幽霊よりも甘味が食べたい
第5話「いっしょに……(3)」
『いっしょに死にましょう?』
この言葉の意味を考えてみようか
ピヨ助くんはそう言って、説明を始める。
まず、疑問系で相手を誘う言葉に
なっているよな。
だが、これはおかしい。
そもそもとい子は、殺された女子生徒を
追って自殺をしたんだ。
他の生徒の前に現れて、一緒に死のうと
誘うはずがない
20年前の事件で、一人の女子生徒が殺された。
それを目撃してしまった親友の女子生徒は、
後を追って自殺をしてしまう。
結果、幽霊として現れたのは……
自殺をした女子生徒、とい子さんだった。
怪談的に考えたら、同じように
いっしょに死んでくれる人を探している
……というのも、怖くないかしら?
あ、確かに。
……って自分でそういうこと言うのって
どうなんですか、とい子さん
とい子さんのことなのに……。
そんな暗い怪談内容でいいの?
しょうがないでしょう?
その辺り、覚えてないんだから
確かに怪談的にはありだけどな。
だが話を広めた当時の人間は、とい子、お前たちが仲良かったことを知っているんだぞ?
それなのに、そんな内容で話すと思うか?
……それもそうだね
……どうかしら。私にはわからないけど……
納得しかけたけど、よく考えればそうだった。
さすがピヨ助くん。
もっとも、今際の際に残した言葉という線もなくはない。
だがそれだと、疑問系で誘う感じなのが
どうにも気になってな
確かに『いっしょに死にましょう……』なら、
最後の言葉として納得できる。
疑問系でもおかしくはないけど、
ピヨ助くんの言う通りすっきりしない。
小さな違いではあるけど、
なにかが引っかかるというのはわかる気がした。
ん、小さな違い……?
あっ、そっか! 改変!
もしかして20年の間で、
台詞が変わっちゃったってこと?
ここまでの話で、わたしもなんとなくわかってきた。
怪談話は……時間と共に内容が変わっていく。
ふっふっふ、佑美奈も怪談のことがわかってきたようだな!
その通り! 怪談『いっしょに……』は
改変され、今の形になった
つまり!
昔は『いっしょに死にましょう?』
ではなかったのだ!
台詞が……変わった……?
そもそも『いっしょに…』というタイトルがそれを物語っていると思わないか?
変わっていないのならタイトルは
『いっしょに死にましょう』
でいいんだからな。
変わってしまったからこそ、
いっしょにの後に言葉が続いていないのだ
おおお……ピヨ助くんすごい!
説得力あるよそれ!
はっはっは! そうだろうそうだろう
……それで? 私はいったい、
なんて囁いていたの?
やっぱり、言い方のニュアンスが違ったの?
疑問系じゃなかった?
いいや、根本的に違ったのだ。
とい子、お前が当初囁いていた言葉は……
『いっしょに遊んでくれないの?』だ
『いっしょに遊んでくれないの?』……
これは当時生徒だった人に聞いたから
間違いないぞ
へぇ……
ん? ってピヨ助くん!
当時の人に聞いたって……!
改変されてたのわかってたんじゃない!
ああ、そうだが?
しれっと……。もう、褒めて損したよ
いいだろ、知っている人を探すの
大変だったんだぞ?
……で? どうだ、とい子
どう……って?
『いっしょに遊んでくれないの?』って
囁いていた記憶はあるか?
いや、思い出したか?
そうね……そうだったと……思うわ
とい子さんはなんだかちょっとぼーっとしている。
もしかして、
生前のことを思いだしてきているんだろうか。
あれ? でも……
『いっしょに遊んでくれないの?』
これも、とい子さんが囁く言葉としては
おかしいような?
むしろさっきよりもわからなくなった気がする。
なんでそんなことを囁くように……?
