただいま。
……また、きちんと畳まれている……


 西向きの窓からオレンジ色の日差しが差し込み始めた頃、俺は大学の講義を終えて自分の部屋に戻ってきた。

 朝、ベッドの上に脱ぎ捨てて出ていった寝間着は、綺麗に四角く畳まれて毛布の上に置かれていた。
 しわ一つない畳み方はどこか神経質で、適当な性格の俺の心の隅っこに不快にささる。

 ベッドの横の棚に視線をうつす。

 本の奥、ティッシュケースに隠したカメラの辺りには物が動かされた形跡はない。侵入してきた人間に気付かれることは無かったようだ。

よし、これで何かわかるかも……


 ケースからカメラを取りだす。

 録画のスイッチを切りバッテリー残量を確認すると、まだいくらか余裕があった。俺はベッドに腰をおろしカメラを手に取ると、動画の再生ボタンを押した。

 デジタルカメラに備えつけられた小さな液晶画面に、自分の見慣れた部屋が映し出された。

ベッドに、戸棚、本棚、洋服ダンス。
……ふむふむ


 普段見ない角度から自分の部屋を見るのは、なかなかに新鮮である。
 見慣れていたはずの家具も、まるで初めてみるかのような不思議な感覚に襲われる。

何も無し…か。早送りを…


 コマ送りになった画面に、不意に小さな影が入りこんできた。

ん? これは……


 入って来たのは女と思われる人物である。
 なかなか顔が画面に入りこまず、性別は定かではないが、服装や体のラインからして、若い女でまず間違いないだろう。

 かすかにカメラから音が聞こえてくる。音声もきちんと拾えているらしい。

また……散かして……
居ないと……す……

くっ、よく聞こえないな……

 途切れ途切れになっている女の声に必死に耳を澄ませながら、画面を食い入るように見つめる。
 画面に映る女は、手馴れた雰囲気で俺の部屋のゴミを片づけ、衣服を畳んでいた。

…~♪ ……♪


 カメラのスピーカーからわずかに流れる高い声は、鼻歌をうたっているように聞こえる。

こいつ、一体誰なんだ?


 やや甲高いような甘ったるい声。

 長い髪。
 白く、細長い腕と華奢な身体。
 どこかで、見覚えがある……そんな気がした。

 記憶の片隅で、忘れかけた思い出が声をあげている。

この女、あのときの……







紐解かれた記憶は、ほんの些細なこと
ほんの小さな糸のほつれが
全てを
狂わせてしまうのか

その答えを、この時俺はまだ知らなかった







~つづく~

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