ニューデリー、ビルラー邸庭園。

標的を仕留めた興奮もつかの間。過激派の青年は息を飲み、思わず銃を取り落とした。

弾丸を受け、倒れた筈の憎き老人が、ふと消えたかと思うと、

いつの間にか自分の背後を取り、耳元で低く囁いたからだ。

打ち下ろしの正拳突きが、過激派の青年の顎にめごりと食い込み、数十メートル先まで吹き飛ばす！

真破闘魔となったガンジーの肉体を、紅い”徳”の光が包みたゆたっている。

あふれるその光は、昼日中であるにも関わらず、空を薄い朱の色に炙り立てる。

非暴力突き（アヒンサーパンチ）は、拳に集中させた”徳”エネルギーを直接ぶつける事で、青年を吹き飛ばした。

つまりガンジー自身が直接殴っている訳ではなく、たまたま腕を振ったら”徳”の塊がぶつかっただけなので、ガンジー自身は生前と変わらず非暴力（アヒンサー）をギリギリ貫いているのだ！

「た、たかが死に損ないのジジイだ！」
「やれ、やっちまえ！」

無理やり恐怖を振り払うように、過激派の集団は一斉に銃口を向ける。

だが、それより一瞬早く！

彼らの頭目と思しき男を、ガンジーは既に捕らえていたのだ！

ガンジーの膝に満ちた神々しい”徳”が、過激派リーダーの顎を、アバラを、鼻柱を圧し折る！

息も絶え絶えの過激派頭目の身体が、どさりと地に落ちる。

ガンジーは取り囲む青年達をひと睨みし、言い放つ。

蜘蛛の子を散らすが如く逃げていく青年達を一瞥し、ガンジーは再び”徳”に満ちた豪腕で、頭目の身体をひょいと持ち上げる。

ガンジーの肉体に漲る”徳”に恐れを為し、男はあっけなく口を割る。

有無を言わさず叩き込んだ瞬速の頭突きに、男は脳震盪を起こし昏倒した。

気合充分、覇気万端。

ガンジーは微塵の迷いも見せず、走り出した。

遊んでいた地元の子供の鼻先で、ガンジーはぴたりと止まった。

グワーリオール。かつてインドのジャンヌ・ダルクと崇められた女傑ラクシュミー・バーイーが、イギリス軍との壮絶な戦いの果てに命を落とした、古戦場である。

マッハトマだからの、などとボケる余裕は無かった。

グワーリオール砦は以前健在。潜んでいた過激派の連中が、ライフルを構えて矢狭間から一斉に飛び出したのだ。

メガホンを手にした壮年の男が、砦の上から威嚇する。

優しくそう言いながら、砦を悠々と見上げるガンジー。

風は巻き、蒼天は高く。

ガンジーの両の手のひらに、”徳”の紅い光が少しずつ収束していく。

脳内通話を一度終え、すぅ、と大きく息を吸い、

メガホンの声を圧倒する大きさと強さで、ガンジーは声を発した。

その声は砦を揺るがし、空を震わす。

義勇団の若者達の心を、強く強く叩く。

無数の慈悲無き弾丸が、老人と少年に容赦なく降り注ぐ。

だが、その時！

ガンジーの素足が一度、砂の大地を巌と踏む！

脚から大地へ伝わった”徳”の光が、壁となって立ち上り、触れた弾丸を片端から蒸発させた！

土煙の中で、ガンジーはゆっくりと両手を持ち上げる。

右の拳は右肩に添えて。

左の平手は視線の先へ。

インドに古来から伝わる武術、カラリパヤットの弓の構えだ。

壁を為していた”徳”の光が、再びガンジーの元へと集い、

輝きを増して彼の額へ、

否！

メガネへと収束する！

ガンジーのメガネから放たれた”徳”の奔流が、グワーリオール砦を軽々と飲み込む！

銃を構えていた者はもちろん、砦の中に居た者達も、ガンジーが放った"徳"の光を浴び、例外無く許されていく！

非暴力砲（アヒンサーキャノン）の、否、真破闘魔ガンジーの"徳"の光は命を奪うものではない。

紅い光に打たれた者はすべて、その邪心と全身のあらゆる骨をちょいと砕かれる以外には、全くの無傷で許されるのだ！

真破闘魔の慈悲によって！

つかつかと迫るガンジーを前に、リーダーはあっさりと暴露した。

ガンジーは確かめるように、ひとりそう呟いた。

実のところ、その真実にガンジーはあまり驚いていなかった。釈迦の言う、争いを煽り立てる存在。インドの地でそんな事をして利を得る者など、どこに属しているかはおよそ見当が着いていたのだ。

焦土と化したグワーリオール砦と老人を交互に見ながら、子供は不安げに呟く。

首を傾げて、小さな声で、子供はガンジーにたずねる。

やさしく微笑みかける老人に、子供は「そうなんだ」と、うなずいた。

砦にたむろしている銃を持った男達を、子供やその家族はいつも恐がっていた。

神の教えを守る為に、何故人を傷つけるようなものを持ち出し、徒党を組まねばならないのか。子供にはわからなかった。

故に、子供は突然目の前に現れて、あっさりとそいつらをやっつけてしまった老人の事を、神様か何かだと思っていた。

だが、その神様は、自らを死んだと言う。

理由など、たとえこの子でなくとも、わかろう筈も無い。

だが。

その子供はガンジーを前に、小さな両の手のひらを合わせ、つぶらな瞳をそっと閉じ、頭を垂れた。

無邪気な、だがそれ故に何よりも尊い、死者を悼む心。

微塵も曇りの無いそれを見て、ガンジーは心打たれた。

だが、あとひと息。あと一仕事終えてからでなければ、ガンジーは眠るわけにはいかないのだ。

子供は老人の言葉をしっかりと胸に刻み、うなずいた。

そして自らの住まう村へ、小さな足で走っていった。

目的地の名を念として込めた”徳”の光が、まるで意思持つ渡り鳥のように、一致する地名の方角へと伸びる！

はて、とガンジーはわずかに首をかしげ、そして思い出す。

今こうして自分が生きて非暴力を遂行していられるのは、自分の生前の行いのキャッシュバックがあったからだという事を。

ガンジーを包む”徳”の粒子それぞれがビットとなって、恐るべき速さで暗算を行い、ガンジーの脳に直接回答を送る！

釈迦から残りポイントを聞かされ、ガンジーの中に不安が全く生まれなかったかといえば、そうではなかった。

砦ごと義勇団を一網打尽に許した非暴力砲が7,000ポイントで、ただ一回殴るモーションで徳が偶然ぶつかる非暴力突きが1,000ポイント。

このバランスの悪さは何ゆえかと、ガンジーが疑問を抱かぬ筈は無かった。

だが今はあらゆる不安や疑念よりも使命感が勝り、彼の肉体と命を衝き動かしていた。

どんなに相手が強大であろうと、非暴力砲２回分のポイントがあれば、どうこうできない事はないだろう。

目指すは英国。

潜むは魔の者。

北東の空へ伸びる光を辿り、ガンジーは大地を駆けた。

つづく！