あ……そっか。
『いっしょに遊んでくれないの?』
っていうのは……。
それこそ、とい子さんが死んだ女子生徒に
向けた言葉なんだね
さっきピヨ助くんは、
今際の際に残した言葉の線もある、と言っていた。
つまり『いっしょに遊んでくれないの?』という
言葉は……。
死んでしまって、
もう二度と一緒に遊ぶことのできなくなってしまった、
親友の女子生徒に向けた言葉なのかもしれない。
それを何度も何度も、
繰り返していただけなのかもしれない。
もう、いっしょに遊んでくれないの? と……。
おそらく、その考えで合っているはずだ。
そのへんはとい子が思い出してくれれば
解決するが……。どうだ?
…………。
ねぇ……どうして……。
どうして、死にましょうに、
変わったのかしら?
ピヨ助くんの問いかけにとい子さんは答えず、
逆に疑問を口にする。
ああ、それはだな……
確かに、
『遊んでくれないの?』から、
『死にましょう?』って、
ぜんぜん違う内容になってるよね。
いくらなんでも変わりすぎだよ
……それは、大きく変わるだけのことが
その後起きたからだ
ピヨ助くんは少し話しづらそうに、
とい子さんから目を逸らして話し始める。
大きく変わる……?
…………?
実はな……事件のあった、五年後のことだ。
再び、森の中で生徒が殺される事件が
起きている
えっ……!
…………!!
おそらく、そのせいだろうな。
こっちは確認取れなかったが、その時に、
『いっしょに遊んでくれないの?』が、
『いっしょに死んでくれないの?』に
変わったんだと、俺は睨んでいる
ま、待ってよ、それって理由になるの?
事件があったってだけで、どうして……
お前の言いたいことはわかるが……
これが、なってしまうんだ。
……5年、経っているからな
5年って、それがいったい?
……ああ、私を知る生徒が、
みんな卒業しちゃってるから?
そうだ。二人が仲が良かったということを
知る人物がいなくなって、怪談だけが
語り継がれていた。
そこへ、似たような事件が起き……
怪談は、より恐ろしいものへと、
改変されてしまった
あ……! そっか、
『いっしょに死んでくれないの?』の
方が……怪談としては、怖いよね
二人の仲を知る人がいれば、
そんなことにはならなかったのかも知れない。
でも既に5年経っていて、
怪談話が一人歩きしていたから……。
新たに起きた事件をきっかけに、
内容が変わってしまった。
怪談話は、結局のところ
恐怖を楽しむものだ。
話す人が楽しむために、より怖く。
聞く人が驚くように、より恐ろしく。
内容が変わっていってしまうことがある
霊には様々な事情があるのに、
それを後から知るのは困難で、
霊の方も簡単には伝えることができない。
だから俺は、
それらを紐解いて、怪談話の裏にある、
霊の真実を解き明かしたいのだ
ピヨ助くん……
とい子。
以上が、俺が調べたことのすべてだ。
……合っているか?
いっしょに……遊んでくれないの?
……かぁ
とい子さんは廊下の窓から、森の中をじっと見ている。
まるでそこになにかがあるかのように、
一点を見つめていた。
そうね……
口にしてみたら、思い出してきたわ。
確かにそう囁いていたと思う……
ああ、私の中にある、この強い想いは……
とい子さんが振り返り、わたしとピヨ助くんを見る。
ありがとう、二人とも。
おかげで……思い出せたわ
とい子さん……
…………
ピヨ助くんの説明のおかげで、
とい子さんは事件があった当時の記憶を
取り戻すことができた。
とい子さんはわたしにもお礼を言うけど、
わたしは特になにもしていない……。
……あれ?
もしかして、最初の会話……
いらなかったんじゃ?
とい子さんの記憶を取り戻す目的で
雑談に花を咲かせたわけだけど、
それはまったく効果ががなくて……。
そうとは限らないだろ
限るよ!
ピヨ助くんが調べた内容を説明したら、
とい子さんは色々思い出したんだよ?
最初からピヨ助くんが説明すればよかったのに。
もう……ピヨ助くんはどういうつもりで
わたしに会話させたんだろう。
こうなることは絶対わかってはずだ。
そう怒らないで? 佑美奈ちゃん。
ピヨ助君はね、最初から
『いっしょに遊んでくれないの?』だった
ことを、知っていたのよ?
