時はさらに古の頃にさかのぼる。

平安時代末期。

奈良県高市郡は明日香村に今でも存在するのちのクロウ大和本部。

かつての日本の中枢でありクロウがかつて陰陽連特務機関、カラス会と呼称されていた時期より存在した霊場である。

都が陰陽連の手により着実に整備されだしたころ、霊的なバリアーともいえる結界の力、

各地の神社に鳥居が建立されたのもこの時期からであった。

巨大な霊波、地場のもとそびえる大和のとある地下にて

その神器、八咫鏡(やたのかがみ)は妖しく輝き、

見つめるものたちの眼にその光景を映し出しているのだった。

平安の終わり。最先端の霊的呪法のすべてが結集したこの地で、敷地内の玉砂利を蹴散らし、一人の青年が

聖徳太子の産まれた菩提寺である橘寺に血走った瞳で乗り込んできた。

「どけ!テメエら雑魚に用はねえんだ!」

ぼろぼろに汚れくすんだ白い着物を着崩した、無造作なヘアスタイルのその青年は天高く飛びあがり
寺に集う数十人の狩り衣をまとった男たち目掛け勢いよくその拳を叩きつけた。

「こ、この小童(ガキィイ)・・・・・何者だ!」

「どの寺の小姓(こしょう)だ!名乗れ!送り返してやろう!」

「・・・・こ・・・・・こやつ!このあいだ確かに討ち殺したはず!死人が息を吹き返すなど・・・・。」

数人の男たちに取り押さえられそうになるも、その青年照彦は半狂気じみた勢いにまかせ
何度も何度も狩衣の男どもを馬乗りとなり殴り続ける。

「ぐああっ!」照彦の右腕に激痛が走る。

「モエンフドウオウ、ナミキリフドウオウ、キチジョウミョウフドウオウ・・・・」

後方よりまるで精妙に動くロボットであるかのように狩衣の男たちが呪文めいた謎の言葉をまくし立て始める。

一連の騒ぎによりひっくり返された珍妙な臭気を放つ香炉から溝鼠色の煙が煙幕となって

この上ない不快感と、グロテスクな妖気となり漂っていた。

「うちしき(打ち式)、かやししき(返し式)、まかだんごく、けいたんこく(計反国)と、
ななつ(七つ)のじごく(地獄)へうち(打ち)おとす(落とす)。

おん・あ・び・ら・うん・けん・そわか。」

「マガリタマエ・ケガレタマエ!」

その腕に広がるドス黒い痣の中から、見たこともないような不気味な蟲のような腫瘍があふれ出、青年の皮膚の腕で暴れ踊った。

「慣れてんだよ、痛みにはッ、うぐっ、あァアアーーーーーーーーーーっ!」

腫瘍をもう片方の手で引きちぎると、傷口は急激な速さで修復された。

「こやつ、人外の者・・・・・もしや・・・・?!」

青年は両手を下方に合掌させ手印をつくり、

臍下丹田に自らの精神すべてを結晶させたその声で勢いよく男たち全員目掛けうち放った。

「道返玉!(ちがえしのたま)ァアー――――ッツ!!!」

本殿頭上に巨大な10メートルはあろうかというサイズの磨き上げられた巨大な岩石の球状の物体が

突如として落下する。

巨大な球(道返玉)が建物そのものを押しつぶし、瞬時に狩衣を着ていた男たちのほとんどの姿が消え

庭園に無数のヒト型をした紙片、呪法に用いられる所謂ヒトガタが散乱しているのを彼は見た。

「・・・・・なかなか、うまくはいかねーな。」

瓦礫の中、球に敷かれた足を引きずりながら
血にむせぶその男は、本部の損壊を生き延びた術師の男たちに対し変わらぬ血相でにらみつけ言い放った。

「すっかり面も割れてるようだし・・・。
あんたらにはたっぷりとこないだの礼をさせてもらうぜ!」

じりじりと彼らの距離は縮まってゆく。

「道返玉・・・我ら物部の十種・・・呪法。鴉天狗の真似事か!」

「ガキのくせにィ、どの山の験者(げんざ)だ!」

「我々とおなじにおい・・・。」

「いっしょにするなよ・・・バケ蜘蛛ども!(テルヒコ)」

勢いよく手刀で空を裂いたその時、半壊した建物の奥から無数の人骨とはだけた着物姿の女、乳飲子たちが
唖然とした表情で現れた。
「早く行きな・・・!やはり俺のアテは外れていなかった・・・・。
血の味を覚えたらもう人間ではいられなくなる。鬼の仕業という噂もふたを開けばこういうことだ。
都を魔境に改造しようなど・・・。」

