「此方が料金プランになります」
「どれどれ?」

 携帯ショップにやって来た私たち。
 お父さんと一緒に料金プランを覗き込む。
 それから機種についての説明とかを聞きながら、一番良さそうなものを二人で選んだ。
 最新機種、ではなく、そのひとつ前の世代の機種を購入。これが一番料金的にもサービス内容的にも良かった。
 色は名前と同じ菫色。
 菫色と言えば、先日、始業式の日に私の机に置かれていたアネモネもカラーリングとしては同じ紫だったな、とかどうでもいいことを思い出しつつ、帰ってすぐに家族全員の連絡先を入れる。
 里奈は入学が決まった時に購入していたらしい。なんで私は持っていなかったのと言うと、友達いないからいらないと断ったそうな。悲しいやつめ……。
 さって、チェインを入れてーっと。アカウント名とパスワードを入力して、ログインっと。
 
「お、大河からメッセージが来てる」

 アプリを開くと幼馴染の弟である大河から大量にメッセージが来ていた。
 死んだなんて嘘だよな? とか、見ているなら返事しろ、とか。貸したエロ本返せ、だとか。
 大河からエロ本借りた記憶は……あ。

「しまった」

 今週二度目のしまったが此方。とかふざけている場合じゃなく、つい俺の方のアカウントでログインしてしまい、そのまま目に入った大河からのメッセージを開いてしまった。
 慌てるも既に遅く、今まで既読がついていなかったメッセージに既読のアイコンがついてしまう。
 死人から既読来るとか何そのホラーな状況だ。だいぶ前に来たっきりだし、気付かなければいいのだけれど。
 とか思っていたら、すぐに返信、もといメッセージが。また既読をつけたらまずいので、大河とのやり取りを覗いていた画面を戻す。戻していても最新のメッセージの冒頭だけは確認できるので、そこでどんな内容なのかだけちらっと見る。
 
『兄貴? 兄貴なのか!?』

 よし、何も見なかった。その後にも文章が続いていたようだけど、また開けば既読がついてしまう。
 ここは何かのバグ、或いは誰かの不正ログインを疑ってもらうことにしよう。というより、死人からメッセージとか普通に考えたらあり得ないので、その方向で放っておいても解決しそうか。

 気を取り直して、アカウントを新設する。
 連絡先はまだ無い。伊吹さんが増える予定だ。
 父さんと母さんはスマホは持っていない。父さんがガラケーなら持っているけど、そっちにはアプリは入らない。
 
「里奈、里奈ってチェインやってる?」
「うん、やってるよー。お姉ちゃんチェイン入れたの?」
「入れた入れた。里奈、里奈とチェインで繋がりたいな……」
「言い方が闇深そうで怖いよ……」
「ごめんごめん」

 謝りながら里奈とチェインで繋がった。一生この鎖は放さないから……なーんて。

「あ、もうこんな時間」

 交換をし終えたところで、里奈がスマホの時間を確認して言った。
 私も時間を確認すれば、時刻は13時になったところだ。

「何か用事?」
「友達とラビットスターコーヒーに行こうって約束してたの!」
「ラビットスターコーヒーって、あのお洒落なコーヒー屋さん?」
「うん!」

 ラビットスターコーヒーは星の中に兎のマークが目印の最近、と言っても去年の夏頃にできたコーヒー喫茶チェーン店だ。
 丁度俺の方が死んだ頃にできた店なので、直接行ったことはない。なんだかマジカルな注文方法で高めのコーヒーを飲む印象しかないんだが。

「あそこって結構高いんじゃない?」
「えっとね。チェインの方でラビットスターコーヒーと繋がってると、たまにクーポンが貰えるの。それでこの前、無料券が届いたんだ」
「へえー! 私も繋がっておこ」
「公式サイトからリンクがあるよ!」

 中々良い情報が得られた。残念ながら私は無料クーポンを頂けなかったけれど、今度届いた時には是非利用させて貰うとしよう。

「あ、時間大丈夫?」
「いっけない! お姉ちゃん、また後でねー!」
「気を付けて行ってくるのよー」
「お父さん、お母さん、行ってきまーす!」
「あら、行ってらっしゃい」
「里奈、車に気を付けて行ってくるんだぞ」

 皆で里奈を見送る。
 父さんはリビングで競馬を観戦していた。母さんはチクチクと何かを縫っている。ぬいぐるみ、のように見えるけど形が歪だ……どこぞの財団に収監されていそうな人形を生み出していた。
 