ええ、そうみたいですけど……?
とい子、余計なことを言わなくていい
……? …………あ
まさか……わたしに、とい子さんと話をさせて……。
とい子さんに……
遊んでもらうのが目的だった……?
そこまで考えてるわけないだろ。
その話は終わりだ!
ピヨ助くんは無理矢理話を打ち切ってしまう。
だけどとい子さんは、笑顔でわたしにウィンクをする。
……きっと、そういうことなんだ。
素直じゃないなぁ、ピヨ助くん
それじゃ……楽しかったわ。二人とも
とい子さんは突然そう言うと、
あっさりわたしたちに背を向けてしまう。
え、とい子さん、どこへ……?
ふふっ……おかしなことを聞くのね?
佑美奈ちゃん、忘れてない?
私は幽霊よ。一緒に帰るとでも思った?
い、いえ……
それはわかっているけど、つい引き留めてしまった。
何故だか、
このまま別れてしまってはいけない気がしたのだ。
…………
だけどなにを言えばいいのか、言葉が出てこない。
……佑美奈ちゃん。
悲しんでくれてるの?
…………えっ?
すごく悲しそうな顔してる
そうなんだろうか。
だとしたら……。
わたし……わからなくて。
とい子さん。そんなに辛い記憶……
忘れてたのに、思い出しちゃって、
よかったんですか?
佑美奈、それは
待って、ピヨ助君。
……そうね、私にとって、とても辛い記憶。
後追い自殺をしたのに、
私だけここに残っちゃってるしね?
とい子さんは微笑む。
どうして、笑顔を作れるんだろう。
でも私は思い出せてよかったわ。
こんな大事なことを忘れたままだなんて、ぞっとする。
……時間が経つって、恐ろしいのね。
きっと、生きていても、死んでいても
……もしかしたら、これから怪談の内容が
少し変わってしまうかもね?
色々、思い出したから
……そうなったら、また調べ直すまでだ。
新しくなった怪談内容を、
どうしてそうなったのか記録に残してやる
ふふっ、ピヨ助君。
あなたに調査してもらえて、よかったわ
とい子さんは、そう言って手を振り、
今度こそ歩き去ろうとする。
わたしは……。
あ……ま、待ってください!
えっと、そうだ、
とい子さん甘い物は好きですか?
えぇっ?
そ、そうね。好きだったと思うわよ?
私だって、女の子だし
とい子さんは驚いて振り返る。
咄嗟に出した甘い物の話。
突然なにを言い出すんだって、
自分でも思うけど……。
最初の会話で、とい子さんが
楽しんでくれたのなら……
最後にもうちょっとだけ、楽しんでもらいたい。
それが今のわたしの、素直な気持ちだった。
あ、それじゃあ、
チョコレートとか食べますか?
20年前よりもきっと美味しくなってますよ
根拠は無いけど。
でも、この商品は20年前にはなかったはずだ。
お、おい、佑美奈
ピヨ助くんが慌てた声を出すけど、
逆にとい子さんは落ち着いた表情になる。
…………佑美奈ちゃん。ピヨ助くんも。
本当にありがとう。
そして、ごめんなさいね
とい子さんはそう言って、
わたしの手からチョコレートを受け取る。
たぶん、もう会うことはないでしょう。
会えないと思う
だから……さようなら
とい子さんは、チョコレートを口に含み。
最後に笑顔で、ふっと消えてしまった。
あっ……
佑美奈……
とい子さん……どうして、消えちゃったの?
……もう時間も遅い。帰りながら話すぞ
ピヨ助くんはそう言って、階段の方に向かう。
わたしも黙ってそれに従った。
知っているか?
……危険な怪談話には、大抵
対処方法、回避方法が存在する
対処方法……?
