慌てて、美咲に駆け寄り、なんとか美咲の首が輪にかからないよう、両手で美咲の体を支える、竜二。
 美咲、帯紐を強く握ったまま、竜二から離れようと必死で両足をバタつかせる。
 天井に吊るされた帯紐がスルッと解け、バランスを崩し、竜二を下敷きにして床に倒れる2人。
 倒れる瞬間、竜二がテーブルに頭をぶつけ、いちごが皿ごと床の上に落ちる。
 皿がガシャンと割れ、いちごがバラバラと床に散らばる。

「…いってぇ」
 右手で頭を押さえる竜二。
 竜二の背中の上で、泣きじゃくる美咲。

「…なんで…邪魔するのよ…辛くて…しんどくて…もう死にたかったのに…」

 竜二の背中をポカポカ叩く、美咲。 
 美咲を背中に乗せたまま、手足をバタバタさせる、竜二。

「(美咲の下敷きになったまま)つうかさ…お前…意外と…重いんだな…」

「…重いって言わないでよ…(祖母のキクを見ながら)私の方がよっぽど|重《・》|い《・》って言いたいわよ…」

 美咲の視線の先に、キクがいる事に気づき、キクにゆっくりと歩み寄るじん。

 泣きじゃくる美咲に向かって、
「…じゃあさ、あんたの|荷《・》|物《・》、
 俺が代わりに背負ってやるよ…」

「…(ヒクヒク泣きながら)何言ってるのよ…」

 キクの前で前屈みになり、おんぶの姿勢をする。
「|重《・》|い《・》んだろう?…ばあさんの面倒みるのが…」

「…おばあちゃんの事…|荷《・》|物《・》だなんて…言わないでよ…」
 美咲の目にじわっと涙が溢れ出し、わんわん泣き出す。

「悪かったな…」
 アントニオ猪木の顔になりながら、美咲に謝った後、黙ってキクをおんぶする、じん。

 キクが不思議そうに、じんの顔を覗き込む。
「…マモルかい?」

「ああ、マモルだよ」

「そうかい。帰ってきてくれたんだね…
 おかえり」

「…ただいま…」

「…じんさん…」 
 竜二の目に、じんわり涙が溢れ出す。

「…おばあちゃん…おばあちゃんっ!!」
 竜二の背中から立ち上がり、じんにおぶられているキクに抱きついて、泣きじゃくる美咲。

 ほっとして立ちあがろうした際、竜二の額と手に赤い血のようなものがついている…

「なんか、違和感が…」

 額を触った手に、赤いものがついているのを見て驚く竜二。

「ち、血だぁっ!!」

 じん、慌ててキクを背中から下ろすと、床に置いてあるタオルを、竜二の額にあてる。

「これで止血しろ!」

 床の上のペシャンコに潰れた、いちごに視線をやると、ピタッと泣きやむ美咲。

「…それって…もしかして、いちごじゃないの?…」

 竜二、焦りながら、恐る恐る額に手をやり、
 手についた匂いをクンクン嗅ぐ。

「…甘い匂いがする…」

「…しかもそれ、タオルじゃなくて雑巾だから…」

 竜二、額にあてられたタオルを思わず、じんの腕ごと振り払う。
「わぁっ、やめてくれー!!」

 美咲、嫌がる竜二を見てぷっと吹き出す。
 罰の悪そうな顔をするじん。
 泣き笑いをする竜二。
 3人、それぞれ顔を見合わせて、笑い出す。
 3人の笑い声が部屋中に響き、その様子を見てキクも穏やかに笑う。



  -数日後-
朗らか荘 キクの部屋

 キク、ベッドに座り、|箪笥《タンス》の上に飾られている、かすみ草を幸せそうに見つめている。その横に、バスの運転手の制服を着た息子のマモルの写真が立ててある。

 トントンと、ドアをノックする音。

「どなた?」

「こんにちは、ケアワーカーの愛田です。
 華元さん、入ってもいいですか?」

「…どうぞ」

 あかね、部屋に入り、キクの視線の先にある、
 かすみ草に気づく。

「可愛いですね…そのお花…」

「ええ…マモルが好きだったの……なんていう名前だったかしら…」

「愛田です…」

「……(長い沈黙があり)そうじゃなくて…お花の名前…」

 照れ笑いをする、あかね。
「あ、かすみ草ですか?」

「そうそう…そんな名前だったかしら…年を取ると、ダメね…すぐに忘れてしまう…
 あなたの名前も…ごめんなさいね、覚えられなくて…」

「いえ、気にしないでください。
 華元さんが忘れたとしても、私、何回でも自分の名前言いますから…安心して下さい」

「…ありがとう…毎年母の日にね、マモルがプレゼントしてくれたのよ…『お母さん、いつもありがとう』って…」

「そうだったんですね…もしかして、その写真の方が、息子のマモルさんですか?」


 ゆっくりと立ち上がり、写真立てを手に取ると、愛おしそうに、写真の中の息子を見つめるキク。
「ええそうよ…」

 あかね、写真を見て、
「息子さん、バスの運転手さんなんですか?」

「ええ。小さい頃から、バスが大好きでねぇ…百貨店とか行く時にね、バスに乗るといつも一番前の席に座って、外の景色を楽しそうに眺めていたわ…今ごろは、どうしてるんだかねぇ」

「…(少し考えて)きっと、どこか遠くまで行くお客さんを運ぶ為に、走り続けてるんじゃないですか?」

「…それならいいけど…元気にしてるかしら…」

 キク、写真立てを|箪笥《タンス》の上に置き、ベッドに座る。
 あかね、ゆっくりとキクの側に歩み寄る。

「隣に座ってもいいですか?」

「ええ、どうぞ」

 あかね、キクの隣に来て、静かに腰を下ろす。
 窓の外を見ると、ポツポツと小雨が降っている。
 かすみ草を懐かしそうに見つめるキク。

   
      美咲の通う学校 校門

 美咲の友達の綾香が、笑顔で手を振りながら、
 美咲に駆け寄って来る。

「美咲、おはよう!久しぶり!」
 綾香、笑顔で美咲に抱きつく。

「おはよう、綾香」
 笑顔になる美咲。
「今日の授業、実技だったよね?」

「うん!」

「ちゃんとマスターして、お互い試験まで頑張ろうね!」

「うん!」
 楽しそうに会話しながら、校舎に向かって歩いていく綾香と美咲。

あんたの荷物、代わりに俺が背負ってやるよ

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