幽霊よりも甘味が食べたい

第8話
「第2会議室の呪い(2)」




















昼休みに第2会議室の呪いを
試してしまったわたしは、
すぐに教室に逃げ込んだ。

何人かに怪訝そうな目で見られたけど、
それどころじゃなかった。

ピヨ助くんが1階の廊下の様子を
見に行ってくれたけど、
廊下は濡れておらず、
特に騒ぎも起きていなかったという。

つまり……。









ピヨ助

お前にしか見えてなかったってことだな

佑美奈

うぅ、やっぱり……そういうこと?




放課後、わたしは学校に残り、
誰もいなくなった教室で
ピヨ助くんと話していた。



ピヨ助

やったな、見事に呪われているぞ

佑美奈

そんな軽く言わないでよ……

ピヨ助

なに言ってんだ、呪われるために行ったんだぞ?
上手くいったんだから喜べ

佑美奈

それはそうだけど喜ぶのは無理だよ


当たり前だけど、
呪われるなんて気持ちの良いものではない。
今のところ廊下が水浸しになっているのを
見ただけだけど、それでもぞわっとした。


ピヨ助

だいたい、ここからが本番だぞ?
なんとかこの怪談に出てくる幽霊と接触しなければいけないんだからな。
今日中にケリをつけるぞ

佑美奈

え~、今日中?!
無理だよ~……

ピヨ助

無理でもやるんだよ。
……だいたい、この怪談は学校外でも影響があるんだぞ?

佑美奈

え? ……そっか、最後も車道に飛び出してるし、外でも幽霊を見たりするってことだよね

ピヨ助

そうだ。この間説明したと思うが、俺は基本的に学校から離れることはできない


ピヨ助くんは、
あくまでこの学校の怪談の幽霊。
学校を離れることはできないらしいのだ。

もっとも、
一つだけ手があるんだけど……
できれば、
ううん、絶対にその方法は使いたくない。

ピヨ助

学校外で接触されると、俺が会うことができない。
それは困るからな

佑美奈

それはそうだね……。
というか、それじゃ意味ないもんね

ピヨ助

そういうことだ。

……佑美奈。さっきも言ったが、必ず今日中に呪いを終わらせてやる

佑美奈

え? う、うん……

ピヨ助

わかったらほら、行くぞ





佑美奈

……あれ?
もしかして今、心配してくれた?


わたしが怖がってるから、
早く解決しようとしてくれてる?




佑美奈

なんてね、そんなわけないか。
ピヨ助くんだもん


さっきも言った通り、
学校外で幽霊に会ってしまったら、
ピヨ助くんは会うことができない。
だから学校で会ってしまった方が効率がいい。
ただそれだけだと思う。



佑美奈

……でも、ちょっとだけ頼りにさせてもらうよ。ピヨ助くん













ピヨ助

今回の怪談、場所は特に指定は無いが、やはり第2会議室のある1階がいいだろう


というわけで、わたしたちは再び、
1階の廊下を歩いていた。
雨のせいで運動部も休みらしく、
学校は静かだ。

佑美奈

そういえばピヨ助くん、今回はなにを調べようとしているの?
この怪談って結構具体的なことまで語られているよね?


わたしがそう聞くと、
ピヨ助くんは呆れた顔をする。

ピヨ助

お前もいい加減学べよ。
……いくら具体的だからって、それが本当かどうかなんてわからないだろ?

佑美奈

怪談は時間と共に変わっていく場合があるんでしょ?
それはわかってるけど……


内容が改変される。
それは前回の怪談調査でよくわかった。

でも今回のこの怪談、
改変される要素なんてあるだろうか?
せいぜい、呪いにかかった生徒の
体験談の部分くらいだと思うんだけど。



ピヨ助

噂の元は、本当に起きたこととは限らない

佑美奈

……どういうこと?

ピヨ助

この怪談が、実際にあった話なのかわからないということだ

佑美奈

でも、染みがあったのは本当なんでしょ?

ピヨ助

そっちじゃない。
怪談の大前提になっている、作業員の事故の方だ

佑美奈

え……えぇぇ?
事故は無かったってこと?

