この屋敷の年末年始は毎年慌ただしい。


大晦日から元日にかけてスケジュールがぎっしり詰まっている。



年末大掃除は白石が清掃業者を引き連れて、屋敷中を徹底除菌する。



白石が一年の中で一番生き生きとしている日。



微笑ましく見ていると、必ず私がとばっちりを受ける。



「お嬢。

 部屋から出て行ってください」



「え?

 私の部屋は除菌しなくて
 いいですよ」



「いえ。

 この部屋は菌の温床ですから」



「あ。

 白石、それは捨てないで。

 あッ!

 そのテストは

 出し忘れていただけですから!

 隠していたわけではありませんから!

 業者ッ!

 白石を押さえている間に

 捨ててください!

 社外秘ですから

 シュレッダーで粉砕してください!

 黒川の所にだけは

 持って行かないでぇぇぇー!」



「お嬢。

 邪魔ですから

 数時間ほど大人しく

 黒川君に怒られていてください」



白石の手によって見つけられた大量の答案と共に、業者に引きずられ、黒川の元へ送り込まれる。

 

その後の事は、お察しの通り。



ふー。

朝から酷い目にあった。





昼は

黒川と桃の買い出しに付いていく。


黒川に見つからないよう、こっそり買い物かごにお菓子を入れる。


くー。

この瞬間が、たまりませんなー。



「桃ッ!

 このお菓子、

 期間限定が出ていますよ!

 今日の夜、一緒に食べましょう」



「お嬢……。

 毎年『期間限定は不味い』

 って、言ってるじゃん。

 いつもの味にしておけば?」



「期間限定のお菓子は

『普通の味の方が美味しいよねー』

 って言いながら食べるのが

 醍醐味なのですよ」



「ふーん……」





屋敷に戻ると、

庭で赤井と青田が餅をついていた。



「フフ。

 赤井も青田も精が出ますなー」



「お嬢。

 良いところに来たね。

 餅をつくのを手伝って」



「え。面倒だから嫌だ」



「お嬢は餅が要らないんだね」



「手伝わせてください」



寒い……。


わざわざ餅などつかなくても、

店で買えば良いのに……。



「ズェリャー! うぉりゃー!」



「……お嬢。

 もっと

 お嬢様らしい掛け声はないの?」



「うるせー、青田!

 そもそもお嬢様は

 餅などつかないんだよッ!

 ドリャァー!」



ふー。疲れた。


普段の私なら、疲れて眠ってしまうところだけど、大晦日はここからが本番。


寝たら駄目だ。



この屋敷は洋館なので、ほとんど洋風に造られているけれど、一部屋だけ畳敷きの大広間がある。


その部屋に大晦日と正月の間だけコタツとテレビが置かれ、皆でゴロゴロダラダラできる。



私はひとっ風呂浴びたあと、黒川の目を盗んで買い物かごに入れた大量のお菓子を持って、畳の間の襖を開けた。



わーい。一番乗りー!


お。

テレビのサイズが去年よりグレードアップしている!



早速、

一番テレビが見やすい場所を陣取り、コタツにもぐり込んで、お菓子の袋を片っ端から開けていった。



うー。

幸せですなー。

日本に生まれて良かったー!



リモコンを手に取り、チャンネルを変えながら煎餅を頬張る。



この時間帯、面白い番組が無いな。


いつもは夕食が終わると、自分の部屋に戻って、各々自分の時間を過ごすけれど、大晦日と正月の間だけは、この部屋で皆一緒に過ごす。



私はその賑やかな時間が大好きだ。



皆、遅いな……。



つまらないテレビ番組をリモコンで何度も変えていくうち、睡魔が襲ってきた。



寝たら駄目だ……。


ずっと楽しみにしていた時間を

睡眠で潰すわけには……。


寝たらもったいない……。

グゥー。



私はコタツの魔力によって、夢の中に誘われてしまった。



「ハッ!

