幽霊よりも甘味が食べたい

第4話「いっしょに……(2)」



















佑美奈

とい子さん……あなたは

とい子

なにかしら?














佑美奈

……生前は犬派でしたか? 猫派でしたか?

とい子

覚えてないわねぇ。
特にこだわりはなかったかも

とい子

あ、でもかわいい女の子は好きよ?

佑美奈

お、おんなのこ?

……ちなみにわたしは犬も猫も両方好きです

ピヨ助

おい、鳥派がいることも忘れるなよ?

佑美奈

鳥は……わたしはあんまり興味ないかな。
ピヨ助くん鳥派なの?

とい子

だからヒヨコの姿なのかしら

ピヨ助

それとこれとは関係ない! ……はずだ。

ちなみに犬と猫の二択なら断然犬だな!



夜、真っ暗になった学校の廊下で、
わたしとピヨ助くん、そしてとい子さんは
雑談に花を咲かせていた。



佑美奈

ピヨ助くんもとい子さんも、
幽霊……だよね?

わたしなんで幽霊と雑談してるんだろう……


怪談を調査するはずだったわたしたちが、
何故こんなことをしているのか。

それは……。





















ピヨ助

……というわけで、俺とあんたは普通なら
干渉できない別の怪談の幽霊同士なんだが、佑美奈……人間を間に通すことで、会話が
できるようになったというわけだ

とい子

ふぅん? ……正直、説明されてもよく
わからないけど。

とにかく、ヒヨコ君?
あなたは幽霊になった今でも、怪談話の
真相を調べたいのね

ピヨ助

ああ、そういうことだ。
とりあえずそこがわかってくれたのならいい



怪談『いっしょに……』の幽霊、とい子さん。

ピヨ助くんは彼女に、
幽霊同士話ができるようになった理由を説明した。


ピヨ助

それじゃあ早速、あんたの怪談について
聞きたいんだが

とい子

いいけど……でも、ごめんね?
さっきも言ったけど、私幽霊歴長いから。
大部分を忘れちゃってるのよね。
役に立てるかわからないわよ?

ピヨ助

むっ、なんだと?!

佑美奈

名前以外にも忘れてることがあるって
ことですか?

とい子

そうね。どこに住んでたとか、家族のこと
とか、私自身に関することはかなり忘れちゃってるわ

とい子

それどころか、どうしてこの廊下で、
すれ違った女の子に
『いっしょに死にましょう?』
なんて囁いてるのか、自分でもわからないの

佑美奈

えぇ?! わからないのに人を
驚かせているんですか?

とい子

そうなるわね。……しょうがないでしょう?
そうしないと、本当に私は私でいられなくなっちゃうんだから。

ヒヨコ君が、怪談調査にこだわるようにね?

佑美奈

えっ……?

ピヨ助

……そうだな。俺たちが幽霊でいられる
のは、語られる怪談話と、霊自身の強い念があるからだ。

俺が怪談調査を諦めるということは、
この世から消えるということだ

佑美奈

そっか、未練がなくなるってこと
だもんね……

ピヨ助

そういうことだ。だから覚悟しろよ?
佑美奈

佑美奈

うわっ……。

で、でも、強い念? が必要なのに、
その理由を忘れちゃってるのはどうして?

とい子

本当ね。どうしてかしら?
気が付いたら思い出せなくなっていたのよね

ピヨ助

それは語られる怪談話の影響だな


語られる怪談話。

ピヨ助くんなら『学校のドーナツ』。
とい子さんなら『いっしょに……』。


ピヨ助

怪談話は語られていく内に、内容が変わっていくものだ。
佑美奈、それはさっき説明したな?

佑美奈

うん、改変されていくって。

……あ、改変されちゃったから、事実と
違ってきちゃって、とい子さんが思い出せ
なくなっちゃったってこと?

ピヨ助

おそらくそういうことだろうな。
俺はまだそういうことはないから、
ハッキリとは言えないが


ピヨ助くんは5年前に幽霊になったけど、
とい子さんは20年も前だ。
その間に話の内容が変わってしまっていても、
おかしくはない。

とい子

ふ~ん……さすがね、死んでも怪談マニア
なだけはあるわ。
今度のは私も納得できちゃった

ピヨ助

ふっふっふ。

というわけでだ、佑美奈。
お前の出番だ

佑美奈

……? 出番って?

