「黒川ー、いますかー?」



寝る前に、

私は黒川の部屋の扉を叩いた。



「何だ? お嬢」



黒川は何かの資料に

目を通している最中だった。


青田と違って、よく働くな……。



「少しご相談がありまして。

 学校の送り迎えの件ですが、

 今まで通り

 黒川にお願いしたいのです」



「何故だ?
 
 白石君では不満なのか?」



「不満? 不満と言えば不満。

 洗面器持つの面倒だし……。

 いやいや、そんな事ではなくて」



「だから何だ?」



「白石、

 学校の女子の人気が

 絶賛うなぎ登り中で。

 もし白石が

 私の執事だということが

 皆にバレたら、

 後々大変なことに

 なりそうなのです」



「ああ。白石君、

 学生の頃からドSだったから、

 一部の女子に人気があったな」



いえ。


ドS度でいったら

黒川の方が上ですよ?



おお嫌だ。

自覚が無いって怖い。



あ。でも、

黒川がドSなのは

私に対してだけか。



黒川、他の女の子の前では

優しいのかな……。



駄目だ。

今はそんな事など、どうでも良い。



「とにかく私は、

 女子達の嫉妬の業火に焼かれて

 死にたくはないので、

 白石と私の関係を

 秘密にしておきたいのです」



「白石君とお前の関係って……。

 そんなの知られたところで、

 お前など敵にもならないから

 華麗にスルーされると思うが?」



わー。酷い。


黒川、ドSが過ぎると

女子にモテませんよー。



「とにかく私は

 白石と一緒に

 通学したくありません。

 白石、何で教師になったんだー!」



「分かった分かった。

 だが俺も最近忙しいからなぁ……。

 青田君に送り迎えを頼んでも良いが、

 青田君、早起きが苦手だから

 どうしたものか……」



青田……。

真面目に仕事しろ。



「まあ良い。

 明日までに考えておくから

 心配するな。

 お前は早く寝ろ」



「はい。おやすみなさい」




翌朝、

桃と赤井は白石の車に乗って

先に行ってしまった。



「黒川。

 青田がまだ起きてこないけれど……。

 遅刻したらどうしよう」



「ああ。

 青田君はやはり起きられそうに

 ないから、朝は俺が送ることにした。

 帰りは青田君の車で帰って来い」



「送るって……。

 黒川の車がありませんよ?」



「もうじき来る」



「ん? 来る?」



屋敷の前に

一台の高級車が止まった。


運転手が出てきて、車の扉を開く。



「会長。おはようございます」



「ああ。おはよう」



ん? んん?



「お嬢様、どうぞこちらへ」



私が運転手に促されるまま

黒川の隣に座ると、

車は学校に向かって走り出した。



「……あの。

 黒川? 黒川様?」



「何だ?

 車の中では静かにしていろ」



黒川は車内でパソコンを操作している。



「いえ。

 この車は一体何かと……。

 それに会長って……。

 もしかして

 町内会長になったのですか?」



「は?

 お前の爺さんの会社の会長だ」



「え?

 仰っている意味が

 全く理解できません。

 ん? んん? んんん? んー?」



「だから、

 車の中でいちいち騒ぐな」



「ンンー!」



黒川が

私の口の中に饅頭を詰め込んだ。



つぶあんだ!

美味しいッ!



私は訳が分からぬまま、

ただ饅頭の美味しさに舌鼓を打って、

学校の前に到着した車から降りた。





その日の授業は

全く頭に入ってこなかった。


いや。

いつも入ってこないけれど。



白石が私に向かって

滅茶苦茶怒っているようだ。



ごめん、白石。

今の私は何を言われても、

全然耳に入らないのだよ。



回りの女子達は

『白石のお宝ボイス』録り放題で

大喜びしているようだ。



『ガスッ!』



痛ッ。

白石、教科書の角で殴らないで。



爺ちゃんの会社の

会長ということは……。



黒川が爺ちゃんの会社を

乗っ取ったという事?



私はどうなるの?



あ……。

だから私を他の男と結婚させて、

屋敷から追い出そうとしているのか。



「嫌だ! 見捨てないでッ!」



教室が静まり返った。



失礼。

つい感情が高ぶって叫んでしまった。



「見捨てられたくないのなら、

 授業に集中しろ!」



白石が怒鳴る。



「白石……、

 白石先生は私の事を

 見捨てたりしませんか?」



「あ? ……ああ。

 真面目に授業を受ける気が

 あるのなら、見捨てたりはしない」



「分かりましたッ!

 今後、生活態度を改め、

 真面目に授業を受ける所存ですから、

 決して私を見捨てないでください。

 どうぞ良しなに……。ううう」



「おい、授業中に泣くな。

 具合が悪いのなら

 保健室にでも行ってこい。

 保健係、

 コイツを保健室まで連れて行け」



山田が立ち上がった。



山田、保健係だったのか……。



途中まで

山田と一緒に歩いていたが、


私は立ち止まり、

山田に向かって言った。



「山田。私に優しくしないで。

 今、お前に優しくされて、

 気の迷いで

 お前の事を好きになって

 しまったら困ります。

 だから

 私の前から消えてください!」



山田が手で顔を覆いながら

走り去っていった。



ごめん、山田。

包み隠さず言ってしまって。



『山田とくっついてハッピーエンド』

だけは回避したい。





保健室に着くと、

白衣姿の青田が椅子に座って

新聞を読んでいた。



「青田……。

 何をしているのですか?」



「あ、お嬢。

 スクールカウンセラーだけど?」



青田、何でもやるな……。


いや。

何でもやっているようで

何もしていないよな……。



「お嬢こそ、

 授業中にどうしたの?

 ……もしかして泣いている?」



「黒川が……。

 いいえ、

 執事達全員が私を

 厄介払いしようと

 しているのです……。ううっ」



「執事達って……。

 僕もその中に入っているの?」



「当たり前でしょう?

 お金もなくて、落ち着きもなくて、

 食い意地が張っていて、馬鹿で

 スカポンタンの私など、

 誰が面倒を見ようと思いますか?」



「ハハッ。

 お嬢の自己分析は面白いな」



「冗談で言っているのではありません。

 私はいつだって本気です。

 また置いていかれる……。

 皆、私を置いていくんだ……。

 置いていかないで……。

 置いて……、行かないで……」



「お嬢? ……? お嬢! ……!」



途中から青田が何を言っているのか

聞き取れないまま、


私はその場に崩れていった。

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