 さて私は何するか。暇だ。遊びに行く友達も、今のところいないし……。

「そうだ、お母さん。何か買う物とかない? 暇だから買い物行ってくるよ」
「あら本当? ならちょっと待ってね。今メモしちゃうから」
「はーい」

 母さんが冷蔵庫の中を確認し、足りなそうなものをメモに書いていく。
 
「それじゃあこれ、お願いできる?」
「うん。行ってきまーす」

 卵と、牛乳と、あとタバスコか。タバスコ? 調味料コーナーか。あとはお弁当の具材だな。
 そこまで大したものはないけど、暇つぶしには丁度良さそうだ。
 近場のスーパーに行こうとして、また癖で通いなれた方の店まで歩いてきてしまった。
 距離にして五百メートル程度だが、こっちのスーパーの袋を見せたら「あら、そっちのお店に行ってきたの?」とか言われそう。こっちの店のが高かったらどうしよう……そうだ、こんな時の為のスマホだ。
 店のサイトに行って、広告を開いて……お、こっちの店の方が卵が安いぞ。こっちに来て正解だったな! 文明の利器よありがとう。
 
 スーパーに到着し、レジの所が何やら騒がしいのが目に入った。
 見れば福引をやっているらしく、ガラガラを皆して回している。
 条件が何か確認すると、レシート二千円分お買い上げごとに一回、福引が引けるそうだ。
 今日は二千円も買わないから、私は引けないな。
 
 ててーてててて、ててーててててという独特のBGMをバックに買い物かごに目当ての代物を入れていく。
 あとは卵のパックを入れて……と、卵コーナーで手を伸ばしたところ、隣から伸びてきた別の手と重なった。
 思わず隣を見てしまう。どうやらお隣さんも手が重なったのに驚いたようで、互いに顔を凝視してしまった。

「ごめんなさい」
「いえいえこちらこそ」

 互いにペコペコ頭を下げ合う。
 相手は同じくらいの年の女の子だった。あれ? この人どこかで見覚えが……思い出した。

「確か生徒会の」
「あら。同じ高校の方でしたかー」

 始業式の時に生徒会長の後ろに並んでいた中で彼女を姿を見ている。まるでどこぞの令嬢のようにべらぼうに美人な人だ。
 こんな美人と手を触れあったと思うだけで、顔が赤面しそうだ。落ち着け落ち着け。

「あら? お顔が赤いようですが」
「い、いえいえ! お気になさらず!」
「そうですか?」
「いやあ、さっきは本当にすみません。卵取ろうとしたのですが気付かなくって」
「私の方こそ。そういえば、同じ学校なのですし、お名前を伺っても? 私は|松園《まつぞの》|聖《ひじり》です」
「私は藤堂菫です。松園さんですね。覚えまし……た」

 松園ォっ!? 見た目も伊吹さんが言っていたようにお嬢様っぽいし、間違いない。菫が敵視していた人物の一人だ。 
 まさかこんなところで出会うことになるとは。不意を打たれた。

「藤堂さんですね。同じ二学年でしょうか?」
「っはい! そうですそうです! 二年生です」
「まあ、廊下で会うこともあるかもしれませんね」
「そうですね。はい!」

 私の名前を聞いても何の素振りも見せないし、松園と私に何の因縁があるのかこれまた分からない。
 互いに買うはずだった卵を買い物かごに入れる。
 松園はカートを押していた。気になって中を覗き込むと野菜やら納豆やらお肉やらと、何とも主婦めいた内容の中身になっていた。
 私も母さんのお使いだから人のことは言えないが、女子高生がスーパーって言うのもイメージに中々合わない。
 女子高生イコールコンビニ的なイメージが強くてだな。楓とか良くスーパーでお菓子買ってたし、あくまで個人的イメージの話になるのだけど。

「それではこれで」

 私は買う物買ったし、会計をしようとレジに向かう。松園も同じく買い物を終えたところだったらしく、後ろからくっついてきた。
 見ればレジは結構並んでいる。セルフレジの方が空いていたので、そちらに向かい会計を済ませることに。
 松園も同じく空いている此方に来たようだ。精算を終えたものをレジ袋に入れている。
 私はそのまま買い物かごを戻したが、松園は結構ものがあるのでカートに買ったものを乗せ運んでいた。
 ガラガラを回している音がするけど、勿論二千円も買っていないのでこのレシートはゴミになるだろう。

