桃は私と同い年の男の子だ。


女の子の格好をしているけれど、

男が好きなわけでも

女の子になりたいわけでもない。



スカートを履いているのも、

ただ可愛いからという理由だけで、

スカートの下には

必ず短パンを履いている。



幼稚園の頃は

桃と一緒にお風呂に入っていた。


でも小学生になったある日、

突然桃から



「お嬢と一緒に

 お風呂に入りたくない」



と、言われてしまった。



「別に。

 私も男の子なんかと

 一緒に入りたくなかったから」



……でも寂しいよ。

この屋敷のお風呂、

一人で入るには大きすぎるんだよ?





桃は他の執事達に可愛がられていた。

いつも頭を撫でられて、

嬉しそうにしている。


私なんか

一度も撫でられた事が無いのに。



「桃、

 どうしたら桃みたいに

 頭を撫でてもらえるの?」



「うーん。

 ニコッと笑えば

 撫でてもらえるんじゃないかな……」



ニコッと笑顔か……。



早速私は

洗濯中の白石の所へ行ってみた。



「白石ー。ニコッ」



「ウォエー。

 朝っぱらから

 変な物を見せないでください」



あ。酷い。



……分かっていたさ。

潔癖性の白石が

私の頭を触るわけがない。



次に

裏庭で野菜の手入れをしている

青田の所へ行った。



「青田ー。ニコッ」



「ニコニコ」



ニコニコ返しをするな!



「ニコニコニコッ」



「仕方がないなー。

 黒川君には内緒だよ?」



新鮮なキュウリを頂きました。



いや。

キュウリが欲しかったわけではない。

頭を撫でてもらいたかった

だけなのに……。



私はキュウリをかじりながら

ラスボス黒川の元へ向かった。



「黒川ー。ニコッ」



「何だ?

 またテストで悪い点数を取ったのか?

 仕方がねーな。

 三秒以内に出せば、

 説教は三分の一にしてやろう」



「違う違う。ニコニコッ」



「ふざけるな。三、二、一……」



「違うんだー。皆の馬鹿野郎ー!」



「コラー! 逃げるなー!

 馬鹿が馬鹿と言って

 良いとでも思っているのかー!」



逃げる私、

追いかける黒川。



私は何とか鬼の黒川を振り切り、

自分の部屋の鍵をかけた。



「お嬢ー? いるー?

 黒川君が

 説教は二分の一にしてやるから

 出て来いってー」



部屋の外から桃の声が聞こえた。



先程より説教時間が

微妙に増えていませんか?


何も悪いことをしていないのに……。



「もう、桃なんか大嫌い!

 ニコッとしても

 誰も撫でてくれなかったよ。

 結局、桃が可愛いから

 皆可愛いがるんだよ。

 桃の嘘つき!」



「お嬢……。

 ボクが可愛い格好をしている理由を

 知っている?」



「……」



「ボクも小さい頃、

 お嬢みたいに両親が死んじゃってさ。

 親戚中をたらい回しにされたけれど、
 
 誰にも引き取ってもらえなくて。

 いつもニコニコしていれば、

 いつも可愛くしていれば、

 可愛いがってもらえるのかな……、

 って。

 可愛い服を着て、

 ずっと

 笑顔の練習をしていたんだ……」



「……!

 桃、酷いことを言って

 ごめんなさい!」



私は慌てて部屋の扉を開いた。



「……ぐらいの演技力がなければ、

 頭なんか撫でてもらえないよー」



目の前に、

にっこり笑う桃の姿があった。



うわー。騙されたー。

涙を返せー。



「お嬢は無理に笑顔を作らなくても、

 十分可愛いよ」



桃は満面の笑顔で私の頭を撫で、

クルッと向こうを向いて

行ってしまった。



桃……。


本当に可愛いな。

やっぱり桃には勝てないよ。





後日、

桃の話が本当だった事を

黒川から聞かされた。



「桃に酷いことを言ってしまった……」



「謝って、

 許してもらえたのだろう?」



「一度言ってしまった言葉は、

 桃の心の中から消えないよ……」



私は黒川の前で泣いた。


黒川が

そっと私の頭を撫でた。



こんな風に

撫でてもらいたかったわけではない。



……神様。

もう二度と馬鹿な願い事はしないから、

桃の心の傷が早く癒えますように。



ごめんね。桃……。

閑話(桃とお嬢の日常)その1

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