あの……

三宮悟

なんだ?

なんで冷蔵庫の中に腐った野菜と賞味期限の切れた団子と納豆しかないんですか?
辛うじて食べれるのは味噌とお米とあと梅干しくらいですかね……

三宮悟

まあ、食事らしい食事なんてとってこなかったわけだし

なぜですか!?人は食べないと死んでしまうんですよ!?

三宮悟

まあ腹が減ったらカップ麺くらいは食べる

まったく、不摂生な……

三宮悟

人形にとやかく言われる筋合いはない

私は、あなたより長い人生を生きています

食糧難の時期の人々の様子だって見ているんです

だから、十分に物が食べられるこの時代で、食べることをサボるなんて許せません

三宮悟

……

まあ今は夜ですし、買い出しは明日行くとして、ありあわせで食べちゃいましょう

三宮悟

お前、人形なのに料理なんてできるのか?

人形の魂です。
できるわけないじゃないですか

三宮悟

じゃあなんださっきの口ぶりは

作ることはできませんが、作られるところは見たことがあります

ご飯は炊飯器で炊いて、味噌はお湯に溶かして味噌汁にすればいいんです

三宮悟

……知っているか? 味噌はお湯に溶かしたくらいじゃ味噌汁にはならない

そうなんですか?

三宮悟

せめて出汁を入れなければおいしくないだろう

なるほど。ではその出汁はどこに……

三宮悟

……この家にはない

…………

だらしないですね

三宮悟

……もういいだろ、カップ麺で

いけません! あんな化学物質たっぷりな食糧なんて!

三宮悟

人形が化学物質なんて気にするな!
大体使われているそれが身体に悪いだなんて証明はどこにも出ていない

ああ言えばこう言う

三宮悟

黙れ

まったく……分かりました。とりあえず今日はご飯を炊いて梅干しを乗せて食べましょう。ご飯は炊けますか?

三宮悟

……それくらいなら

分かりました

きちんとした食事をとらなければ身体にも、心にもよくないですからね?

三宮悟

分かった分かった……

はぁ……じゃあお米を炊いて……その後はお風呂に入りましょう

三宮悟

風呂?

はい

ご自分の姿を鏡でみました?
ひっどい身なりをしていますよ?

三宮悟

そうか?

服も随分汚れていますし、汗臭いですし

三宮悟

……さらりと言ったな

ですから、お風呂に入りましょう。
ほら、さっさと手を動かしてください

三宮悟

……はいはい

たまこの指示のままに悟は米をとかして炊飯器にセットした。炊飯器の操作はうろ覚えであったが、なんとか炊き始めたことを確認し、背中を押されるように風呂へと向かう。

三宮悟

おい

はい?

三宮悟

俺はお前に言われた通り風呂に入る

それはよかったです

三宮悟

だから、早くここから出ていけ。着替えられないだろ

はい、どうぞ

三宮悟

……なんでお前が見ている前で服を脱がなければいけないんだ

あれ? もしかして恥ずかしいんですか?

大丈夫ですよ? 私は単なる人形の魂ですから

三宮悟

何が大丈夫なのか理解に苦しむ

私の持ち主だった女の子はみんな私が入っていた人形を脱衣所まで連れてきていたことがありました

だから、何も問題がありません

三宮悟

……いいか、それとこれとは大きく二つの違いがある

なんですか?

三宮悟

まず、そいつらは女で俺は男だ

はぁ……でも人形の前に性別なんて大きな問題にはなりません

三宮悟

それともう一つ……

三宮悟

お前は今人間の姿をしている

……はい

三宮悟

お前の本質が何であろうと、人間の少女の姿をしている以上、見られたくない気持ちが生まれるのも当然のことだ

え……

えーっと……分かるような、分からないような

三宮悟

……そうか分かった

三宮悟

俺は、今日からお前を人間のように扱う

え?

三宮悟

人間の少女の姿をしている以上、自覚してもらなわなければ困ることがたくさんある

……なるほど?

三宮悟

分かったか? たまこ

わ、分かりました

三宮悟

よし。
ってことでここから出ていけ

はーい。
分かりましたよー

三宮悟

はーあ。やっと風呂に入れる

三宮悟

にしても……面倒なことになった

たまこを追い払い、何日かぶりのシャワーを浴びる悟。
それは、思いの外心地の良い時間であった。

キッチンからは久々に稼働した炊飯器から漂う湯気の香りが漏れ出してゆく。
彼らの夜はまだまだこれからだ。

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