幽霊よりも甘味が食べたい

第7話
「第2会議室の呪い(1)」




















第2会議室の呪い


校舎1階にある第2会議室。
ここの天井には以前、
人の形をした不気味な染みがあったという。


昔、校舎を建てる工事の際に、
事故が起きた。
雨の中工事を行い、
作業員の1人が足を滑らせて転落。
天井の染みは、
その時に死んだ作業員の怨念だという。


ある雨の日に、
生徒の1人が噂の染みを見るために
会議室に忍び込んだ。
その生徒は好奇心から、
染みに向かってこう言った。


「雨が降ってるよ、降りてきて」


その瞬間、部屋が僅かに暗くなり、
まるで雨が入り込んだかのように
じめっとした風が吹いた。

生徒は怖くなり会議室を出たが、
誰かが追いかけてくる気配を感じて振り返る。

廊下には誰もいなかったが、
何故か所々水で濡れていた。
それはまるで足跡のように見えて、
生徒はますます気味が悪くなり、
急いで学校を後にした。

しかし生徒はその後も奇妙な出来事に
遭遇することになる。


視界の端に濡れた女の人が見えた。
ばんっ! という音ともに
部屋の窓に手形が付けられた。
雨の中歩いていたら足首を掴まれた。
道の先に作業着姿の男が佇んでいて、
じっと睨んでいた……。


生徒は次第にノイローゼになり、
ついには車道に飛び出して
事故で死んでしまった。

以来、天井の染みの呪いだと
噂されるようになる。

数年前に天井の張り替えが行われ、
染みは無くなったが、
呪いは残っているという。













ミカ

って怪談が流行ってるんだよ~

佑美奈

ふぅん……

ミカ

ゆみゆみ興味無さそうだねぇ。
てっきり、そういうの好きになったのかなって思ったのに

佑美奈

ええ? わたしが怪談話とか興味無いのは、ミカちゃんもわかってるでしょ? 好きになんてなってないよ


休み時間。
話好きの友だちミカちゃんは、
今日もわたしに怪談話を教えてくれる。

この間ミカちゃんに、
怪談について聞いてしまったため、
誤解されてしまったようだ。

今回ミカちゃんが話してくれたのは、
「第2会議室の呪い」という怪談。

でもわたしは、
そういう怪談だとか幽霊には興味が無い。
好きでも嫌いでも、
信じているでもいないでもない。

……はず、だったんだけど。

少なくとも今は、
幽霊の存在は信じている。


佑美奈

第2会議室って、確かほとんど使ってないところだよね?

ミカ

そうそう。
先生たちも2階の第1会議室ばっかり使ってるみたいだからね~。
たまに大掃除で生徒が入ることもあるけど、いつもは鍵がかかってて入れないよ

佑美奈

そうだよね。
会議室に入れないなら、その怪談は誰も試せないね

ミカ

あ~……ゆみゆみ頭いい~。
確かにそうだよねぇ。
先生もそんなことのために鍵を貸してくれないよね~

佑美奈

そうそう。
うん、絶対中には入れないよね

ミカ

ゆみゆみ、随分そこにこだわるんだねぇ

佑美奈

そ、そんなことないよ?

ピヨ助

安心しろ。
そこは俺がするっとドアをすり抜けて、内側から鍵を開けてやるから

佑美奈

……開けなくていいから

ミカ

え? なに?
なんて言ったの~?

佑美奈

う、ううん?
なにも言ってないよ。
あはははは……


……突然会話に割り込んできた
ピヨ助くんについ返事をしてしまい、
慌てて誤魔化す。

佑美奈

もう……。
ピヨ助くんのせいで、そのうち独り言多いとか思われちゃうよ


わたしと同じくらいの背丈がある、
大きなヒヨコの姿をした幽霊。
ピヨ助くん。
生前は人間、この学校の生徒で、
主に怪談について調べていたらしい。

怪談の真実を解き明かす。

その強い信念、執念が死んでからも
ピヨ助くんをこの世に留まらせ、
幽霊となった今でも怪談調査を行っている。

ただし、通常は幽霊は他の幽霊と
会うことができないとかで。
ピヨ助くんはわたしを
自分の怪談に巻き込み……
わたしを介して別の怪談の幽霊と
接触できるようにした。


具体的には、
ピヨ助くんが生み出した
とっても甘くて美味しいドーナツを
わたしが食べてしまった。
おかげでわたしは
幽霊が見えるようになり……
よくわからないけど、
わたしはピヨ助くんに
取り憑かれてしまったらしい。

ピヨ助くんの姿はもちろん、
声も他の人には聞こえない。
ついつい返事をしてしまうと、
変な人だと思われてしまうから気を付けよう。


ピヨ助

やっぱり次の怪談はこれだな。
ちょうど六月、梅雨入りしたんだろ?
この機を逃すわけにはいかない

佑美奈

うぅ……
やっぱり、そうなるのかぁ


嫌な予感はしたけど……。

ピヨ助

ちなみにお前に拒否権はないぞ。
すでに依頼料分のドーナツを食べてるんだからな。
今回は変にごねるなよ?