「あら、もう少しでしたのに」

 という一言を聞かなければ。

「松園さん、何がもう少しだったの?」

 関わるつもりが無かったのに、気になって聞いてしまった。
 松園は清算後のレシートを見せてくる。どうやらもう少しで二千円に届いたらしい。

「何か買い足してきましょうかね」
「ならこれ使う? 二千円分のレシートが条件なだけだから、問題ないはずだし」
「まあ!」

 松園は目をキラキラとさせながら私のレシートを見ている。
 え、そんなに福引きが引きたかったの? お嬢様はこういった娯楽に興味津々ですか? ……お嬢様なのにスーパーで買い物なんだなと今更思った。容姿はお嬢様だけど、実は普通の生活してるんじゃないだろうか。
 
「本当によろしいのでしょうか?」
「うん、いいよ」

 どうせ捨てるつもりだったし、此方に損はない。
 
「良いの当たると良いね」
「二等のなすひかり十キロが狙い所ですね……」
「さいですか」

 庶民染みている……。

「藤堂さん。私、やりますね」
「行ってらっしゃい」

 松園が福引きをやっている所へ向かう。意気込みが凄かった。
 狙っている二等のお米とか持ち帰るのがすごい大変そう。車で来てるのかな?
 他に何があるのか見ると、一等が西部アメリカン村というテーマパークのペアチケット、三等は商品券二千円分だった。
 スーパーの福引きだし、出るのはこんなものか。
 
「お米お米……」

 念を送っていらっしゃる。

「いざっ!」

 ガラガラと回転音が聞こえてくる。
 あれってガラガラ意外に何か名前あったっけ。ガラポン……なんたら式回転抽選器って名前もあった気がする。
 とか考えていると、ベルの音色が響いてきた。

「おめでとうございます!」

 お、これは何か良いのが当たったな? まさか本当にお米当てたんじゃ。

「一等の西部アメリカン村ペアチケットです。どうぞ!」
「まあ! ありがとうございます」

 松園がペアチケットを手に此方に寄ってきた。それから困った顔をした。

「当たったのは良いのですが、行く機会が無いと言いますか……」
「因みにいつまで?」
「今年いっぱいは使えるようです」

 西部アメリカン村は西武劇場のような世界観が売りの日光方面にあるテーマパークだ。
 私は行ったことが無いけど、映画の撮影でも使われることがあるとか。
 この手の一等は良くある。海外旅行のチケットとか、正直当たっても行く予定が無いと困るタイプのものだ。
 私も昔、つまりは俺だった頃にグリムランドという千葉にあるテーマパークのペアチケットを当てたことがある。行く予定が無いので幼なじみの大河にあげたら彼女と行って来たとお土産に何故かでっかいくまのぬいぐるみを貰った。
 あのくま楓にあげたけど、今もあるんだろうか。
 
「行く予定とかはあるの?」
「いえ、全く。どうしましょう。藤堂さんいります?」
「私も行く予定はないからいらないかな……」
「そうですか。折角当たったのですし、いつか使うかもしれませんから、それまで取っておきましょうか」
「そ、そうだね」

 いつか使うかもで残しておくと大抵使わず期限が切れる気もする。
 松園がそれでいいなら、私はそれでいいかなって。

「それにしても随分買ったね。車で来ているの?」

 松園は黒い高級車に乗っているイメージがある。けど買った物が物だし……お父さんか誰かが駐車場で買い物終わるの待っている、とかかな?

「いえ、徒歩です」
「徒歩。自転車でもなくて」
「はい」
「それ、持ち帰れる?」
「頑張ります」

 女子高生が徒歩で持つには荷物が多い気がする。
 特に二リットルの牛乳とか。一本ならまだしも三本入ってるぞ。重いって。

「手伝おうか? 私、そんなに物ないし」
「まあ。でもすぐ近くですので」
「そう?」
「はい」

 そう言って松園は出口にカートを戻し、重そうに荷物を持った。
 大体あの牛乳が悪いと思う。三本で六リットル。絶対重い。ここにお米とか当たったら当たったでどうやって持ち帰る気だったのか。
 流石に見ていられない。