ピヨ助

わからん。そこまで調べきれなかった。
この学校も結構古いからな


ピヨ助くんの言う通り、
確か創立70年だか80年くらいのはず。

そこまで昔のことだと、
なかなか調べるのは難しいのかもしれない。

ピヨ助

事故の有無。
俺が言いたいのはそこではない

ピヨ助

いいか、佑美奈。
怪談の生まれるパターンとして、もう一つ、語る人間が想像を膨らませた結果、怪談になる、というのがある

佑美奈

想像……?

ピヨ助

この怪談の中で、唯一確かなのは、天井の染みだ。それも人の形に見えなくもない、不気味な染みだ。
……これを見た好奇心旺盛な高校生たちは、どういう想像をするだろうな?

佑美奈

あっ……!
じゃ、じゃあ、この怪談は作り話なの?




ピヨ助

その可能性が高いってだけだ。
それと、作り話は大元の事故の部分だけだろう

佑美奈

どうしてそう思うの?
呪われた生徒が死んだって話も……

ピヨ助

そうだな、それも作り話という可能性はゼロじゃない。
いつの話かもわからないから、それこそ調べようがなかった。

……だが、佑美奈。
お前は実際に呪われている

佑美奈

う……そうだけど

ピヨ助

まとめるぞ。
校舎建設時の事故は無かったが、不気味な染みを見た生徒たちが想像を膨らませ、怪談が生まれた。これが俺が考えている説だ。

そうして生まれた怪談はいつしか本物の怪談となり、実際に生徒が呪われるようになった

佑美奈

…………


否定はできなかった。
ピヨ助くんの推理は筋が通っている。
怪談話って、そういうもんなんだと思うから。



佑美奈

じゃあ……この呪いは一体なんなの?
事故で死んだ作業員の怨念じゃないんだよね?

ピヨ助

今言っただろ? 想像、噂から生まれた怪談が、時間をかけて語られることで本物の呪いになった。
誰の怨念だとか、呪いだとかは関係ない

佑美奈

それってすごく理不尽なんだけど……。
誰のでもない呪いって

ピヨ助

そうだろう?
俺が知りたいのはそこだ

佑美奈

……え?

ピヨ助

この怪談にもやはり、幽霊が存在している。濡れた女の人や、佇む作業員風の男だな。
怪談が想像から生まれたのだとしたら、彼らはいったい、何者なのだ?
俺が知りたいのはそういうことだ

佑美奈

わかるような気もするけど……ちょっと混乱してきたよ


なんかややこしい……。

でも確かに、
前回みたいに話のできる幽霊がいるのなら、
それが何者なのかは……ちょっと気になる。

ピヨ助

もしかしたら、語られていない部分に、怪談の真実が隠されているかもしれないからな

佑美奈

……うん、そうだね


隠された真実……。

佑美奈

…………


ちょっとだけ、
前回のことを思い出しつつ……。

わたしはゆっくりと、歩き始めた。



佑美奈

……きゃっ?


しかし歩き出してすぐに、
なにかに躓いてよろめく。

幸先が悪い……。




佑美奈

違う……! 今の感触!


わたしはしゃがんで、自分の足首を触ってみた。





佑美奈

うっ……濡れてる


右の足首、靴下が濡れていた。






ピヨ助

なんだ? どうかしたか?

佑美奈

いま……わたし、足掴まれたよ

ピヨ助

ほほう。
……どうやら、おでましのようだぞ?




気が付くと、
廊下は妙な湿気に包まれていた。

窓は開いていないのに、
緩く撫でるような風が吹いている。
正直、不快だった。


ピヨ助

とりあえず第2会議室前まで行くぞ

佑美奈

う、うん


わたしは立ち上がり、
ピヨ助くんと並んで歩く。

第2会議室はいつものように
ドアが閉まっている。

佑美奈

そういえばさっき、鍵かけた?

ピヨ助

様子を見に戻った時に閉めたぞ。
ってそんなこと気にしている場合か?


それもそうだ、と思っていると……。













佑美奈

な、なに?!


突然後ろから激しい足音が聞こえ、
驚いて振り返る。

しかし……。





佑美奈

あ、あれ?
誰もいないのに……!


