さっきの交番
美咲の祖母が落ち着きなく、立ったり座ったりしている。
美咲が、息を切らし交番の中に入ってくる。
「おばあちゃん!」
美咲の顔を|怪訝《ケゲン》そうに見つめるキク。
「あなた、どなた?」
カッと顔が真っ赤になる美咲。
「何回言ったら、分かるのっ⁈孫の美咲っ!」
「(穏やかな声で美咲の頭を撫でながら)
美咲さんて言うんだねえ。可愛い名前だねえ」
「おばあちゃん。なんで私の事、分かんないの?」
美咲の目から涙が流れる。
「まぁまぁ、今日はこの辺で。事故にあわず、無事だったから良かったじゃないですか」
「事故⁈」
「赤信号で車に|轢《ヒ》かれそうになった所を、親切な2人組の若いお兄さん達が、ここへ連れて来てくれたんだよ」
わぁっと泣き出し、キクに抱きつく美咲。
「あんなに危ないから外に出ないで!って言ったのに…」
キク、穏やかな顔で美咲の頭を撫でながら、
「可哀想に…よっぽど辛い事があったんだねえ……よしよし」
キクにしがみついたまま、泣き続ける美咲。
まんぷく食堂
竜二が風船のように膨らんだ、デカい腹をさすりながら、
「はぁー食った、食った。さすがに大盛り飯三杯と、追加で頼んだ餃子と唐揚げとハンバーグは、きつかったな」
冷ややかな目で、竜二を見るじん。
「食い過ぎだろ」
じんを見て、苦笑いをする竜二。
「相変わらず、ワサビメンチカツはうまかったな。じんさんは、涙目になりながら残してたけど…」
「あんなワサビ入ったのなんかメンチカツじゃねぇ…食えるわけねぇだろ…」
「そうっすか?うまいと思うんだけどなぁ…
(ポリポリ頭を掻く)ところで、あいつ…
無事にばあさん、連れて帰れたんすかね」
「心配なら、見に行けばいいだろ」
「家、どこだったかな」
「覚えてないのか?」
「中学ん時にあいつのダチと一緒に、一回だけ遊びに行った記憶はあるんすけど。
俺、頭良くないから、記憶が曖昧で…」
「(真顔で)交番で聞いてみれば?」
「さっすが、じんさん!あったま、いい!」
じん、ドヤ顔になる。
竜二とじん、会計を済ませ、店を出ようとするが、竜二の膨らんだお腹が戸につっかえて外へ出られない。
「…だず…げて…」
慌てて、大将が戸を外しにくる。
戸が開き、なんとか外に出れる竜二。
じん、冷ややかな目で竜二を見る。
「(行司の真似をしながら)相撲部決定!!」
「(野太い声で張り手のポーズ)どすこーいっ!!」
交番の入り口
「すみませーん!」
竜二の声に気づいた警察官が出てくる。
「君達は、さっきの…どうしました?」
「いやあ、実はさっきのばあさん、俺の中学ん時の同級生のばあさんだったみたいで…」
「そうでしたか。それなら、先程お孫さんが迎えに来て、一緒に帰りましたよ」
「そっか…なら安心だ」
「それが、そうでもなくてね」
「何かあったんすか?」
「いつもは、平常なお孫さんが、今日は急に泣き崩れてしまってね…無理に帰すわけにもいかないので、落ち着くまでここで暫く、お茶を飲んでもらってたんですよ」
「そうだったんすかぁ…」
「ええ。おばあさんが、車に|轢《ヒ》かれそうになった事がよほどショックだったんでしょうね…認知症とはいえ、お孫さんにとって、
おばあさんは、たった一人の肉親ですから…」
「(心配そうな表情)…あいつ…大丈夫かな」
「…家はどの辺りですか?」
「華元さんの家なら、このご近所ですよ。
横断歩道渡って、二つ目の交差点を左へ曲がった、長屋の奥です」
「サンキューお巡りさん!」
交番を出る、2人。