悟はゆっくりと顔を上げた。そこには自分を呆れ顔で見つめる友人、圭の姿があった。
る……悟……
ん……
悟はゆっくりと顔を上げた。そこには自分を呆れ顔で見つめる友人、圭の姿があった。
講義、終わったよ
ああ……そうか
大丈夫? 全然聞いていなかったみたいだけど
話がつまらないのが悪い
あのさぁ……
圭、ノート見せてくれ
……聞いていなかった人に見せるノートなんてないよ
使えないな
君に言われたくないね。僕はもうとっくに進路を決めているけど、君はまだだろう?
そろそろゼミの先生からのお叱りが来るよ
……ああ
本当に、何も考えていないの?
……多少は
え? 何何?
……お前の進路ってどういうものなんだ?
あ、僕の進路?
僕の進路はアーツマネジメントってやつだよ。芸術家の仕事をサポートしたりプロデュースしたり、実際に活動の場を提供したりする仕事。まずは見習いからだけど、いつかは個人で仕事を受けて沢山の芸術家のサポートをしたい。芸術ってジャンルはなかなか世間に受け入れられないでしょ? 単なる物好きな人たちだけの娯楽って認識になっている。だから僕はもっと多くの人にその素晴らしさを……
もういい
ペラペラと話し続ける圭を置いて、悟は教室を出た。
既に四限の授業が終わっているため生徒の姿もまばらである。
階段を降りる時にコツコツと響く足音が心地がいい。
進路……な
途中、大きなキャンバスを持った生徒とすれ違い道を譲る羽目になる。悟は小さく舌打ちをした。
おーい、照明足りないぞ! 持ってこい
さらに、大きな機材を抱えた男が急ぎ足で駆けてゆく。
進路か……
どうしたものか……
ねえ
その時、階段の下から声がかかった。
悟君
歌うような声で、自分の名を呼ぶ。
あのね、
悟君、悟くーん
うわっ
どうしたんですか? 顔をしかめて眠っていましたけど
何でもない
そうですか……? まあいいです。もうすぐ駅に着くみたいです
……そうか
たまこが窓の外を物珍しそうに眺めながらそう告げる。人形の魂である彼女にとって電車に乗るという経験は新鮮なことなのだろう。
楽しみですね
俺は別に楽しみなことじゃない
私は楽しみです
……自分を捨てた主人の元へ行くのにか
別に私は気にしていませんし……長年暮らした土地ですから、楽しみの方が勝ります
そうか
それに、行きたいって言ったのは悟君じゃないですか。依頼主に実際会って考えたいって
……ああ。でもそれはお前が依頼主のことを考えろって言ったからであって
はいはい、そうですねー
きれいにスルーするたまこの言葉を最後に、電車が減速した。
アナウンスがかかり、電車がゆっくりと止まる。
さあ、降りましょう
言われなくても降りる
急がなければ
電車はそんなにすぐに閉じない
小走りになるたまこを追いつつ悟は手元の地図に目を落とした。
今から二人は今回の依頼主……つまりたまこが宿っていた人形の元持ち主の元へ行く。
たまこには何の緊張感もなさそうであり、それが悟の不安をかきたてた。
あれ……か
はい、あの赤い屋根の家ですね
はーい
インターホンを押して暫くすると、セーラー服の少女が出てきた。
……誰ですか
俺は……
この人は自称天才人形師の三宮悟君です
人形師?
ああ、お前から依頼を受けた人形師だ。お前が作って欲しいと頼んだ人形の件について話があるのだが
話……ですか
優里奈ー、どうかしたのかー?
あ……
か、帰ってください!
え?
わ、私そんなの頼んだ覚えないですから!
で、でも、手紙が
帰って!
叫ぶ優里奈と乱暴に締められる扉。
二人は呆然と扉の前に突っ立っていた。