廊下は無人だった。
しかし足音は止まらない。
すぐ側まで迫ってきている。

それも明らかに1人じゃない。
何人もの足音が……。

ピヨ助

佑美奈! 端に寄れ!

佑美奈

え?
あ……きゃっ


ピヨ助くんに突き飛ばされて、
廊下の壁に手を付いた。

すぐ後ろをぞわっとする冷気が通り抜け、
足音が遠ざかっていく……。








ピヨ助

おい! 大丈夫か?

佑美奈

う、うん……ありがとうピヨ助くん。

今のって……

ピヨ助

霊が駆け抜けていっただけだ。
あんまり気にするな

佑美奈

気にするなって、そんなの無理だよ……

 

…………

ピヨ助

怪談的にはまだ始まったばっかりだぞ?
いちいち気にしてたら身が持たないぞ

佑美奈

さらりと怖ろしいこと言わないで

ピヨ助

事実だからな

佑美奈

…………。あれ?



今……誰かいたような?

もういないけど、
ちょうどピヨ助くんの後ろに、
女の人が……。



佑美奈

もしかして、今のって……!

ピヨ助

どうかしたか?

佑美奈

な、なんでもない。

……はぁ。怪談で出てきた生徒がノイローゼになっちゃったのもわかる気がするよ


こんなのが四六時中起こっていたら、
頭がおかしくなってしまう。




ピヨ助

なにかあったらすぐ言えよ?
ほら、中に入るぞ


ピヨ助くんは手というか羽だけ
ドアをすり抜けさせて、
器用に鍵を開けた。

ピヨ助

霊がいるとしたら、おそらくこの中だ

佑美奈

第2会議室……。
そういえば怪談だと、呪われたあとはこの中のことが語られてないよね

ピヨ助

まぁわざわざ呪われた場所に戻ってくるヤツはいないからな


それもそうだ。
なにが起きるかわかったもんじゃない。

佑美奈

……そんな場所に入ろうとしてるんだけどね

ピヨ助

どうした? 早く開けろ

佑美奈

わかったよ。もう覚悟を決めた。
ピヨ助くん、終わったらとびっきり甘くて美味しいドーナツをお願いね


すべてはドーナツのために。
わたしは会議室のドアを開いた。












昼休みに入った時に比べて、
だいぶ薄暗くなった第2会議室。

もちろん中の様子は変わっていない。

佑美奈

…………


わたしはそうっと天井を見たけど、
そこに染みは無かった。

だけど空気はやはりじめじめしていて、
窓が閉まっているのに
温く気持ちの悪い風が漂っている。

ピヨ助

油断するなよ。
おそらく、なにかいるぞ

佑美奈

う、うん……なんとなく、わかる


今のわたしは、
ピヨ助くんが生み出したドーナツを食べたせいで、
霊が見えるようになっている。

でもそうじゃなくても、
この異様な空気は……
なにかがいると、
わたしに感じさせる。


佑美奈

気配、っていうのかな……。
すぐ近くに、誰かがいる感じ……


わたしは思わずぶるっと震える。



佑美奈

ね、ねえ、それでどうするの?
なにかが出てくるまで待つの?

ピヨ助

そうだな……。
中に入ればなにかしらアクションを起こすと思ったんだが













ピヨ助くんがそんなことを言った直後、
水が滴る音がどこからか聞こえた。

ピヨ助

むっ……見ろ、そこに水が垂れたあとがあるぞ


ピヨ助くんはそう言って部屋の中央を指す。


もう一滴、同じ場所に水が落ちる。

佑美奈

これって……




わたしは顔を上げて、天井を見る。

すると……さっきはなにもなかったのに、
天井がじんわりと濡れていて、
小さな染みが生まれていた。

それはやがて、じわじわと広がり……。






佑美奈

わ、わわ、ピヨ助くん!
なんかきたんじゃない?


わたしは慌てて目を逸らし、
ピヨ助くんに話しかける。

ピヨ助

そのようだな。……あ

佑美奈

天井のあれ、どんどん大きくなってるよね?
やっぱり人の形に……

ピヨ助

そうだな……人、だな

佑美奈

ピヨ助くん?
ちゃんと天井見てる?

