美咲の家 仏間
仏壇に、美咲の両親の笑顔の遺影が置いている。押し入れの中は、段ボール箱が置かれており、細い帯紐が箱の外に垂れている。
畳はビシャビシャに濡れている。
隣のキッチンは汚れた紙パンツでいっぱいになったゴミ袋とテーブルの上に置かれた皿には、食べかけのいちごが数個あり、椅子が無造作に置かれている。
ゴミ箱の上で小さな蝿が数匹飛んでいる。
薄暗い部屋の中、美咲が泣きながら、雑巾で畳のシミを一生懸命に叩いている。
「おばあちゃんっ!畳が汚れるから、トイレでしてって、何回言ったら、分かるのよ…」
キクが、仏間で失禁したパンツを引き出しにしまおうとしている。
美咲、慌ててキクに駆け寄り、
「そこにしまっちゃダメって言ってるでしょっ!」
美咲、イライラしながら、手に持っていた雑巾を壁にバンッと投げつける。
「おばあちゃんなんて大嫌いっ!」
美咲、部屋から出て行こうとするが、キクの事が気になり、その場に立ちつくす。
仏壇に向かい、ブツブツ独り言を言うキク。
美咲、仏壇の前にへたりこみ、泣きながら両親の遺影を見つめる。
「もう、頑張ったから…お父さん達の所に行ってもいいよね…」
美咲、押し入れの段ボール箱から垂れかかった帯紐をじっと見つめる。
美咲の家の近所の交差点
歩きながら、美咲の家を探す竜二とじん。
「ええと、確かここを左に曲がるって言ってたよな」
「なんて苗字だった?」
「華元」
交差点を曲がり、長屋の表札を順番に見ながら歩く2人。
「ええと、ここは違うな。ここも違う、違うな……華元、あった!」
華元と書かれた、苔の生えた表札の横に、
旧式のブザーが壁に埋め込まれている。
竜二、ブザーを何回か鳴らす。
「おかしいな…居ないわけねーのにな」
玄関の戸が少し開いている。
「少し、開いてるな」
玄関の隙間から部屋の方に向かって、叫ぶ竜二。
「おーい、心配だから見に来てやったぞー!」
滑りの悪い玄関の戸を、ガタガタと少しずつ開ける、じん。
「おーい!中に入るからなーっ!」
玄関の戸を開けて、部屋の中へ入る2人。
美咲の家 仏間
椅子を踏み台にし、天井から吊り下がった、輪になった帯紐を両手で持ち、自分の首に通そうとしている、美咲。
「やめろっ!」
竜二が、慌てて美咲に近づこうとする。
「(泣きながら)来ないでっ!!」
「バカな事すんなっ!!」
「もう……疲れたの…」
「死んだら、ばあさん悲しむだろっ!!」
「おばあちゃんなんて、もう居なくてもいい!」
「なんでだよっ!!」
「だって、学校に行ってもおばあちゃんが迷子になったって、しょっちゅう電話かかってくるしっ!!
家に帰れば、おばあちゃんの着替えと便で汚れた部屋の掃除っ!!
何回言ってもトイレに行ってくれないしっ!! ちょっと目を離せば、またどこかにいっちゃうしっ!!
夜中はずっとブツブツ独り言がうるさくて眠れないっ!!もう気が変になりそうよっ!!」
「だからって…死んだら、終わりだろ…」
「ほっといてっ!!私の気持ちなんて誰にも分かるわけないっ!!…苦しくて…辛いから…もう…死にたい」
泣きながら、輪の中に首を遠そうとするが、帯紐を持つ美咲の手が震えている。
「バカっ!やめろっ!!」
「家族がいるあんたに何が分かるって言うのよ!」
暫く間があり、
「…それって……宇宙規模で考えたら、アリンコレベルの悩みだな」
美咲の顔を見て、ボソッと呟くじん。
不思議そうな顔でじんを見る、美咲。
「…え?…今…なんて言ったの?…」
今度は大声で近所に聞こえるように叫ぶ。
「それってぇ!宇宙規模で考えたらぁ、
アリンコレベルの悩みだなあっ!!
と、言った…」
「…アリンコって…どういう意味よ…」
涙ぐみながら、じんの顔を見つめる美咲。
「遥か遠い、でっかい宇宙から見下ろしたら…… あんたが抱えてる悩み事なんて、アリンコみたいに、小さく見えるだろうなって事」
「…適当な事言わないでよっ!私の気持ちなんか誰にも分かるわけないんだからっ!」
「…ああ、そうかもな…」
目にいっぱい涙を溜めながら、踏み台にしていた椅子を勢いよく蹴とばす、美咲。
「危ないっ!!」
慌てて、美咲に駆け寄る竜二。