たまこの指示のままに悟は米をとかして炊飯器にセットした。炊飯器の操作はうろ覚えであったが、なんとか炊き始めたことを確認し、背中を押されるように風呂へと向かう。
あの……
なんだ?
なんで冷蔵庫の中に腐った野菜と賞味期限の切れた団子と納豆しかないんですか?
辛うじて食べれるのは味噌とお米とあと梅干しくらいですかね……
まあ、食事らしい食事なんてとってこなかったわけだし
なぜですか!?人は食べないと死んでしまうんですよ!?
まあ腹が減ったらカップ麺くらいは食べる
まったく、不摂生な……
人形にとやかく言われる筋合いはない
私は、あなたより長い人生を生きています
食糧難の時期の人々の様子だって見ているんです
だから、十分に物が食べられるこの時代で、食べることをサボるなんて許せません
……
まあ今は夜ですし、買い出しは明日行くとして、ありあわせで食べちゃいましょう
お前、人形なのに料理なんてできるのか?
人形の魂です。
できるわけないじゃないですか
じゃあなんださっきの口ぶりは
作ることはできませんが、作られるところは見たことがあります
ご飯は炊飯器で炊いて、味噌はお湯に溶かして味噌汁にすればいいんです
……知っているか? 味噌はお湯に溶かしたくらいじゃ味噌汁にはならない
そうなんですか?
せめて出汁を入れなければおいしくないだろう
なるほど。ではその出汁はどこに……
……この家にはない
…………
だらしないですね
……もういいだろ、カップ麺で
いけません! あんな化学物質たっぷりな食糧なんて!
人形が化学物質なんて気にするな!
大体使われているそれが身体に悪いだなんて証明はどこにも出ていない
ああ言えばこう言う
黙れ
まったく……分かりました。とりあえず今日はご飯を炊いて梅干しを乗せて食べましょう。ご飯は炊けますか?
……それくらいなら
分かりました
きちんとした食事をとらなければ身体にも、心にもよくないですからね?
分かった分かった……
はぁ……じゃあお米を炊いて……その後はお風呂に入りましょう
風呂?
はい
ご自分の姿を鏡でみました?
ひっどい身なりをしていますよ?
そうか?
服も随分汚れていますし、汗臭いですし
……さらりと言ったな
ですから、お風呂に入りましょう。
ほら、さっさと手を動かしてください
……はいはい
たまこの指示のままに悟は米をとかして炊飯器にセットした。炊飯器の操作はうろ覚えであったが、なんとか炊き始めたことを確認し、背中を押されるように風呂へと向かう。
おい
はい?
俺はお前に言われた通り風呂に入る
それはよかったです
だから、早くここから出ていけ。着替えられないだろ
はい、どうぞ
……なんでお前が見ている前で服を脱がなければいけないんだ
あれ? もしかして恥ずかしいんですか?
大丈夫ですよ? 私は単なる人形の魂ですから
何が大丈夫なのか理解に苦しむ
私の持ち主だった女の子はみんな私が入っていた人形を脱衣所まで連れてきていたことがありました
だから、何も問題がありません
……いいか、それとこれとは大きく二つの違いがある
なんですか?
まず、そいつらは女で俺は男だ
はぁ……でも人形の前に性別なんて大きな問題にはなりません
それともう一つ……
お前は今人間の姿をしている
……はい
お前の本質が何であろうと、人間の少女の姿をしている以上、見られたくない気持ちが生まれるのも当然のことだ
え……
えーっと……分かるような、分からないような
……そうか分かった
俺は、今日からお前を人間のように扱う
え?
人間の少女の姿をしている以上、自覚してもらなわなければ困ることがたくさんある
……なるほど?
分かったか? たまこ
わ、分かりました
よし。
ってことでここから出ていけ
はーい。
分かりましたよー
はーあ。やっと風呂に入れる
にしても……面倒なことになった
たまこを追い払い、何日かぶりのシャワーを浴びる悟。
それは、思いの外心地の良い時間であった。
キッチンからは久々に稼働した炊飯器から漂う湯気の香りが漏れ出してゆく。
彼らの夜はまだまだこれからだ。