翌朝、

部屋で学校へ行く支度をしていると、

扉の向こうから白石の声がした。



「お嬢。

 赤井君も桃も俺の車に乗って

 待っていますから、

 早く来てください」



「白石。

 私は黒川の車で

 送ってもらうので、

 先に行っていいですよ」



「いえ。

 昨日、黒川君と話し合って、

 お嬢は俺の車で

 登校することになりましたので」



白石、

黒川と何を話したのだろう……。



あれから二人の顔を

まともに見ていない。



「……分かりました」



私が部屋の扉を開くと、

白石はサッと目を逸らし、

黙ってスタスタと歩いた。



「……白石」



「…………」



「白石が私の事を

 どう思っているのかは、

 よく分かりました。

 でも、

 急に冷たい態度を取られるのは

 辛いです。

 だから、今まで通りに

 接してもらえませんか?

 …………いや待て。

 今まで通りって……。

 今まで白石は私に冷たかった。

 ……と、言うことは、

 今でも十分、今まで通りか……。

 寧ろ、

 白石が優しくなった方が

 何か企んでいそうで怖い。

 白石は、ありのままでいいんだ。

 これぞ、白石クオリティー」



「お嬢」



「はい?」



「心の中の声がダダ漏れですよ」



「はッ!」



「フッ……」



白石は小さく笑った後、

私と目を合わせた。



「お嬢。

 昨日は少し言い過ぎました。

 昨日、俺が言ったことは

 忘れてください」



「う……、うん」



白石……。


人の記憶は

簡単には消去出来ないんだよ?





 
私はいつもどおり

土足禁止の白石の車に

ヨダレ対策用の洗面器を抱えて

乗り込んだ。



「あ、赤井。

 昨日はありがとう。

 そして、ごめんなさい」



「別にいいよ。

 気にするなって」



「うー。

 赤井、イイ奴!

 赤井には、

 きっとモテ期が来るから。

 十年後ぐらいに必ず来るから」



「は?

 何を言っているんだ? お嬢」



校内の職員用の駐車場に

車が止まると、

私は洗面器で顔を隠し、

ヒラリと車から飛び降りた。



「赤井、桃、白石先生。

 それでは、ごきげんよう」



洗面器を被ったまま走り去る。



「さち子?

 洗面器を被っているのは、

 さち子でしょう?」



靴箱に到着すると

背後から声がした。



ぬ。この声は……。



「エビちゃん!」



「さち子、

 風邪をひいていたのね。

 心配したよ?」



「わー。

 心配してくれてありがとう!

 今はこの通りに元気ですから

 安心してください!」



「うん。

 ところで

 何で洗面器を持っているの?」



「え?

 ああ……。

 これは、体育祭のダンスに

 ドジョウすくいを

 取り入れてみてはどうか、

 先生に提案しようと

 思いまして……」



「えー?

 嫌だよ。却下却下。

 そんなの私が阻止するからね。

 そう言えば、体育祭の出場競技。

 さち子がいない時に

 決めちゃったから、

 大変な事になっているよ?」



「何ですとー?」



急いで

エビちゃんと教室へ向かうと、

教室の後ろに出場選手の名前が

貼り出されていた。



「え……。何これ?

 ほとんどの競技に

 私の名前が入っている

 みたいだけど……」


「白石先生がね、

 なかなか決まらない競技は

 休んでいる奴の名前でも

 書いておけって。

 さすがにさち子ばかりじゃ

 可哀想だから

 皆で悩んでいたら、

 最終的に白石先生が

 全ての競技に

 さち子の名前を書きこんじゃって」



白石め。

教師失格だよ!


これは今日の報告会で

とっちめてやらねば!





帰りは

青田の車に乗って、二人で帰る。


赤井と桃は部活があるので、

白石と一緒に帰ってくる。



「青田、聞いてください。

 白石がね、

 私が学校を休んでいる間に

 体育祭の競技全てに

 私の名前を

 書き込んでいたのですよ?

 酷いと思いませんか?」



「アハハ!」



「えー?
 
 全く笑えませんよ?

 こっちは大変なのですから。

 あ。黒川も笑うかな……?

 折角、

 黒川に注意してもらおうと

 思っていたのに」


「いや。

 お嬢が学校での出来事を

 話してくれるのが

 久しぶりだったから嬉しくて。

 お嬢も大変だね」



「あ…………」



言われてみれば、


小さい頃は

楽しかった事も悲しかった事も、

全て青田に報告していたな……。



いつから青田に

報告しなくなってしまったのだろう。



「青田。

 私が青田に

 秘密にしていることがあったら

 悲しい?」



「いや。

 隠し事が一つもない人間なんて

 いないから。

 もしいたとしても、

 それはつまらない人間だよ」 



「ふーん……。

 じゃあ、

 青田も私に

 秘密にしていることがあるの?」



「もちろん」



「青田の秘密……。気になる」



「フフ。勝手に想像しておいて」



「ふんどし……。

 青田だけに

 青いふんどしをしめているとか……」



「勝手に想像しないで」



「フフッ」



結局、

青田がどんな秘密を

隠しているのか聞けないまま、

車は屋敷に到着した。

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