怪談『いっしょに……』は、
囁かれるだけなら害は無い。
だがさっき話したと思うが、
高熱が出たり事故に遭ったり……
自殺をしてしまうなどの、
不吉な後日談が付く場合がある
それは聞いたけど……でも
そう、怪談話の核にはならない。
だが、対処方法はいくつか生まれた
怪談話の対処方法。
確かに、死んでしまうような恐ろしいものには、
こうすれば助かる、
というような話が付いていることがある。
その中の一つに、
女の子の幽霊に囁かれたら、
振り返ってチョコレートを渡せば消える
というものがある
チョコレート……。
そっか、だから消えちゃったんだ……
わたしの、せい……だったんだ
……安心しろ、あくまで対処方法だからな。
とい子が完全に消えてしまうわけじゃない。
他の怪談だってそうだろ?
対処したからって怪談はなくならない
……そっか、よかった。
でもだったら、最初に教えておいてよ
仕方が無いだろ。
そんな対処方法、意味が無いと思って
手帳に残していなかったんだ。
……もともと振り返ったらいなく
なっているのに、どうやってチョコを
渡せっていうんだよ。おかしいだろ?
……それは確かに
だから効果が無いと思ってな。
そのまま忘れてたんだ。
だが、お前が鞄からチョコレートを
出した時に、思い出した
そっか。
鞄から出した……時……?
わたしはピタっと、足を止める。
あっ! 鞄、教室に置きっ放し!
……そういえばそうだったな。
早く取ってこいよ
誰のせいで……。
ああもう、宿題もあるのにー
いいから早くいけ。
俺は、次の怪談の下調べをする。
校舎の1階に確か……
やめて!
今日はもう怪談は聞きたくないよっ
うろうろし始めたピヨ助くんを置いて、
わたしは階段を駆け上がった。
もうこれ以上、怪談に巻き込まれたくない。
……ピヨ助くんがいる以上、
きっとそれは無理なんだけど。
階段を上り、教室のある階が見えた瞬間。
わたしは思わず足を止めてしまった。
…………
あれって……とい子、さん?
さっき消えたはずのとい子さん。
廊下に佇み、窓から森を見ている。
でも、なんだか雰囲気が違う……?
気のせいかも知れない。
けど……なんだか、暗い。
まるで、とい子さんに
闇が纏わり付いているかのようだった。
手に何か持ってる……?
どうして……
とい子さんが、なにかを呟く。
とい子さん……?
近付いて、声をかけよう。
……そう思うのに、足は動かず、声は出なかった。
どうして……いっしょに……
「いっしょに、死んでくれないの?」
闇の中、とい子さんの手の中にある何かが、
ぎらりと光った……。
…………あら?
あ…………
とい子さんが振り返り、
わたしもようやく声を出すことができた。
とい子さん……
やあね、もう会えないって言った矢先に、
再会しちゃうなんて
とい子さんは、
さっきまでわたしたちと話をしていた
とい子さんだった。
手には……なにも持っていない。
鞄を忘れちゃって……
そう。……ピヨ助君は?
ピヨ助くんは下で、
次の怪談の下調べだそうです
熱心ね。
……ねぇ、佑美奈ちゃん
な、なんですか?
ふふっ……。なんでもないわ。
あなたには、もうピヨ助君が憑いてるものね
え? なんですか急に……
連れて行っちゃおうかなって思ったんだけど
ええ?! じょ、冗談ですよね?
そうね。でも、そういう怪談になったら、
面白いと思わない?
怖いだけですよ、もう!
怪談が怖くなくてどうするのよ
…………
…………。
……ほら、早く行きなさい?
本当に連れていっちゃうわよ?
わ、わかりました!
わたしは慌てて廊下を駆け出して、教室に向かう。
途中一度、振り返ってみたけど……。
ふふっ……
とい子さんは微笑んで、ふっと消えてしまった。
とい子さん……
その後は何事もなく、
鞄を持って校舎を出ることができた。
1階でピヨ助くんと合流したけど、
ピヨ助くんは校舎に残るようで、
すぐに別れてしまった。
少しだけ迷ったけど……。
わたしは結局、
廊下でとい子さんに会ったことを、
ピヨ助くんに話さなかった。
そして……。
……続く