私がお寿司を食べ終える頃には、

皆ダラダラし始めていた。



黒川、白石、青田の大人組は

酒のせいで

ぐったりしているし、


赤井と桃も

疲れて眠たそうにしている。



その点、

しっかりと仮眠を取った私は

ここからが本番だ。



「今年の歌合戦は

 どちらが勝つと思いますか?」



「白」



黒川が間髪を入れずに答えた。



「黒川。

 かなり適当に答えましたね?

 私など過去五年間のデータを

 集約した結果、

 白と予想しました」



「結局お前も白か。

 ……何だ? そのノート。

 見せてみろ」



お。黒川。

私の『歌合戦戦略ノート』に

興味を持ちましたね。


仕方がないなー。

丁重に扱ってくれたまえ。



戦略ノートを手渡すと、

黒川はノートをパラパラとめくった。



「お前……。

 この情熱を

 もっと有意義な事に

 使えなかったのか……」



「へへッ」



「いや。

 何一つ褒めていないからな。

 さて、そろそろ

 年越し蕎麦の準備をするか」



黒川が

私の戦略ノートを

寿司桶の上に置いて立ち上がった。



ぎゃー。

五年間の集大成を

乱暴に扱わないでー!



白石がコタツの上を

片付け始めたので、

私も手伝い、コタツの上が

すっかり綺麗になった頃、

黒川がファンシーな模様の箱を

持ってきた。



「黒川、何ですか? それは」



「今年の始めに書いた、

 皆の決意表明だ」



「ぬ!」



いつの頃からか

この屋敷で始まった、


今年一年の決意表明を

したためる

『書き初め大会』。



一年で達成できなかった者には

恐ろしい罰が待っている。


私、今年は何て書いたっけ……。



「目標を達成出来なかった者を

 発表する。

 お嬢。以上!」



「ちょっ……、

 ちょっと待ってください。

 私の目標って何ですか?」



「テストで百点を取る」



「え?

 で……、でも、

 一度だけ百点を取りましたよね?

 黒川の部屋の額縁に、

 あの時の答案を飾っていますよね?

 あの日、

 皆でお赤飯を食べましたよね?」



「今日の大掃除に

 白石君が発見した

 大量の答案用紙で相殺された」



くそう。白石。



「そもそも私は

 決意などしていませんから。

 黒川が

 二人羽織りで勝手に

 私の手を動かしていましたから。

 あの時の私は、

 何の意思も持たない

 悲しいマリオネットでした」



黒川は私の話など聞きもせず、

ラジカセの準備を始めた。



「さあ。

 お嬢は正座をして

 除夜の鐘を聞きながら

 煩悩を振り払ってもらおう」



「待てー!

 皆の……、

 皆の決意表明は何だったんだー!

 黒川、その箱を寄越せー!」



私は黒川に

体当たりをして箱を奪った。



「黒川ァァァー!

 『栄養バランス』って何だー!

 お母さんかー!


 白石ィィィー!

 『驚きの白さ』って何だー!

 洗剤頼みではないかー!


 青田ァァァー!

 『美味しい野菜』って何だー!

 確かに美味しいけれどッ!


 赤井ィィィー!

 『身長が伸びますように』

 って。

 決意じゃなくて願い事だろう!


 桃ぉぉぉー!

 『今年もモテますように』

 って。

 誰にモテたいんだー!

 男かー! 女かァァァー!」



私は皆の書き初めを

一枚一枚破って放り投げた。



半紙が雪のように

ゆっくりと舞い落ちる。




…………美しい。





「またお嬢が暴れだした。

 押さえろ」



雪のように散らばる半紙の中で、


皆が私を押さえつけ、

縄でぐるぐる巻きにしてゆく。



私は、あっという間に

ミノムシのような姿になった。



「お嬢。

 正座をして大人しく

 除夜の鐘を聞いていろ。

 聞き終えて煩悩を消し去り、

 清い心になった時に食べる

 年越し蕎麦は、格別に旨いはずだ」



「除夜の鐘を聞き終えた頃には

 年が明けていますよね?

 年越し蕎麦って、

 年内に食べなければ

 縁起が悪いんでしょう?

 ……ううっ」



「安心しろ。

 これは録音した除夜の鐘だから、

 年内に終わる」



皆が黒川特製の

年越し蕎麦を食べている間、


私は大広間の隅で

ミノムシのような格好で正座させられ、

ラジカセに録音された

除夜の鐘の音を聞いた。



今、ミノムシの格好をして

除夜の鐘を聞いているお嬢様は、


世界中を探しても、

恐らく私しかいないだろう。



「年越し蕎麦の

 良い匂いが漂ってきますね。

 ……ううっ」



「お嬢、

 食欲も煩悩の一つですよ。

 ちゃんと消し去ってください」



「うるさい、白石。

 録音した除夜の鐘なんだから、

 別に今聞かなくても良いでしょう?

 明日、寝ながら聞きますから、

 早く年越し蕎麦を

 食べさせてください」



皆は既に

年越し蕎麦を食べて終えて、

まったりとテレビを見ている。



『ゴーン……』



今で五十回目。

あと約半分。



またもや睡魔が

私に襲いかかってきた。



寝たら駄目だ……。


寝たら更に罰が増えてしまう。


寝たら………、

駄目……、

ぐぅー…………。





はッ! しまった!



うっかり寝てしまった。



録音された除夜の鐘も、

すっかり終わっている。



あ……。

皆もコタツで眠っている。



「黒川ー、黒川様ー。

 全ての煩悩を打ち払いました。

 だから年越し蕎麦を

 作ってください。

 ……と、いうか、

 誰かこのミノムシ状態から

 開放してください」



黒川は完全に熟睡している。



「あー、お嬢。

 ごめんごめん。

 よく頑張ったね」


目覚めた青田が、

ぐるぐる巻きの縄を解いてくれた。



「黒川ー。

 早くしないと

 年が明けてしまいますよー。

 起きてくださーい。

 カマボコ1枚増量の約束は

 どうなったのですかー?」



「うーん……」



黒川の肩を揺すると、

黒川がセクシーボイスで

寝返りをうった。



無駄なセクシーボイスが

腹立たしい!



「くっそー! 許さん!

 皆の顔に

 油性ペンで

 書き初めしてやる!」



「お嬢、止めてあげて。

 皆、疲れているんだよ。

 特に黒川君は、

 おせちも全て

 自分で作っていたからね」



「でも、でもっ!

 年越し蕎麦を

 楽しみにしていたのですよ?

 私だけ食べられないって……。

 イジメだと思いませんか?」



「お嬢の分は

 代わりに僕がつくるからさ。

 一緒にキッチンへ行こう。

 ね?」



私は青田に連れられて、

キッチンへ向かった。

閑話(お嬢と五人の執事)お正月編2

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