 うっかり寝てしまった」



目覚めると、私は布団の中にいた。



慌てて起き上がり、辺りを見回すと、私は畳敷きの大広間の隅にポツンと敷かれた布団に寝かされていたようだ。



皆は既にコタツで宴会を始めていた。



「ちょっと待ったー!

 何故、起こして

 くれなかったのですかーッ!」



「起きて早々、うるせーな」



「黒川ッ!

 そこ、私の特等席ですよ?

 退いてください」



「ハハハ。

 お嬢がごね始めた。

 座る場所など

 早い者勝ちに決まっているだろう」



「早い者勝ちって……。

 私、そこで寝ていましたよね?」



「仕方がねーな。

 空けてやるからここに座れ」



黒川が少し寄って、コタツのスペースを空けた。



「違ーう!

 黒川の隣に座りたいんじゃなくて、

 黒川が座っている場所に

 座りたいんだー」



「分かった分かった。

 早く座って寿司でも食えよ」



黒川が恐ろしいほど優しい笑顔を向ける。



酔っている……。


黒川、
かなりお酒で酔っぱらっている。



渋々私は黒川の隣に座り、寿司を頂くことにした。



「ああッ……。

 私の好きなエビが無い!

 誰ですかッ?

 エビを食べたのはッ!」



青田と赤井が

そっと手を挙げた。


くそう……。



「イクライクラ……

 って、イクラも無いッ!

 辛うじてイカの上に

 一粒だけ乗っているけれどッ!

 誰ですかッ?」



青田と白石が手を挙げた。


青田、許すまじ。



私は怒りを抑えながら、イクラが一粒乗ったイカを口にした。



「もうッ!

 乾燥して米がカピカピに

 なっているじゃないですか!

 何故ラップをかけておいて

 くれなかったのですか?

 本当に

 許すまじ許すまじ

 許すまじ許すまじ!」



「黙って食えよ」



「だって……。

 お寿司を食べるのを

 楽しみにしていたのですよ?

 あッ!

 桃、そのお菓子。

 一緒に食べようね

 って、約束していたのに。

 空っぽじゃないですか……」



「あ、ごめん。

 袋が開いていたから

 食べても良いのかと思って。

 でも食べたのは

 ボクじゃないよ?

 白石君だよ?」



「お嬢が選んだお菓子、

 全部、不味かったですよ」



白石がコタツの上に顎を乗せ、テレビを見ながら返事をする。



「……だからね、

 その不味いお菓子をね、

 敢えて皆で

 不味い不味いと言いながら

 食べるのが

 楽しみの一つであって……。

 ……ううっ」



「泣かなくてもいいだろう。

 ほら、手を出せ」



黒川が

少し呆れた顔をしながら

私に何かを渡そうとするので、

私は涙を堪えながら手を出した。



手のひらに柿の種、四粒……。



これは何かの暗号?

カキヨン?


いや待て。

四粒と言うことは、四文字……。



L……、O……、V……、E……、


ラブ?



柿の種で愛の告白?



黒川、満面の笑み。



「あ、あの……、黒川。

 この柿の種に

 何か隠されたメッセージが

 あるのでしょうか?」



「メッセージ?

 あるわけないだろう。

 …………。

 あー。これ、ワサビ風味だな。

 お前、食べる前から

 味の違いが分かるとは流石だな」



ですよねー。



「それ食って、機嫌を直せ」



「こ……、こんな

 柿の種四粒ごときで

 私の傷ついたハートは

 癒されませんからッ!

 おかわりッ!」



「ハハハ!」



黒川が笑いながら

柿の種のお徳用パックを

袋ごと渡してきた。



少し私の相手が

面倒臭くなったんだね……。



私は諦めて、

皆が残したカピカピの寿司を

大人しく食べた。



「フッ……。

 お嬢、

 もうじき年越し蕎麦の時間だ。

 お前にはカマボコを

 一枚多く入れてやろう。特別な」



「やったー!」



カマボコ一枚で

傷ついた心が

あっさりと癒えてしまう女……。



来年こそ、

もっといい女になってやると


心の中で決意する私であった。

閑話(お嬢と五人の執事)お正月編1

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