男子会、怪談話(後編)

・一つ前の怪談話、前編の続きとなっております・






どこだ? 
俺はいったいどこでこの子を……

 
 記憶をたどる。あの日の光景、シルエットが重なる。
 白いロングコートと、コートに溶け込むような白い腕。
 あの日、あの場所……

 カメラの画面を見つめたまま思考をめぐらせていると、いつの間にか部屋は薄闇に包まれ始めていた。

 腕時計に目を落とすと、時刻は18時半を回っている。いつの間にか、陽が暮れてしまったらしい。

もう、陽が暮れる時間か……


 夕焼けと夜の闇の狭間に、白く輝く肌。
 積もった雪が照り返す光が、かすかに白い肌を赤く染めて……

……思い出した


 数か月前、高校の卒業式。

 あの時、俺にはじめて声を掛けてきた女が居た。
 3年間、クラスも違い目立つタイプでもなかったので、今でも名前さえ記憶していない。
 

 ただ、あの白い肌と透き通った目が印象的であった。

……あの、付き合ってください


 消え入りそうな小さな声で告白してくれたのは、人形のような、美しい子であった。

 そんな美人の突然の告白を断ったのは、彼女の目が全く動いていなかったからだ。

 視線を逸らさないのは勿論のこと、声を掛けられて、少し歩いて告白されて、そうして俺が返事をするまで……。

 俺が知るかぎり、彼女はついにまばたきのひとつもする事はなかった。
 
 あの目。
 透き通った目はまるで作り物のようで、昔 お祭りの屋台で飲んだラムネのビンに入っていた、ビー玉を思わせるようであった。

 あの目に、俺はひどく怯えたのだ。だから、美しいあの子の告白を無碍にして、こうして今ここに一人で住んでいる。

 ……その女がなぜ、このカメラに映っているのか。

 どうやって、俺の引越し先の住所を知り、どうやって侵入してきたのか。背筋に冷たい汗が流れ始めた時、画面の中の女が動き出した。 

何をしているんだ?


 畳んだ服をベッドの上に置いた女が、不意に首を傾げる。ゆっくりと持ち上げた腕が、カメラの方に伸びた。指がゆっくりと動いている。

1,2,3……


 何かを、カウントしている。その指が、止まった。

 女の目が、カメラを捉えた。
 
 レンズ越しに、目が合った気がした。間違いなく、彼女はカメラを見つけている。

 どれだけカメラを見つめているのか。じっと向けられた視線は、全く動くことはない。まばたきは、一度もしていない。その目で、俺は確信した。

間違いない……あの女だ


 女の顔が、返事をするかのように動きを見せた。

 笑ったのだと気付いたのは、随分とあとだった気がする。女が視線を斜め下に向け、その後もう一度カメラを一瞥し、動き出した。

 カメラのレンズから見て奥の戸棚。
 ベッドの後ろに位置する大きな洋服ダンスに手を掛け、そして中にその身をすべり込ませていった。

 古いデジタルカメラの小さなスピーカーが、戸棚の開く小さな音を暗い室内に響かせた。

おい! 何を勝手に……
なんであんなところに?


 女は完全に洋服ダンスの中に身体をしまい込むと、器用に内側から洋服ダンスの戸を閉めた。
 画面に映る景色が、見慣れた部屋のそれに戻る。

 しかし、その画面に映る洋服ダンスの中には、あの女がいるのだ。

 静寂。

 カメラが映し出す動画は、それっきり動きを見せない。

ああ、くそ! さっさと出てこい!


 数分の沈黙に焦れた俺は、動画を高速で早送り再生してゆく。
 10分、20分、なかなか女は出てこない。
 画面の中の自分の部屋は、ゆっくりと夕暮れに向かい色づいていった。



 そのとき、画面の端に何かがうつった。見慣れたシルエットが、カメラに近づいて来る。

ただいま。
……また、きちんと畳まれている……


画面の中に映ったのは……

帰ってきた自分の姿。

えっ……これ、だって……


 画面に映った俺が、カメラに手を伸ばす。
 そこで、映像は止まっていた。

 自分でスイッチを切ったのだろう。

 ……つい、ほんの少し前のことである。

そんな、まさか……

洋服ダンスの戸棚が空く音。 

 戸に使われた木が、軋む音。
 
 真っ暗な、何も再生していないカメラ。
 それなのに、どうして音が鳴り響くのか。
  

 あの女は洋服ダンスの中に……
 

……、…

あっ……!?

……。好……、…嬉し……







 ああ、やっぱり    

相変わらずの、小さな声。

全然、まばたきをしない
ビー玉のような目だ。

部屋が、暗い。
とてもとても暗い。
それに、凍えそうなほど 寒い。

ビー玉に映し出された男は
ひどく、くるしそうに顔をしかめて……
 



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