ピヨ助

今からこいつと話をするんだ。
昔のことを思い出せそうな話をな!

佑美奈

ええ~?!



















……というわけで、
わたしはとい子さんと話をしていた。

結局ピヨ助くんも会話に加わってきたけど……。


佑美奈

って待ってよピヨ助くん!
なんでわたしこんなことまでしてるの?
調査はピヨ助くんの役目でしょ?



よく考えたらそうだった。
わたしはピヨ助くんと他の幽霊の橋渡しをするだけ。
それ以上のことは契約(ドーナツ)外。


ピヨ助

チッ……。今さらなんだよ。いいだろ?
女子同士の方が話も弾むだろうし。
ガールズトークしとけよ

佑美奈

舌打ちした!

もう、ピヨ助くん無茶苦茶だよ!

ピヨ助

あーほら、終わったらドーナツやるから。な? 美味いぞ、ドーナツ

佑美奈

うっ……ううぅぅ……。

だ、だめだよ! それはもう約束したこと
なんだから! ドーナツをもらうのは
決まってることだから!





ピヨ助

そうか……。

俺が生み出すドーナツは、
俺が食べ損ねた夜食のドーナツだ。

俺は……あのドーナツは、
とても美味しいものだと思っていた

佑美奈

それはさっき聞いたけど……ピヨ助くん?



確か、ピヨ助くんがそう強く思っていたからこそ、
あのドーナツはとっても甘くて美味しいドーナツに
なったんだと聞いた。

ピヨ助

だが……やはり、不味かったのかもな。
どこで買ったかもわからないような
ドーナツだもんな。

ああ、きっと俺がこれから生み出す
ドーナツは、さっきのとは違う
不味いドーナツになっているだろうな

佑美奈

あっ……! ずるい! 卑怯だよ!

ピヨ助

佑美奈が快く協力してくれたら……
俺ももっとポジティブになれるかもな

佑美奈

脅すなんて……酷いよピヨ助くん……



ピヨ助

ドーナツ……甘くなかったのかもなぁ……

佑美奈

……!! わ、わかった!
わかったよ、やるから!


背に腹は替えられない。

甘い物のため……わたしは脅しに屈する決意をする。



ピヨ助

お? そうか?

ああ、やっぱりあの食べ損ねたドーナツは
さぞかし絶品なのだろうな。間違いない

佑美奈

甘いよね?!

ピヨ助

そりゃあそうだ。あんなにチョコレートが
かかっているんだ、絶対甘いぞ

佑美奈

やった! ドーナツは甘かったんだ!








とい子

ぷっ……! あっはははは!
あなたへんな子ね! ほんと、面白いわ~


わたしとピヨ助くんのやり取りを見ていた
とい子さんが、声を上げて笑い出す。


佑美奈

って今笑われたのって、主にわたし?

とい子

でも残念。話していてもあんまり思い出せ
そうもないわね。

どちらかというと、忘れていることを
再確認できた感じ

佑美奈

そうですか……

とい子

ふふっ、けど楽しかったわ、佑美奈ちゃん



とい子さんは本当に楽しそうに笑う。
思わず、幽霊だということを忘れてしまいそうだ。

佑美奈

ピヨ助くんもとい子さんも、全然怖くない。幽霊って意外と怖くないんだって、
今度ミカちゃんに話してあげようかな?




とい子

ヒヨコ君……ピヨ助君も。
ごめんね? ご期待に添えなくて

ピヨ助

ふん……。

構わんさ。あまり期待していなかったからな

佑美奈

……え? ちょっと、ピヨ助くん?



わたしの声を無視して、ピヨ助くんは静かに告げる。



ピヨ助

さて……そろそろ、
20年前の事件の話でもするか?




その瞬間、ふっと空気が変わった。












とい子

それって……
私の怪談の、元になる事件の話よね?

ピヨ助

ああ、もちろんそうだ

とい子

そう、20年も経っているのね



20年前。
この廊下から見える森で、女子生徒が殺された事件。


とい子さんは今、その事件が
怪談『いっしょに……』の元になる事件だと認めた。

でも……。




ピヨ助

事件のこと、覚えているのか?

