赤井に

これといった特徴はない。



執事の中で一番まともな奴は

もしかしたら赤井かもしれない。



強いて言えば

熱血が過ぎることぐらいだろうか。



赤井と私は同い年。

小学校の頃から

同じ学園に通うクラスメイトだ。





小学生の頃、

ドッジボール大会が開かれた。



ドッジボールといっても、

大切に育てられたご子息ご令嬢ばかり。


ひょろひょろ球しか飛んでこない。


最終的にコートの中は

私と赤井の一騎討ちとなった。



「お嬢だからって容赦しないからな。

 覚悟!」



「押忍! 受けて立つ!」



赤井の手から放たれたボールが

うねりを上げる。



ドガッ!



私の顔面にクリーンヒット。



「ハハ。命拾いをしたな、お嬢。

 顔面セーフだ」



何それ酷い。


女子から鼻血を吹かせた時点で

アウトだよね?



「な……、何のこれしき。

 桃、ティッシュ!」



私は両方の鼻の穴に

ティッシュペーパーをねじ込んで

闘いを続行した。



バシュッ!



またもや顔面セーフ。


赤井、

わざと顔面を狙っていないか?



「ふはは!
 
 それぐらいで倒れる私ではない。

 桃、ティッシュ!」




私はティッシュペーパーを詰め替え、

再び闘いに挑んだ。



ドゴッ! バシッ! ゴスッ!



「くそう!

 お嬢、なぜ倒れないんだ!」



「オホホホホ!

 所詮、ひよっ子のひょろひょろ球。

 痛くも痒くもないわ!」





あの頃の私は

一体何と闘っていたのだろう……。



「試合終了! 両チーム、引き分け!」



ドサッ。



闘いは終わった。



天国にいる父さん、母さん。

私の勇姿を見ていただけましたか?

私は、こんなに元気です。




薄れ行く意識の中、

慌てて駆け寄る学園長や

担架を持ってきた担任の姿に混じって、

泣いている赤井の姿が見えた。



赤井……。

お互い負けず嫌いだよね……。





迎えに来た黒川、

滅茶苦茶ご立腹。


もちろん怒られるのは私だけ。



「仮にも令嬢の身でありながら

 顔面を腫らすとは何事だ」



いえ。

やったのは、アナタの部下ですよ?



「反省するまで夕食は抜きだ。

 自分の部屋で悔い改めろ」



エー?

どうすれば

反省した事になるのですか?


体力を消耗しすぎて

空腹感が半端ないですー。



取りあえず私は

反省している態度を見せるため、

黒川ボイスで録音された

般若心経を大音量で聞いた。



あの頃の私は

本当に何を考えていたのだろう。





部屋の扉をノックする音と共に

扉が開いた。



「く……、黒川。

 ごめんなさい。

 本当にごめんなさい。

 反省しています。

 反省していました。

 これ以上顔は腫らしません。

 だから飯を、米粒をー!」



私は号泣しながら

黒川の元に駆け寄った。



「あ……。俺だけど……」


チィッ! 赤井かよ!



「お嬢、悪かったな。

 俺のせいで

 こんな事になってしまって……。

 俺、お嬢のファイトに

 応えなきゃって。

 でも最後は

 早く倒れてくれないかなって。

 お嬢は強いよ。

 俺、こんなに強い奴、初めて見たよ。

 俺、お嬢の為に強くなるから。

 そして今度は

 お嬢を守ってやるから!」




赤井。

そんなクソ長い話はどうでも良いから、

早くその右手に持っている

ライスボールを寄越しなさい。



「これ、良かったら食えよ」



待っていました!


早くプリーズ、早くプリーズ。



「どうだ? 旨いか?」



「モグ、モグ(美味しい、美味しい)」



「そうか。良かったー!

 ……でも、内緒だぜ?」



「モグ? (何?)」



「その握り飯、

 キッチンから盗んで来たやつだ。

 多分、お嬢が反省した頃を

 見計らって食べさせようと、

 黒川君が用意しておいた

 やつじゃないかな?」



「モギュイ、モググ!

 (赤井、後ろ!)」



「……お嬢。

 反省もせずに

 赤井君を使って盗み食いとは笑止!」



「もぎゅー!

 もぎゅぎゅぎゅぎゅー!

 (いえ! 違うのです!)」



「はァ?

 何を言っているのか
 さっぱり分からんなー?

 さあ、吐け、吐くんだァァァー!」



「もぎゃー!」





……。


あの日の光景は二度と忘れない。



黒川ボイスの般若心経が流れる中、

鬼のような形相をした黒川と、

そっと部屋から出ていき、

扉を閉めた赤井の姿を。

閑話(赤井とお嬢の日常)その1

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