あの日から半世紀以上が経った。
部屋の窓の外じゃ子供たちが元気いっぱいに、あの日の私らと変わらない表情で遊びまわっていた。
「いま令和、ええと西暦2000何年だっけ、」
「ばあちゃん、令和はとっくの昔におわってる!」
会いに来てくれた子供たちも変わらず私たちに元気をくれる。
あまりに昔起こった出来事に心を向けすぎていたせいか。今の元号を忘れてしまうなんて。
今でも、当時のことは私自身が一番よく記憶している。みんな若かった。いろんな人と出会った・・・・。だけれど、みんなまるで夢のように私たちの目の前を走り去っていってしまったの。
彼のベッドの横にはいつも、生前彼が手放さず持っていた歴戦の神器が置かれている。
彼の寝室の花瓶の水を変える。十年前なんかは神器の力の影響でかなり体力的にも健康的だったんだけど最近体調が優れないからかこうやって私が見舞いに来ているの。
「先生、彼の容態は大丈夫ですか?」
「本当に驚いてますよ。脈拍も安定してる。一週間前まではあんなに悪かったのに、なんでこんなに変わってるんだ・・・・?!」
担当の医療スタッフ、看護師らが目を丸くしながら私に小難しい医学用語をかみ砕き優しく解説してくれた。
「リョウ、聞こえる?私がわかる?」
「・・・・(ハ・・・・ナ・・)」
私をよんでくれているのだろう。相変わらずの口元。変わらずの笑顔でニヤリと彼は私を歓迎してくれてるようだった。
「ねえ、こっちは台風の被害はなんともない。みんな相変わらずだよ。」
「(微笑む彼の顔)・・・・。」
「そういえば、て・・・・」
「寝ちゃったか。」
あれから60年の月日が過ぎ、世界は変わった。だが、変わってしまった世界の光景のなかで、私とリョウだけは違和感を感じ続けていた。
リョウの寝顔を横目に、私は過去の記憶を思い返していた。組織クロウとの埼玉鴻巣市での戦闘後、時空の裂け目から私とリョウはそれぞれ別の地に脱し再会したのは1ヶ月くらい後になってからであった。本当に奇跡としか言い表せないくらいのタイミングでまた出会えたことに本当に私はそれから10年くらいはその体験の話を知り合いに耳にタコができるほどしてしまったものだ。
讃岐の邪神アクルとの決闘。リョウは己の命を引き換えにするつもりで私たちに最後の力を貸してくれた。
すべての怪神は倒された。すべての決着はついた、はずだったのだ。
そのはずなのに。
なにかが違う。それまでの日常とは。
戦いの日々のあとに勾玉、サクヤイザーは実家神社に無事奉納されついに私の代で現時点のサクヤとしての使命の悲願を果たすことができた。
だが、全くマガツカミが存在しなくなったはずの美しい「青い空白い雲」は「どんよりと暗い」。
どう言えばいいんだろう。とっても綺麗なはずなのに。私が歳をとり感動する機会が減ってしまったから?そんなはずはない。今でも私の目の前の人たちは明るく輝いてみえるのだから。
ならば、どうして?美しいはずの世界に感じる既視感。何者かが(まだいる)と拭い去れない不気味にすら思える違和感。
それだけじゃないの。
私の中にあった思い出。リョウの記憶の中に確かに存在していた「彼」の姿がそっくり抜け落ちてしまっているのだ。
それだけが唯一気にかかる。
私の夢、幻の中に現れた彼の記憶。ビジョン。
私たちは、かつていっしょにそこにいた。
それなのに、何処へいってしまったんだろう。
「日下部さん!水騎さんの様子が?!」
看護師が私を呼びに血相変えて走ってきた。
「香さんどうしたの?」
「実は・・・・!2週間ぶりに」
「彼が喋ったの?」
「リョウ!」
私がチューブに繋がれた痩せたリョウのいる寝室に駆けつけた時、その頬には一筋の涙が溢れていた。
「ハナ・・・・。」
涙に濡れた頬を私はそっと手で包んだ。
私は驚いた。
私の手を強く、彼は握り返したのだ。
力がなかったはずのその手で。
「・・・・来てくれたよォ、相棒が。」
「・・・・リョウ、相棒・・・・!、まさか!」
わたしは全力でとり止めない感情を整理できずに走った。まだいるはず!そこに・・!
その後ろ姿を追いかけ、記憶の階段を裸足で蹴り散らして意識の深層へ下って。
施設の外はもう雪だった。
しんしんと降り積もる白い景色のなか、桜の木の前に私たちが探し歩いた彼はいた。
「お兄ちゃん・・・・!」
ウエーブがかかった髪に
景色に埋もれるような白い服。
なにも変わらないテルヒコ兄ちゃんの当時の姿。残酷なまでに止まっていた刻(とき)ー。
彼は目を潤ませながらシワだらけになった私の目を真っ直ぐ見つめ、何かを言い残したかのように頷き、消えてしまった。
子供だったころの私は、大人になっていた。
だけど、だからわかったのよ。
「いまでも戦っているのね・・・」
私は立ち上がることができなくなっていた。
「・・・・リョウ!」
リョウが自分の意思で立ち上がり、私の側に来ていたのだ。
シュウウ・・・・。
静かに煙を立て、リョウの神器は砂となり、光の粒になって消えた。リョウは本当に眠った。私は彼を抱きかかえ消えていった光に私たちの想いを乗せた。
「ありがとう、リューグレイザー。これまでリョウを守ってくれたんだね・・・。」
いまでもきっとどこかで戦っている。
お兄ちゃん(日神オージ)は。
彼はその魂を載せてー!