「どの流派かはしらぬが、※朝敵は我々陰陽連が総力を挙げ潰す!
子々孫々末代未来永劫まで滅ぼすのみだァア!」
※(既成権力に敵対するものという意味)

「白々しく・・・。俺はそんなもんに興味はねえ!殺してみろよ!生憎慣れっこだ・・・!」

「こうしてやるよッツ!」

照彦がうちはなったその拳の先端にしたたる、ジュースの如き粘質の不気味な体液。

「貴様~・・・。・・・よほど、遊ばれたいらしい・・・!」

テルヒコに殴られた男の頭部は、変貌していた。

青年により殴打された頭はすでに人間の相ではなかった。
土蜘蛛の艶やかな複眼は昆虫、爬虫類の持つ本能めいた行動原理によりらんらんと輝いていた。

「うっむご、ごいぅああああああ!!」

奇怪な音をたて、緒を引く体液とともに無数の触角、節足動物の四肢、間接らしき生体が男どもの背中から現れる。
その悍(おぞ)ましい容貌、およそもう二度と元には戻ることができない、人としての認識と理性の一切を忘れ去った
本能と衝動のみに突き動かされる姿がそこにあった。

「ぉい、お前ら・・・・・・・・・・・・・。」

「なんでそうもいとも簡単に捨てられるんだよ!人間の姿を・・・!」

その空間には、もはや青年をのぞき誰一人として人間であるものはいなかった。
己の任務密命のためならば自らの存在意義さえ軽微にうちすてられる闇からの使者たちがそこにはいた。

「そんなにいいかよ、バケモノであることが・・・・・・・どうして、
・・馬鹿野郎、・・・・バカヤロォオーーーーーッツ!」

赤い瞳の輝きは青年を捉えていた。
本性を現した土蜘蛛たちを相手に、青年にとっての平常運転での乱闘がその日も始まった。

「ぐっぁああああ!」

先ほどまでの大暴れが嘘であるかのように地面深く叩きつけられ、頬をすり剥き血みどろとなる白い服。

「くそ・・・こたえろ・・・・・・・」

「・・・ちくしょう・・・・・・ユタカは・・・・・・ユタカはどこにいる!」

自らに問うようにその声は虚ろに響いた。

地面に生えた草を掴みながら朦朧とする意識を揺さぶりかけるように
テルヒコは衣の下に括り付けていた帯をほどき、錆びついた古(いにしえ)の神器を土蜘蛛たちにめがけ天高くかざすのであった。

「???!!!!(土蜘蛛)」

「お前たちの元居た場所に帰れ・・・・!」

突如として現れた障壁が光を放ち、妖魔どもの蠢く寺院と、粗野な青年周囲の気配を一気に静寂に変える。

(たかあまのはらにかむづまります
高天原に 神留坐す

かむろぎかむろみの
神漏岐神漏美の

みこともちて
命以ちて

すめみおやかむいざなぎのおほかみ
皇親神伊邪那岐の大神

つくしひむかのたちばなのどの
筑紫日向の橘の小門の

あわぎはらに
阿波岐原に

みそぎはらいたまうときに
禊祓ひ給ふ時に

あれませる
生坐せる

はらえどのおおかみたち
祓戸の大神等

もろもろまがごとつみけがれを
諸々禍事罪穢を

はらいたまえきよめたまうと
祓へ給ひ清め給ふと

もうすことのよしを
申す事の由を

あまつかみくにつかみ
天つ神地つ神

やおよろづのかみたちともに
八百万神等共に

きこしめせと
聞食せと

かしこみかしこみももうす
畏み畏みも白す)

「諸々のマガゴト罪穢れを、祓えたまえ、清めたまえ・・・!」

照彦の唱える天津祝詞の言葉は、庭園に散らばった醜悪な土蜘蛛共の腐臭を鮮やかな日差しの暖気と共に消失させていた。

体力の全てが尽きたテルヒコは、がれきの山に大の字のごとく倒れた。

死力を尽くし乗り込んだその場所も、結局彼の探し求めていたものを知りうる手掛かりなどは一切なく

彼の戦っているものが、想像をはるかに超越する規模の組織で

その闘いがその先の未来まで続いていくであろうことを

容赦なくがんがんと照り付ける日の光と、その澄み渡る空は教えているようだった。

「ユタカ・・・いったいどこにいるんだ。」

青年の願望はこの日も叶えられることはなかったのである。

失ったものは、あまりにも大きすぎた。

⑤夢幻のなかで宛てた手紙

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