とい子

ううん。残念ながら。さっきも言った通り、大部分を忘れちゃってるのよ

ピヨ助

それなら、俺が生前調べた事件のあらましを説明してやる

とい子

………………



とい子さんは黙って目を瞑る。


忘れてしまったという……20年前の事件。


とい子

……そうね。ピヨ助君。お願いするわ

ピヨ助

わかった。では……


ピヨ助くんはそう言うと、
どこからともなく手帳を取り出す。

ピヨ助

聞いてもらおう。

森林公園で起きた、女子生徒殺人事件だ







今から20年前。

千藤高等学校に通う女子生徒が、
森林公園で殺害された。

発見者は、朝学校に登校してきた生徒だそうだ。

血だまりの中に横たわる女子生徒。
遺体はちょうど、
校舎の廊下から見える位置にあったそうだ。

ちなみに二階より上からだったらどの階でも
見えたらしく、死体の目撃者はかなり多かったそうだ。

通り魔に襲われたと思われるが、
結局犯人は見付かっていない。



……やがて、死体を見ることができた廊下には、
女の子の幽霊が現れると噂されるようになる。

日が暮れて暗くなった廊下を歩いていると、
すれ違い様に耳元で囁くという。


『いっしょに死にましょう?』と。






ピヨ助

これが事件のあらましだ。

もう少し踏み込んで調べた部分もあるが……ここまでで、何か思い出したことはあるか?

とい子

…………いいえ。

でも一つだけ。話を聞いて、思ったのは……

とい子

やっぱりその事件で死んだ女子生徒は、

私じゃない。

それだけははっきりと言えるわ

佑美奈

あっ……










とい子

半分正解ってところね。

……私は確かにあの森で死んだけど、でも、あなたの知っている事件で死んだのは……
私じゃないと思うわよ?











最初にわたしが聞いた時に、
とい子さんは同じようにそう答えた。

……森で殺されたという女子生徒は、
とい子さんではない。



佑美奈

それじゃあ……とい子さんって、
いったい……誰なんですか?

とい子

さあ?

それをピヨ助君が解き明かして
くれるんじゃないの?

ピヨ助

そうだな。俺の怪談調査は、
いかにしてその怪談が生まれたかだ。

元になる事件があるのなら、
その事件の真実を知ること。

……つまり、森林公園での事件と怪談の関係性を明らかにするのが、今回の俺の目的だ



事件と怪談の関係性。

怪談の中に事件が出てくる以上、無関係なはずはない。
ピヨ助くんは、
そこがどう関係しているのか知りたいんだ。

……そのためには、事件当時、
実際になにが起きていたのか、知る必要がある。



とい子

ふふっ……。
でももう、ピヨ助君は全部わかってるんじゃないの?
いまさら私が話すこともないと思うのだけど

佑美奈

えっ……? そ、そうなの? ピヨ助くん

ピヨ助

……まあな。さっきの一言で確信できた。

だからこれからするのは、それが合っているのかどうかの確認だ

とい子

ピヨ助君って完璧主義なのね?

ピヨ助

やるなら徹底的にやらないと
気が済まないだけだ


ピヨ助くんはそう言って、手帳をめくり始める。

佑美奈

さっきの一言って……。
事件で死んだ女子生徒はとい子さんでは
ないっていう、あれ?


どうしてそれでわかるのだろう。

ピヨ助くんは、まだ調べたことをすべて
話してはいないようだ。



ピヨ助

まず、20年前の事件だが、

実は死んだ女子生徒はもう一人いる

とい子

へぇ……?

佑美奈

えっ?! 二人も殺されていたの?

ピヨ助

いいや。
だったら最初からそう説明していた。

……もう一人の女子生徒の死因は、自殺だ

佑美奈

じ、自殺? その事件があった日に?

ピヨ助

そうだ。
見付かった死体よりも奥の方で、
首つり死体として発見された

佑美奈

……それって、本当に自殺なの?
自殺に見せかけてとか……

ピヨ助

20年も前のことだからな。
詳しくはわからないが、
警察は自殺と断定している。

指紋とかの色々な証拠から、
そう判断したんじゃないか?



森の中で……もう一人。

女子生徒が自殺をしていた。

その女子生徒は……。


とい子

…………つまり、ピヨ助君。

私がその、自殺した女の子だって
言いたいの?

ピヨ助

ああ、そうだ。違うのか?

とい子

………………




とい子さんは黙ってしまう。
でも……それなら一応納得できる。

怪談で話されているのは、あくまで殺された女子生徒。
自殺した方は話に出てきていない。

自殺した生徒の方がとい子さんなら、
怪談で出てくる事件で死んだのは私じゃない、
と言うとい子さんの言葉は確かに正しい。



佑美奈

ピヨ助くん。その自殺した女の子は、
どうして……そんなところで?

