出会える時は偶然を装い。

……

ああ、それが嫌そうな顔だって、わかるようになってきたわ

 出会えた時は必然のように。

あら、よく会うわね

……不本意、ながら

 二つの妖(あやかし)は、たわいもない出会いを重ねてゆく。
 最初は拒絶していた狐も、交わるほどに、その距離感はあいまいになってゆく。
 出会った回数は覚えていずとも、数えられる程度のはずだった。
 なのに、触れてもいないのに、息づかいを知っている。

(……なぜ、避けられないのだろう)

 狐と人形の、密やかな語らい。
 異なる妖(あやかし)同士の関係としては、異例とも、異常とも、異端とも呼べる。
 個と種を保持するため、異種族とは交わらない。保守的な考えを持つのが、妖(あやかし)でもある。
 だが、狐の相手は、種と呼ぶにはためらわれる。人間の形を模して造られた理想像である人形は、はたして種と呼べるのだろうか。

(……それゆえ、か)

 種を脅かす可能性はないという事実が、気安さを生んでいないと言えば、嘘になる。
 狐にとって、出会いを避けない理由はそう推論づけられた。
 けれど、その認識が両者にとって正しいのかは、狐にはわからなかった。

 ――今日も、二つの妖(あやかし)は、月夜の下で、巡り会う。
 姿を変えるものと、心を変えるもの。
 夜の月明かりの下で、二つの異形が姿を見せあう。
 蜜月の時。
 月が円に満ちるまでの、豊穣の時。
 ささやきあい、呆れあい、風を受け。

……あんた、相手はいないの?

いつか、いる

ふふ。モテない女のセリフねぇ、それ

子は、産むかもしれない。けれど、いつかはわからない

マジメねぇ。結婚の話なんか、していないのに

 人間の友人同士のような雑談。
 どうしてそんな会話になったのか、いつそんな会話を交わしたのか。
 そんな瞬間を想いだせないほど、狐は以前より、自然に話せる自分を自覚してもいた。


 ――だからこそ、なのか。自然になれば、イタズラ心もわいてくるということなのだろうか。

……!

 狐は、いつもの出会いだと油断していた。
 だから、眼の前の光景に、面食らい絶句した。

……似合って、ない

 狐は、人形にそう言った。
 人形は、狐の面をつけて、その姿を現したのだ。

 形骸を被らなければいけないほど、人形の姿は愚かでない。
 狐は知っていた。人形のことを断言するほどには、人形との出会いの数も重ねていた。
 そう、狐は想っていた――はずだった。

こうすれば、狐になれるでしょ?

 狐の気遣いを無視して、人形はおどけた口調でそう言った。
 そうしてから、人差し指と親指で面の下方をつまみ、少しだけ正面からずらす。
 月明かりが、白い頬の陰影を生む。

そしてこうすれば、どちらかわからない

 人形の顔を少し覗かせながら、けれど狐の面で自身を隠す。
 口元に小さな小さな三日月を乗せて、人形は狐に微笑みかける。
 人形は、狐に呟く。

 ――面白い、でしょ?

(……!)

 平素よりも、ひどく人形らしい、冷たい口調だった。
 狐は背筋に感触を感じる。寒気、というものだろうか。
 人形の意図がつかめない狐は、ふり払う意味でも、首を左右に振る。
 その反応に、人形は再び面をつける。
 くぐもった声が、狐の耳になんとか届く。
 それは、まるで、聞かれて欲しくないようなか細い声。

あーあ。あんた、なんにも変わらないんだもんねぇ。やんなっちゃうわ

 くぐもったか細い声で、人形は不平を続ける。

変われるくせに、変わんないんだもの。やんなっちゃうわ

 それはまるで、必死に止めている言葉をやんわりと述べているように聞こえた。

――もう、止めにするわ

 人形はそう言って、面を懐にしまいこみ、いつもの笑顔を狐に向けた。
 狐もそれ以上は追及できず、人形のたわいもない雑談に相槌を打つことしかできなかった。

 ――違和感は、あったにせよ。
 狐と人形は、出会いの数を重ねていった。
 当たり前の数十年のなかに、そんな些細な一時を、少しづつ刻んでいった。

 ただ、しかし。
 現実は、いつも唐突に。
 ゆっくりと自然に。
 まるで無慈悲に。
 そして無理解に。
 すべからく、変わってゆくものであった。

03_ふとした異変の始まりは

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