幽霊よりも甘味が食べたい
第4話「いっしょに……(2)」
とい子さん……あなたは
なにかしら?
……生前は犬派でしたか? 猫派でしたか?
覚えてないわねぇ。
特にこだわりはなかったかも
あ、でもかわいい女の子は好きよ?
お、おんなのこ?
……ちなみにわたしは犬も猫も両方好きです
おい、鳥派がいることも忘れるなよ?
鳥は……わたしはあんまり興味ないかな。
ピヨ助くん鳥派なの?
だからヒヨコの姿なのかしら
それとこれとは関係ない! ……はずだ。
ちなみに犬と猫の二択なら断然犬だな!
夜、真っ暗になった学校の廊下で、
わたしとピヨ助くん、そしてとい子さんは
雑談に花を咲かせていた。
ピヨ助くんもとい子さんも、
幽霊……だよね?
わたしなんで幽霊と雑談してるんだろう……
怪談を調査するはずだったわたしたちが、
何故こんなことをしているのか。
それは……。
……というわけで、俺とあんたは普通なら
干渉できない別の怪談の幽霊同士なんだが、佑美奈……人間を間に通すことで、会話が
できるようになったというわけだ
ふぅん? ……正直、説明されてもよく
わからないけど。
とにかく、ヒヨコ君?
あなたは幽霊になった今でも、怪談話の
真相を調べたいのね
ああ、そういうことだ。
とりあえずそこがわかってくれたのならいい
怪談『いっしょに……』の幽霊、とい子さん。
ピヨ助くんは彼女に、
幽霊同士話ができるようになった理由を説明した。
それじゃあ早速、あんたの怪談について
聞きたいんだが
いいけど……でも、ごめんね?
さっきも言ったけど、私幽霊歴長いから。
大部分を忘れちゃってるのよね。
役に立てるかわからないわよ?
むっ、なんだと?!
名前以外にも忘れてることがあるって
ことですか?
そうね。どこに住んでたとか、家族のこと
とか、私自身に関することはかなり忘れちゃってるわ
それどころか、どうしてこの廊下で、
すれ違った女の子に
『いっしょに死にましょう?』
なんて囁いてるのか、自分でもわからないの
えぇ?! わからないのに人を
驚かせているんですか?
そうなるわね。……しょうがないでしょう?
そうしないと、本当に私は私でいられなくなっちゃうんだから。
ヒヨコ君が、怪談調査にこだわるようにね?
えっ……?
……そうだな。俺たちが幽霊でいられる
のは、語られる怪談話と、霊自身の強い念があるからだ。
俺が怪談調査を諦めるということは、
この世から消えるということだ
そっか、未練がなくなるってこと
だもんね……
そういうことだ。だから覚悟しろよ?
佑美奈
うわっ……。
で、でも、強い念? が必要なのに、
その理由を忘れちゃってるのはどうして?
本当ね。どうしてかしら?
気が付いたら思い出せなくなっていたのよね
それは語られる怪談話の影響だな
語られる怪談話。
ピヨ助くんなら『学校のドーナツ』。
とい子さんなら『いっしょに……』。
怪談話は語られていく内に、内容が変わっていくものだ。
佑美奈、それはさっき説明したな?
うん、改変されていくって。
……あ、改変されちゃったから、事実と
違ってきちゃって、とい子さんが思い出せ
なくなっちゃったってこと?
おそらくそういうことだろうな。
俺はまだそういうことはないから、
ハッキリとは言えないが
ピヨ助くんは5年前に幽霊になったけど、
とい子さんは20年も前だ。
その間に話の内容が変わってしまっていても、
おかしくはない。
ふ~ん……さすがね、死んでも怪談マニア
なだけはあるわ。
今度のは私も納得できちゃった
ふっふっふ。
というわけでだ、佑美奈。
お前の出番だ
……? 出番って?
今からこいつと話をするんだ。
昔のことを思い出せそうな話をな!
ええ~?!
……というわけで、
わたしはとい子さんと話をしていた。
結局ピヨ助くんも会話に加わってきたけど……。
って待ってよピヨ助くん!
なんでわたしこんなことまでしてるの?
調査はピヨ助くんの役目でしょ?
よく考えたらそうだった。
わたしはピヨ助くんと他の幽霊の橋渡しをするだけ。
それ以上のことは契約(ドーナツ)外。
チッ……。今さらなんだよ。いいだろ?
女子同士の方が話も弾むだろうし。
ガールズトークしとけよ
舌打ちした!
もう、ピヨ助くん無茶苦茶だよ!
あーほら、終わったらドーナツやるから。な? 美味いぞ、ドーナツ
うっ……ううぅぅ……。
だ、だめだよ! それはもう約束したこと
なんだから! ドーナツをもらうのは
決まってることだから!
そうか……。
俺が生み出すドーナツは、
俺が食べ損ねた夜食のドーナツだ。
俺は……あのドーナツは、
とても美味しいものだと思っていた
それはさっき聞いたけど……ピヨ助くん?