「やっぱり手伝うよ」
「……ありがとうございます」

 適当に荷物を分けて貰いそれを持つ。
 流石に牛乳三本をもって貰うのは悪いと思ったのか、軽い方を渡してきた。それでもそこそこの重さがある。

「いつもこんなに買うの?」
「今日は偶々、牛乳が切れていたので」
「それで三本も?」
「安かったので、つい」

 分かるけど。安いとちょっと多めに買っておこうかなーってなる気持ちは分かるけど。買ってから後悔するやつだそれ……経験あるから分かるよ、うん。
 スーパーを出て三分ほど。おんぼろ、と言うほどではないが、かなり古めかしいアパートの前についた。
 まさかここに住んでいるのだろうか。

「態々家まで運んで頂きありがとうございます」
「えっと、ここに住んでいるの?」
「はい。二階の方をお借りしています」
「そうなんだ……」

 思っていたイメージと違う。
 というかすっかり忘れていたけど、菫って松園憎んでいたんだよね。この人のどこを……容姿か。美人だしな。金持ちお嬢様憎いとかそんなんか? これ、もしかすると二木への恨み辛みも一方的なやつなのでは……花瓶置かれたけどさ。松園とは因縁も何も絶対ねえわ。
 二木の方には今度声をかけて反応を見るか?

「ここまでありがとうございます。本当に、レシートの件と良い。藤堂さんって優しい方なんですね」
「いえいえ全然」
「そんなご謙遜なさらず」
「いえいえ」

 菫の本性って、多分どうしようもないクズですし……人様の体を借りて言いたい放題な私も性格悪い自覚はあった。
 松園が自宅のインターホンを鳴らすと、中からぱたぱたーと走ってくる音がした。大人のものではないから、子供だろうか。

「ひじねえお帰りー! お、ひじねえが友達連れてる!?」
「ただいま、光ちゃん。此方藤堂菫さん。ここまで荷物持ってくるのを手伝ってくれたの」
「ほんとか! すみねえ、ひじねえが世話になったな!」

 出てきたのは小さな女の子だ。小学校低学年くらいだろうか? とても元気が良い。

「どういたしまして。松園さんの妹さんかな?」
「初めましてだ! 光って言うんだ。よろしく!」
「おうよ! よろしく!」

 おっと。思わず釣られて素の男の部分で返事をしてしまった。
 俺を捨てて菫として生きていく、と決めたのは良いのだが、ふとした瞬間に素が出てしまうな。こういう口調の女もいるとはいえ、菫はそういうキャラではない。精進しなければ……。
 
「折角ですしお茶でも如何でしょう?」
「いえいえお構いなく。というか私もお母さんにお使い頼まれている身なのでここで帰らせて頂きますね」
「あら残念……それとありがとうございます。また学校で」
「はい。また学校で」
「すみねえもう帰るのか!」
「ごめんねー光ちゃん。それじゃあ松園さん、また今度」

 また学校で、とか言っちゃったし、これは学校で会った時他人の振りも出来ないな。
 別に悪い人ではないのだし私としては問題ないと言えばないか。
 松園と関わらないようにしようと思っていたのも、菫と何等かの因縁があると踏んでいたからだし、少なくとも松園本人が知るような因縁が無さそうと分かった今では彼女と友達になりたいとさえ思える。

「すみねえ今度は遊びに来ると良いぞ! あと光も松園だから、ひじねえのことはひじきって呼ぶと良いんだぞ!」
「分かった。今度からそう……ひじき」

 ひじきって。|聖《ひじり》と確かに似てるけど!
 会うたびに「ひじきちゃん」って呼んでるのを想像したら虐めてるみたいだった。
 光ちゃんも流石に冗談で言ったのだと思う。

「そうですね。藤堂さんとは良いお友達になれそうな気がします。藤堂さんさえよろしければ、私も菫さん、と呼んでもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。その、私は何て呼べば。ひじき?」
「ひじきはその……菫さんが呼びたいのでしたら……」
「いえ、流石に」
「でしたらひじり、もしくはせいってお呼びください。ひじりだと呼びにくいってことで、親からは同じ聖でせいって呼ばれてますし……」
「それじゃあ|聖《せい》ちゃんって呼ぶね」
「はい。よろしくお願いします」

 松園改め|聖《せい》ちゃんのご両親、何で聖って書いてひじりって読みにしたんだろうか。特別な読み方で格好良くしたけど、実際呼んでみたら呼びにくかったから、とか?
 何はともあれ聖ちゃんの方とは和解できた。そもそも相手方は見ず知らずの相手だったのだから和解も何もないとは思うけど、これで残る懸念は二木だけとなった。
 二木とは確実に因縁があるようなので、此方の和解をどう進めるかが、今後の課題となる。

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