-数日後-
近所の飲食街
竜二とじんが、楽しそうに話をしながら歩いている。
「しかし、この前の幸三さんの事、思い出すとハラハラしますよね。
もしも、あのまま死んでたら…俺、辛くて
介護の仕事、辞めてたかも…」
「…そうだな」
「そもそも、幸三さん、認知症あったし、誰かに気づいてもらうまでに時間もかかったんだろうなって…」
「…認知症…」
「昔なら、|呆《ボ》けとかって言葉よく使われてましたけどね…今は差別に繋がるから良くないって…
うちの親父は昔、じいさんが|呆《ボ》けたから大変だっー!ってよく言ってましたけどね…」
「お前のじいさんが?」
「でもうちは親父もお袋も、なんでも楽しんで受け入れる方なんで、じいさんの介護やってても、全然辛そうじゃなかったですけどね…親父とお袋の仲もいいですし。
だけど、たまにニュースで、親の介護が理由で、仕事も辞めて親子で無理心中図った事件とかありますよね…」
「…複雑だな…」
「…俺、そういうニュース見るたんびに
辛くなるんすよねぇ…どうして周りの人間は助けられなかったんだろうって…」
「…そうだな…」
ジャージを着たヘルパーらしき女性が、笑顔で会話しながら、おばあさんを乗せた車椅子を押している。
その近くで、カップルが楽しそうに、イチャイチャしている様子を見て、
「世の中みんな、あんな風に幸せだったらいいのになぁ」
じん、カップルの方を見る。
「あ、もしかして、じんさん。カップルが|羨《ウラヤ》ましいとか思ってます?」
「……」
「やっぱ、思ってるんでしょう?」
ニヤニヤしながら、じんに絡む竜二。
「思ってねーわ」
「またまたぁ。少しぐらい羨ましいって言えばいいのに…素直じゃないなぁ」
じんの脇腹をツンツンする竜二。
「うるせぇな…」
「あ、じんさんもしかして、今日デートとかでした?」
「(得意の変顔で)ねーわ!」
「本当ですかぁ?」
竜二、ニヤニヤしながら、じんの顔を下から覗きこむ。
「気持ち悪いな。で、なんでそんなに、俺を誘いたかったんだ?」
「それそれ、今から行く定食屋、
俺の中学ん時の同級生が働いてるんすけど、
肉じゃがが、めちゃくちゃうまいんすよ」
「ほう、肉じゃがねぇ」
「でしょ?じんさん、この前、肉じゃが食べたいって言ってたし、そこの定食屋、
地元じゃ、結構有名なんすよ」
「なるほど」
「ダシが効いてるというか、なんつうか、
おふくろの味がして、とにかくうまいんすよね」
「いいねぇ」
「でしょう?」
お腹をさすりながら、
「そう言われたら、なんか腹減ってきたな」
交差点の信号が赤になり、交番の前で立ち止まる2人。
向かいの歩道から、美咲の祖母のキクが、
ふらふらしながら歩いて来る。
「あのばあさん、危ないな」
車がクラクションを鳴らしながら、キクの手前で急停止する。
「ばばぁ!死にてーのかっ!」
慌ててキクの方へ走っていく、2人。
「ばあさん、大丈夫?」
キク、じんの顔を不思議そうに見上げる。
「…あんた、マモルかい?」
|怪訝《ケゲン》な顔つきで、顔を見合わせる、じんと竜二。
「ばあさん、危ないから俺がおんぶしてやるよ」
じんがキクをおんぶして、来た道を引き帰す。
交番の前で老女をゆっくりと、下ろす。
交番から出てきた警察官が、じんと竜二に
声をかける。
「君達、どうしたんだね?」
「どうしたもこうしたも、このばあさんが赤信号のまま渡ろうとして、今、車に跳ねられそうだったんすよ!」
警察官、老女の顔をじっと覗きこむ。
「はぁ、またこのばあさんかぁ。参ったな
今月に入ってもう10回目だな」
「何か、あったんですか?」
「認知症だよ、このばあさん。孫と二人暮らしでね、何回も迷子になって、その度に、通行人から通報があって、結構大変なんだよ」
「はぁ、そんな理由があったんすか。お巡りさんも大変すね」
「お孫さんの連絡先、分かってるから、君達はもう帰っていいよ」
警察官に向かって敬礼をする竜二。
「ご苦労様です!」
キクを気にしながら、竜二と歩き出すじん。
「どうりで、なんか様子がおかしいと思った。でも、マモルって誰なんでしょうね」
「さあなぁ」
「将来は、3人に1人ぐらいの割合で認知症になるって言いますから。そう考えると俺も、なっちゃうのかなぁ」
「お前は大丈夫だろ」
すかさず突っ込みを入れるじん。
「意外にじんさん、歳とった時に飯食った事忘れて、得意の変顔で、「飯まだか?」とか言うんじゃないんすか?」
ニタニタしながら、じんに絡む竜二。
「俺がかぁ?(変顔)」
「それそれ。でも、もし、じんさんが認知症になったら、俺がちゃ~んと、今働いてるグループホームで面倒見ますから、安心して下さいね♪」
竜二に冷たい視線を送るじん。
「つうか、おめぇも俺と1つしか、歳変わんねぇだろが」
「(頭をかきながら)まあね」
【まんぷく食堂】の赤い看板が見える。
「着いたぜ!」
竜二、食堂の戸を開けて、|暖簾《ノレン》をくぐる。