確か、ピヨ助くんがそう強く思っていたからこそ、
あのドーナツはとっても甘くて美味しいドーナツに
なったんだと聞いた。
だが……やはり、不味かったのかもな。
どこで買ったかもわからないような
ドーナツだもんな。
ああ、きっと俺がこれから生み出す
ドーナツは、さっきのとは違う
不味いドーナツになっているだろうな
あっ……! ずるい! 卑怯だよ!
佑美奈が快く協力してくれたら……
俺ももっとポジティブになれるかもな
脅すなんて……酷いよピヨ助くん……
ドーナツ……甘くなかったのかもなぁ……
……!! わ、わかった!
わかったよ、やるから!
背に腹は替えられない。
甘い物のため……わたしは脅しに屈する決意をする。
お? そうか?
ああ、やっぱりあの食べ損ねたドーナツは
さぞかし絶品なのだろうな。間違いない
甘いよね?!
そりゃあそうだ。あんなにチョコレートが
かかっているんだ、絶対甘いぞ
やった! ドーナツは甘かったんだ!
ぷっ……! あっはははは!
あなたへんな子ね! ほんと、面白いわ~
わたしとピヨ助くんのやり取りを見ていた
とい子さんが、声を上げて笑い出す。
って今笑われたのって、主にわたし?
でも残念。話していてもあんまり思い出せ
そうもないわね。
どちらかというと、忘れていることを
再確認できた感じ
そうですか……
ふふっ、けど楽しかったわ、佑美奈ちゃん
とい子さんは本当に楽しそうに笑う。
思わず、幽霊だということを忘れてしまいそうだ。
ピヨ助くんもとい子さんも、全然怖くない。幽霊って意外と怖くないんだって、
今度ミカちゃんに話してあげようかな?
ヒヨコ君……ピヨ助君も。
ごめんね? ご期待に添えなくて
ふん……。
構わんさ。あまり期待していなかったからな
……え? ちょっと、ピヨ助くん?
わたしの声を無視して、ピヨ助くんは静かに告げる。
さて……そろそろ、
20年前の事件の話でもするか?
その瞬間、ふっと空気が変わった。
それって……
私の怪談の、元になる事件の話よね?
ああ、もちろんそうだ
そう、20年も経っているのね
20年前。
この廊下から見える森で、女子生徒が殺された事件。
とい子さんは今、その事件が
怪談『いっしょに……』の元になる事件だと認めた。
でも……。
事件のこと、覚えているのか?
ううん。残念ながら。さっきも言った通り、大部分を忘れちゃってるのよ
それなら、俺が生前調べた事件のあらましを説明してやる
………………
とい子さんは黙って目を瞑る。
忘れてしまったという……20年前の事件。
……そうね。ピヨ助君。お願いするわ
わかった。では……
ピヨ助くんはそう言うと、
どこからともなく手帳を取り出す。
聞いてもらおう。
森林公園で起きた、女子生徒殺人事件だ
今から20年前。
千藤高等学校に通う女子生徒が、
森林公園で殺害された。
発見者は、朝学校に登校してきた生徒だそうだ。
血だまりの中に横たわる女子生徒。
遺体はちょうど、
校舎の廊下から見える位置にあったそうだ。
ちなみに二階より上からだったらどの階でも
見えたらしく、死体の目撃者はかなり多かったそうだ。
通り魔に襲われたと思われるが、
結局犯人は見付かっていない。
……やがて、死体を見ることができた廊下には、
女の子の幽霊が現れると噂されるようになる。
日が暮れて暗くなった廊下を歩いていると、
すれ違い様に耳元で囁くという。
『いっしょに死にましょう?』と。
これが事件のあらましだ。
もう少し踏み込んで調べた部分もあるが……ここまでで、何か思い出したことはあるか?
…………いいえ。
でも一つだけ。話を聞いて、思ったのは……
やっぱりその事件で死んだ女子生徒は、
私じゃない。
それだけははっきりと言えるわ
あっ……
半分正解ってところね。
……私は確かにあの森で死んだけど、でも、あなたの知っている事件で死んだのは……
私じゃないと思うわよ?
最初にわたしが聞いた時に、
とい子さんは同じようにそう答えた。
……森で殺されたという女子生徒は、
とい子さんではない。
それじゃあ……とい子さんって、
いったい……誰なんですか?
さあ?
それをピヨ助君が解き明かして
くれるんじゃないの?
そうだな。俺の怪談調査は、
いかにしてその怪談が生まれたかだ。
元になる事件があるのなら、
その事件の真実を知ること。
……つまり、森林公園での事件と怪談の関係性を明らかにするのが、今回の俺の目的だ
事件と怪談の関係性。
怪談の中に事件が出てくる以上、無関係なはずはない。
ピヨ助くんは、
そこがどう関係しているのか知りたいんだ。
……そのためには、事件当時、
実際になにが起きていたのか、知る必要がある。
ふふっ……。
でももう、ピヨ助君は全部わかってるんじゃないの?
いまさら私が話すこともないと思うのだけど
えっ……? そ、そうなの? ピヨ助くん
……まあな。さっきの一言で確信できた。
だからこれからするのは、それが合っているのかどうかの確認だ
ピヨ助君って完璧主義なのね?