ピヨ助

残念ながら、動機までは調べることが
できなかった。
遺書が無かった可能性もあるな。

ただ、死亡推定時刻から、
先に女子生徒が殺されて、
そのあと自殺をしたと考えられている

佑美奈

それって……自殺した子は、

女子生徒の死体を見ている……?

ピヨ助

ああ、そういうことになる。

……どうだ? まだなにも思い出せないか?

とい子

……そうね。

でも、ごめんなさい、先に謝っておくわ

とい子

ピヨ助君の推理、正解のはずよ。

本当は、自分が自殺したことは覚えていたの

佑美奈

とい子さん……。
だから、殺されたのは自分じゃないって……





ピヨ助

ふん、こんなのは推理じゃない。
調べたことを話しただけだ。

……本当の推理、いや推測は、ここからだ

佑美奈

えぇ? まだなにかあるの? ピヨ助くん

ピヨ助

佑美奈、忘れたのか?
俺たちは怪談の調査をしているんだぞ。

どうしてその事件から『いっしょに……』の怪談になったのか、
それを解明していないだろ

佑美奈

あ、そっか……。ってピヨ助くん、
もしかしてその理由もわかってるの?

とい子

ふふっ……楽しみね?

ピヨ助

ふん。事件のあと、お前は幽霊となり、
この廊下で女子限定の怪談となった
わけだが……。

いいか佑美奈、考えても見ろ。
普通なら、殺された女子生徒の方が幽霊になって彷徨うもんだろ?

佑美奈

……うん。
怪談話もそういう作りになってるし……
そうだと思ってたよ

ピヨ助

怪談話がそういう作りになったのは、
20年の間に改変されてきたからだろうな。

つまり、省かれたり、変わってしまった
部分があるんだよ。この怪談には

佑美奈

そっか、当初はもう少し詳しい内容の怪談だったかもしれないんだね

ピヨ助

そういうことだな。……ところで、お前

とい子

お前って言うのやめて欲しいんだけど?

ピヨ助

本名じゃないんだろ?

佑美奈

それ、ピヨ助くんが言う?


自分は本名を名乗らないのに。

わたしがそれを指摘すると、
ピヨ助くんはばつの悪い顔をする。


ピヨ助

……まぁいい。とい子。

殺された女子生徒と、仲が良かったそうだな

女の子

………………

佑美奈

……それって

ピヨ助

20年……いや15年経ってから調べても
わかるくらいだ、
相当仲が良かったんだろうな。
周りの生徒たちもよく知っていたようだ

とい子

ええ…………そうね。

私たちは……仲が良かった


とい子さんは、話を聞いているうちに
遠い目になっていた。

なにかを思い出している……?


ピヨ助

とい子、自殺した理由を覚えているか?

とい子

………………


とい子さんは答えない。
ピヨ助くんは構わず、話を続ける。



ピヨ助

……見てしまったんだろう?

……親友が、無惨に殺されているところを

佑美奈

え……あっ



そうか、わたしにもわかってしまった。

とい子さんが、自殺してしまった理由。


とい子

………………

ピヨ助

とい子、お前は親友の後を追って

……自殺をしたんだ


とい子さんはゆっくりと
ピヨ助くんに視線を向けて、口を開く。



とい子

ええ……そうね。
私は後追い自殺をして、それで……

怪談話ができあがった

ピヨ助

……もしかして覚えていたのか?

とい子

はっきりとは覚えていないわ。

……ただ、後追い自殺が原因で、怪談話が
できたことは、ぼんやりと覚えていたの。

……そう、そういうことなのね


当時の生徒たちは、
二人が仲良かったことを知っていた。
後追い自殺であることもすぐにわかった。

だから、とい子さんが
幽霊として現れ、怪談話になると、
事件と結びつけられて話されるようになり……。




佑美奈

……あれ? でも、だったらどうして……。

とい子さんは、
『いっしょに死にましょう?』
なんて囁くようになったの?


どちらかというと、殺された女子生徒がそう囁く方が、
怪談としては自然な気がする。

とい子

……………………

ピヨ助

そうだな、それはやはり、
俺から説明するとしようか



……続く

第4話「いっしょに……(2)」

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