――起きなさい。

――起きなさい、ガンジー。

ガンジー

……。

光の中とも、闇の中とも。

インダスの彼我のどちらともつかぬ空間で。

老人の身体を、やわらかな声が包み込む。

ガンジー

……私は……

ガンジー

……えっと……

ガンジー

……どちら様でしたでしょうか

――目覚めなさい、ガンジー。

ガンジー

八割ほどは覚めているのですが、ここがどこだかわかりません

ガンジー

あなた様はどちら様、でしたでしょうか

お忘れですか、わたしです

あなた方に釈迦と呼ばれ、とてもとてもリスペクトして頂いているものです

目映い後光をまといやさしく語るその姿に、老人は悟った。

ガンジー

ああ、お釈迦様……

ガンジー

後輩から拝借した車をちょいと業(カルマ)しちゃった時とかに、

ガンジー

Oh,Goddamn!
せっかくの新車がおシャカだぜ!

ガンジー

って思った事もありましたが、

ガンジー

あなたがその……お釈迦様……!

お釈迦様

お前……!

お釈迦様

今のカミングアウトひとつで色々と台無しになり兼ねないぞ……!

ガンジー

かまいませんよ……もうこの私の命は、絶たれているのですから

ガンジー

お釈迦様のお迎えだなんて、なんとも畏れ多い話じゃありませんか

ガンジー

さあ、参りましょう

1948年、インド。

パキスタンの独立に前後して巻き起こっていた宗教暴動の嵐の中、政治指導者ガンジーは凶弾に倒れた。

ガンジーの非暴力主義をムスリムに対する過剰な譲歩と見なした過激派、ヒンドゥー原理主義者による襲撃だった。

あなたを許しましょう

銃弾に命果てる間際、ガンジーは言葉無く、その心を彼に遺した。

ヒンドゥーの信徒であるガンジーが、イスラムに伝わる、己の額に手をやる仕種で。

お釈迦様

そう、あなたは死にました

お釈迦様

最期まで非暴力を貫き、数多の人を導き生きたあなたです

お釈迦様

母なるインダスの向こう岸で、ゆっくりと魂をお休めなさい

ガンジー

……なんとありがたい

ガンジー

私も少し、疲れました

ガンジー

卑小な私のこの生が……少しでも……皆の心を安らげるに……役立っていれば……

お釈迦様

と、思うじゃん?

ガンジー

えっ

釈迦の思わぬ引っくり返しに、ガンジーは閉じかけたまぶたを再び開く。

お釈迦様

あなたにはまだ、やらねばならぬ事が残っているのです

まどろみかけた意識の中で、ガンジーははてと小首を傾げる。

お釈迦様

インドとパキスタンの争いを、裏で煽動している魔の者がいるのです

お釈迦様

ヒンドゥーとイスラム、二つの教えの信徒達を争わせる事で、人の邪心を煽り立てて食らう、恐るべき者……

ガンジー

許しましょう!

お釈迦様

えっ、だ、ダメだよ許しちゃ!

唐突に話をぶち切ったガンジーの慈悲の言葉に、さしもの釈迦もうろたえる。

だが、ガンジーは至って冷静であった。

冷静に考えた上での、結論であった。

ガンジー

詳しくはわかりもしませぬが、かの仇敵はお釈迦様が魔の者と呼ばれる程の、おそらくはとてつもなく強大な存在

ガンジー

対する私は、聖人だなどと持ち上げられてはいるものの、

ガンジー

実際できる事と言えば、多少の非暴力行進(アヒンサーマーチング)と非暴力回転舞踊(アヒンサーブレイクダンス)、

ガンジー

あとは……自家製の非暴力(アヒンサー)カレーの味にはちょっと自信があるくらいでしょうか

お釈迦様

お前は罪も無い民衆にどんな非暴力(アヒンサー)を教えて来たんだよ……!

ガンジー

そんな私が、国の信徒たちをも操る強大な者に対してできる事など、ただひとつ……

ガンジー

許してやる事くらいじゃありませんか!

お釈迦様

偉そうに言ってるけど完全に逃げ口上だよねそれ!

お釈迦様

もういいからちょっとお聞き!ガンジー!

ガンジー

ひいっ!

かっと見開いた釈迦の眼光に、ガンジーはたまらず息を飲む。

お釈迦様

あなたの生前の行いは、

お釈迦様

……

お釈迦様

さっきちょっとスルーできないカミングアウトがあったけど、それはそれとして

お釈迦様

常人の生では為しえない多大なる”徳”として、あなたの魂に満ちています

ガンジー

……得?

お釈迦様

そう、”お徳ポイント”です

お釈迦様

具体的には39,880ポイント貯まっています

ガンジー

それが多いのか少ないのか、今ひとつ掴めないのですが……

お釈迦様

商店街とかで、前も見ず走ってきたクソガキの頭が、

お釈迦様

自分の股間にちょうどチャクラかましやがった時、

お釈迦様

ちょうどいい高さにあるクソガキの頭を両手で掴んで顔面に思い切り膝を入れたくなる事ってよくあるじゃないですか

お釈迦様

あれをぐっと堪えるくらいでだいたい1ポイント貯まります

ガンジー

あなた本当にお釈迦様ですか……?

お釈迦様

あなたはこの”お徳ポイント”を新たな命と力に変えて、

お釈迦様

魔の者に挑み、皆の心を守らねばなりません

不条理甚だしいと思わなくもなかったガンジーだった。

だが彼には、釈迦の言葉のすべてが嘘偽りだとは思えなかった。

無論、子供の顔面に膝を入れる喩えに軽く引いてはいたのだが、それでもこうして釈迦と対面し、再び命と使命を授かる事は、ガンジーにとってこの上ない喜びでもあったのだ。

ガンジー

そんな事が……

ガンジー

私に、できるのですか……?

ガンジー

後輩の新車をおシャカにしたこの私に……

お釈迦様

心配せずとも、ちゃんと120ポイント天引きしてあります

ガンジー

ああ、それで半端な……

お釈迦様

非暴力の教えを非力な民が貫くには、

お釈迦様

人ならざる者の絶対的な暴力から、誰かが守らねばなりません

お釈迦様

あなたにしかできないのです、ガンジー!

釈迦の説得に、ガンジーは戸惑っていた。

一度自分が命を落としたのは、この世での自分の役割を終えたからだと思っていた。

だが自分亡き後の民が今、人智を超えた危機に晒されようとしている。

それだけはいかなガンジーであっても、許せるものでは無かったのだ。

ガンジー

私は……

ガンジー

ならば私は……!

ガンジーの瞳に決意の炎が灯る。

熱く輝き始めたその火種に、釈迦の呼び声が力を与える!

お釈迦様

さあ、再び目覚めるのです

お釈迦様

真に魔を打ち破る闘士、

お釈迦様

真 破 闘 魔 と し て !

ガンジー

そうだ、この私が、

ガンジー

真 破 闘 魔 ガ ン ジ ー !

つづく!

第一話 真我(アートマン)目覚めよ

facebook twitter
pagetop