やるなら徹底的にやらないと
気が済まないだけだ
ピヨ助くんはそう言って、手帳をめくり始める。
さっきの一言って……。
事件で死んだ女子生徒はとい子さんでは
ないっていう、あれ?
どうしてそれでわかるのだろう。
ピヨ助くんは、まだ調べたことをすべて
話してはいないようだ。
まず、20年前の事件だが、
実は死んだ女子生徒はもう一人いる
へぇ……?
えっ?! 二人も殺されていたの?
いいや。
だったら最初からそう説明していた。
……もう一人の女子生徒の死因は、自殺だ
じ、自殺? その事件があった日に?
そうだ。
見付かった死体よりも奥の方で、
首つり死体として発見された
……それって、本当に自殺なの?
自殺に見せかけてとか……
20年も前のことだからな。
詳しくはわからないが、
警察は自殺と断定している。
指紋とかの色々な証拠から、
そう判断したんじゃないか?
森の中で……もう一人。
女子生徒が自殺をしていた。
その女子生徒は……。
…………つまり、ピヨ助君。
私がその、自殺した女の子だって
言いたいの?
ああ、そうだ。違うのか?
………………
とい子さんは黙ってしまう。
でも……それなら一応納得できる。
怪談で話されているのは、あくまで殺された女子生徒。
自殺した方は話に出てきていない。
自殺した生徒の方がとい子さんなら、
怪談で出てくる事件で死んだのは私じゃない、
と言うとい子さんの言葉は確かに正しい。
ピヨ助くん。その自殺した女の子は、
どうして……そんなところで?
残念ながら、動機までは調べることが
できなかった。
遺書が無かった可能性もあるな。
ただ、死亡推定時刻から、
先に女子生徒が殺されて、
そのあと自殺をしたと考えられている
それって……自殺した子は、
女子生徒の死体を見ている……?
ああ、そういうことになる。
……どうだ? まだなにも思い出せないか?
……そうね。
でも、ごめんなさい、先に謝っておくわ
ピヨ助君の推理、正解のはずよ。
本当は、自分が自殺したことは覚えていたの
とい子さん……。
だから、殺されたのは自分じゃないって……
ふん、こんなのは推理じゃない。
調べたことを話しただけだ。
……本当の推理、いや推測は、ここからだ
えぇ? まだなにかあるの? ピヨ助くん
佑美奈、忘れたのか?
俺たちは怪談の調査をしているんだぞ。
どうしてその事件から『いっしょに……』の怪談になったのか、
それを解明していないだろ
あ、そっか……。ってピヨ助くん、
もしかしてその理由もわかってるの?
ふふっ……楽しみね?
ふん。事件のあと、お前は幽霊となり、
この廊下で女子限定の怪談となった
わけだが……。
いいか佑美奈、考えても見ろ。
普通なら、殺された女子生徒の方が幽霊になって彷徨うもんだろ?
……うん。
怪談話もそういう作りになってるし……
そうだと思ってたよ
怪談話がそういう作りになったのは、
20年の間に改変されてきたからだろうな。
つまり、省かれたり、変わってしまった
部分があるんだよ。この怪談には
そっか、当初はもう少し詳しい内容の怪談だったかもしれないんだね
そういうことだな。……ところで、お前
お前って言うのやめて欲しいんだけど?
本名じゃないんだろ?
それ、ピヨ助くんが言う?
自分は本名を名乗らないのに。
わたしがそれを指摘すると、
ピヨ助くんはばつの悪い顔をする。
……まぁいい。とい子。
殺された女子生徒と、仲が良かったそうだな
………………
……それって
20年……いや15年経ってから調べても
わかるくらいだ、
相当仲が良かったんだろうな。
周りの生徒たちもよく知っていたようだ
ええ…………そうね。
私たちは……仲が良かった
とい子さんは、話を聞いているうちに
遠い目になっていた。
なにかを思い出している……?
とい子、自殺した理由を覚えているか?
………………
とい子さんは答えない。
ピヨ助くんは構わず、話を続ける。
……見てしまったんだろう?
……親友が、無惨に殺されているところを
え……あっ
そうか、わたしにもわかってしまった。
とい子さんが、自殺してしまった理由。
………………
とい子、お前は親友の後を追って
……自殺をしたんだ
とい子さんはゆっくりと
ピヨ助くんに視線を向けて、口を開く。
ええ……そうね。
私は後追い自殺をして、それで……
怪談話ができあがった
……もしかして覚えていたのか?
はっきりとは覚えていないわ。
……ただ、後追い自殺が原因で、怪談話が
できたことは、ぼんやりと覚えていたの。
……そう、そういうことなのね
当時の生徒たちは、
二人が仲良かったことを知っていた。
後追い自殺であることもすぐにわかった。
だから、とい子さんが
幽霊として現れ、怪談話になると、
事件と結びつけられて話されるようになり……。
……あれ? でも、だったらどうして……。
とい子さんは、
『いっしょに死にましょう?』
なんて囁くようになったの?
どちらかというと、殺された女子生徒がそう囁く方が、
怪談としては自然な気がする。
……………………
そうだな、それはやはり、
俺から説明するとしようか
……続く