なんでわたしの方見てるの?

ピヨ助

そりゃあ……だって、なぁ

佑美奈

だってなに?
異変が起きてるのは天井だよ?

ピヨ助

そっちはもういい。
それよりもだ、佑美奈

佑美奈

そっちはいいって……え?

ピヨ助

後ろ見てみろ

佑美奈

後ろ……


咄嗟に振り返ってしまったことを、
わたしは後悔した。

そこには……。





…………




佑美奈

き、きゃあああああああ!




真後ろ、すぐ側に、
水に濡れた女の人がいた。

わたしは思いっきり、悲鳴をあげてしまう。



ピヨ助

お、落ち着け佑美奈

佑美奈

無理だよ! ピヨ助くん!


わたしは素早くピヨ助くんの肩を掴んで、
後ろに回る。



…………





佑美奈

ほ、ほら!
幽霊でたよ、ピヨ助くんの出番……



そう言った瞬間。




突然、わたしの意識が、
ふっと遠のいた。


そして……誰かの声が……。















???

これが噂の染みね。張り替え前に見ることができてよかった。

……確かに人の形に見えなくもないわね

???

勝手に入っていいんですか?
鍵、どうやって……

???

いいのいいの。
ちょっと借りただけなんだから。

それにしても、もっと早くに見に来るべきだったわね。
梅雨も明けちゃったし

???

俺としては明けててよかったですよ。
呪いを試されたら敵わないですから

???

あのさあ、それでも怪談研究同好会の一員?
なに怖がってるのよ。

……もっとも、私は危険が伴う怪談に誰かを巻き込んだりしないけどね。
巻き込む時は、調べ尽くして安全を確保してからよ

???

そう言って何度も怪談調査に付き合わされてますよ? 俺

???

いいでしょ?
宣言通り、被害は出してないんだから。
なにか不満なの?









???


  ……九助くん?  

















ピヨ助

佑美奈?!
どうした、しっかりしろ!





佑美奈

え……あ、あれ?


気が付くと……
しかし、状況は変わっていなかった。

わたしはピヨ助くんの後ろで肩を掴んだまま。
正面には、びしょ濡れの女性の幽霊が立っている。



佑美奈

今のも……怪談の一部?


ううん、たぶん……違う。
今のはきっと……。



ピヨ助

おい! 急にぼうっとして、どうした?
なにかあったか?

佑美奈

う……ううん。なんでもないよ。

それよりピヨ助くん、ほら、幽霊出たよ?
早く話しなよ。
あれって、待ってくれてるんじゃない?



…………

ピヨ助

お? お、おう……。

なんだよ、急に落ち着きやがって

佑美奈

そうかな?


そう答えつつ、
確かに自分が落ち着いていることを自覚する。

今の一瞬の間に起きた、
不思議な体験のおかげで。

わたしはわたしを取り戻すことが出来た。


佑美奈

そうだよ、どうしてこんなに怖がっていたんだろう


もともと幽霊だとか怪談は興味がなくて、
あるというから信じたけれど、
ここまで怖がりはしなかった。


佑美奈

たぶんきっと、とい子さんのことで……



あの一件以来、
自分でもわからないうちに
ナーバスになっていたらしい。

佑美奈

そうだよね。
もっとわたしらしくいこう


わたしはそっと、
ポケットからチョコレートを取り出して、
口に含む。


佑美奈

甘い……チョコレートが口の中で溶けて、甘みがいっぱい広がっていく。
ああ、落ち着くなぁ……



ああ、わたしって本当に、
甘い物があればなんでも大丈夫だ。






ピヨ助

……お前本当に大丈夫か?

佑美奈

うん。わたしは大丈夫。
ほらほら、早く話しかけなよ

ピヨ助

変なヤツだな……まぁいい



ピヨ助くんはそう言って、幽霊に向き直る。
女性の幽霊は、少し首を傾げてこっちを見ていた。


…………

ピヨ助

待たせたな。
わかっていると思うが、俺は幽霊だ。

さて……お前はいったい、なんだ?



会議室がますます薄暗くなり、
雨が少しだけ強くなった気がした。



……続く

第8話「第2会議室の呪い(2)」

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