佑美奈

ごねないよ。
ちゃんとやるよ


ミカちゃんに聞こえないように小さく呟く。
ピヨ助くんの言う通り。
今回は依頼料のドーナツをすでに食べている。
ここはもう、大人しく従うしか無いのだ。

ミカ

でもこの怪談、怖いよね~。
天井の張り替えした時も、事故があったって噂だし

佑美奈

え……それって

ミカ

怪我をした人がいるってだけで、死んだりはしてないって話だけどね~

ピヨ助

ほう、よく知ってるな。
それは本当だぞ。
作業員が転落して足を骨折したそうだ

佑美奈

うぅ……それもその呪いなの?
なんでもう染みは無いのに、呪いが残ってるの?

ミカ

さぁ~?
あ、ゆみゆみちょっと怖そう!

佑美奈

それは……あのね、ミカちゃん。
怪談話に興味がないだけで、怖い話はやっぱり怖いんだからね?
怖くないだなんて言ってないよ?

ミカ

そうだけどさ~。
ゆみゆみって、そういうのあんまり動じないから。
甘い物があればだけど~

佑美奈

ミカちゃん、わたしをなんだと……。
確かにそうだけど

ピヨ助

認めるのかよ……


もう、ちょいちょい話に入ってこないで
欲しいなぁピヨ助くん……。

ミカ

でもそうだね、この怪談、最近流行った怪談の中でもかなり怖い方かも!
呪いだもんねぇ

佑美奈

……うん。
わたしもそう思う


本当に、大丈夫なんだろうか。
こんな危険な怪談を調べて……。

ピヨ助

この怪談は雨の日、それも梅雨の日の霧雨がベストとされている


ピヨ助くんの言葉に、
わたしはそっと窓に目を向ける。

佑美奈

雨……止みそうにないね

ミカ

そうだね~。
あたしこういう雨苦手。
むしむしして暑いよ~

ピヨ助

今日は絶好の調査日和だな!
よし、今日、今日にするぞ!
佑美奈!


ぐったりするミカちゃんと、
テンションが上がり
ぴょんぴょん跳ねているピヨ助くん。

二人の対照的な姿を見て、
わたしはこっそりため息を吐いた。












数時間後……昼休み。

昼ご飯を食べたあと、
わたしはピヨ助くんと共に、
校舎1階にある第2会議室へと
やってきた。

ピヨ助

よし、待ってろ。
今開けてやる

佑美奈

……今じゃなくていいんだけどなぁ

ピヨ助

なんか言ったか?

佑美奈

なにも言ってないよー


あのドーナツ、ドーナツさえなければ……。






佑美奈

あ、それはダメ。
あのドーナツは食べたい


結局どうしようもない。
素直にピヨ助くんの手伝いをするしかない。



ピヨ助くんは本当にするっとドアをすり抜けて、ガチャっと鍵を開けた。
わたしは廊下に誰も居ないのを確認してから、そっと中に入る。


第2会議室はほとんど使われていないこともあり、若干埃っぽい。
長机と椅子が並べられているだけの、がらんとした部屋。
カーテンは開いていたから中は明るい。
窓の外は相変わらず鬱陶しい霧のような雨が降り続いている。

佑美奈

天井、きれいだね

ピヨ助

張り替えたからな。
呪いは健在だが

佑美奈

……本当に「あれ」言うの?
わたし、呪われちゃうってことだよね?

ピヨ助

そうしないと調査できないからな。
早くしろ。呪われろ

佑美奈

わたし死にたくないよ?

ピヨ助

真相を解明すれば呪いも解ける。
だから安心しろって


それって安心できるのかな……。

ピヨ助くんの調査能力は認める。
というか生前にかなり調べてあるようで、
前回もそれで真相を解明することができた。

佑美奈

大丈夫……かな?


あの、とっても甘くて美味しいドーナツのためにも。

わたしは勇気を出して、
怪談に出てきたあの言葉を口にする。





佑美奈

……雨が降ってるよ、降りてきて







その瞬間……。

まるで、
突然濃い雨雲が空を覆ったかのように、
部屋が暗くなった。

真っ暗ではなく、
周りははっきりと見えている。

佑美奈

これって、本当に……


寒気を感じると同時に、
じめっとした纏わり付くような風が吹き抜けた。

気持ちが悪い。

わたしは急いでドアを開けようとして……
つい、引き寄せられるように、
天井に視線を向けてしまった。

そこには、今はもうあるはずのない……
人の形をした、染みが浮かび上がっていた。



佑美奈

ひっ……


わたしは慌てて会議室から外に出た。
そのまま駆けるようにして離れる。

佑美奈

ぴ、ピヨ助くん? いる?

ピヨ助

ああ、いるぞ。
どうやら成功したようだな

佑美奈

成功って!
……そうだけど、本当にこれ大丈夫なの?

ピヨ助

ああ、たぶんな




ぱしゃん!


佑美奈

えっ?!


後ろからそんな音がして、思わず振り返る。
すると廊下は、バケツをひっくり返したように水浸しになっていた。

佑美奈

この水……!
どこから?

ピヨ助

……怪談の通りだな。
ちょいと派手だが。

おい、佑美奈。
とりあえず教室に戻れ

佑美奈

い、言われなくても逃げるよ!


わたしは今度こそ全力で走って、
2階にある自分の教室に駆け込んだのだった。




……続く

第7話「第2会議室の呪い(1)」

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