ー半年後ー

       朗らか荘の休憩室

じんと竜二が、畳の間で向かい合い、
真剣な顔つきで将棋をしている。

「(駒を差して)王手!もう逃げ場ないっすね」

しばらく無言になり、駒を見つめながら、猪木の顔になる、じん。
じんの顔を見て、笑い転げる竜二。

「ぎゃはははっー」

猪木の顔のまま、竜二を|睨《ニラ》むじん。

「ひぃー、やめてぇー!その顔で睨まないでーっ!」

畳に転がり、手足をドタバタする竜二。
真顔に戻るじん。

「(涙を浮かべて)あーもう、笑い死ぬかと思った。じんさん、|窮地《キュウチ》に陥るといつもそんな顔しますよね。
本当にやめてほしいっす」

「俺、そんな変な顔してたか?」
何事も無かったかのように澄ました顔をする、
じん。

「してましたよ!ある意味、殺人兵器っす」

「殺人兵器って、大袈裟な…」

「今度、鏡で、自分の顔見て下さいよ。
絶対に笑い死にしますから」

「…そうかな…」

 新人ケアワーカーのあかねが、息を切らし、ドアをバンっと開け、盤若《ハンニャ》のような形相で、部屋に入ってくる。
「あんた達!将棋なんてしてる場合じゃないわよっ!」

あかねの顔を見て、慌てて起き上がろうとするも、足で将棋台をひっくり返す竜二。

「は、はんにゃがいる…」

じん、あかねの顔を見ても、冷静な顔。

「どうしたもこうしたも、この前、入所したばかりの幸三さん、お餅が喉に詰まって、大変なのっ!」

「餅⁈主任は?」

「河村主任は事務長に呼ばれてて、居ないの!」

「そりゃ、大変だ」

「タッピングしたんだけど、全然、吐き出してくれなくて…」

竜二とじん、顔を見合わせる。

「将棋なんかやってなくて、早く来て!」

じんと竜二とあかね、猛ダッシュで部屋を出て、廊下を走る。(足、最速回転)

     
       朗らか荘 食堂

幸三が、テレビ前の椅子から、今にも床に倒れ落ちそうに、もがき苦しんでいる。
真っ青な顔で唇は紫色になり、泡を吹いている。
幸三の周りで他の入所者達が、心配そうに
様子を伺っている。
じんと竜二、幸三に駆け寄る。

「やばい、チアノーゼ出てる!」

竜二が力いっぱい、幸三の背中をバンバン叩く。

「幸三さん!しっかりして下さい!」

何度も幸三の背中を強く叩くが、一向に吐き出す様子はない。

「だめだ!じんさんっ!どうしよう…」

考えながら、黙り込むじん。
テレビから、何やら声が聞こえてくる。

「はい、それでは次に、ハイムック法を説明します。ハイムック法とは、喉に異物が詰まった時に、吐き出させる方法で…」

じんがテレビの声に気づき、画面をマジマジと見て、椅子から幸三を下ろす。それから床に座らせ、背後に周り、後ろから|鳩尾《ミゾオチ》部分に両腕を回し、上部へグッと引き上げる。

「じいさん、しっかりしろ!」

テレビを見ながら、見よう見真似でハイムック法を何度も繰り返す、じん。
不安そうに見守る、あかね。

「ダメだ」

「それでは次に胸部突き上げ法の乳児編を説明致します…赤ちゃんの場合、体が小さいので逆さまにして…」

じん、竜二に向かって
「竜二!じいさんの両足を持てっ!」

「えっ?マ、マジっすかっ⁈ムリっす!
じいさん、赤ちゃんじゃないっすよ!!」

ブンブンと首を大きく横に振る、竜二。
じん、椅子の上に立ち、幸三の両足床から持ち上げる。幸三の体が逆さまになる。

「ちょっ、ちょっと無茶しすぎ!!」

幸三を逆さまにしたまま、幸三の体を振り子のように左右に振る、じん。

「ダメか…」

「じんさん、無茶っすよ!!」

じん、竜二に向かって
「竜二、じいさんの背中を叩け!」

「え?…」

「早くしろっ!」

「わ、分かりましたぁ!」

「1、2の3っ! 1、2の3っ!…」

竜二、じんのタイミングに合わせて、幸三の背中を叩く。

「……1、2の……3っ!!」

その瞬間、幸三の口から、餅がポーンと吐き出される。

「おおっー!」周囲から歓声が沸き上がる。
ゲホッゲホッと咳こむ、幸三。

「ウ、ウミガメの産卵みたい…」

幸三の顔色が徐々に良くなる。

「ミラクルッ!」
思わずガッツポーズを取る、竜二。
入口の方から河村主任の驚く声が聞こえる。

「まぁっ!」

慌てて幸三に駆け寄り、抱きかかえる河村。
「まぁ!吉村さん、大丈夫ですかっ!」

「…むにゃむにゃ…」口をパクパクさせる、幸三。

「主任!幸三さんが、餅を喉に詰まらせて、何度もタッピングしたんですけど、ダメで…」

「そうだったの…ごめんね、私が居なかったばかりに…」

「いえ、私がちゃんと出来なかったから、迷惑をかけてしまって…本当にごめんなさい!」

あかね、河村に深くお辞儀をする。

「あなたはまだ、新人だから仕方ないわ…
それにしても…(徐々に般若の顔つきになり)
いくらなんでも、やりすぎっ!」

じんと竜二、冷や汗をかく。

「結果、助かったから良かったものの、
あんな無茶な事して、死んでたらどうするのっ!」

涙ぐむ、河村。
じんと竜二、しょんぼり肩を落とす。
「それから、愛田さん!」

「はいっ!」

「タッピングの研修、今度ちゃんと、
しますからねっ!」

「分かりましたっ!」

「全く…」

河村、竜二とじんに詰め寄り、
「あなた達もよ!」

竜二とじん、ばつの悪そうな顔をする。

幸三さん、大ピンチ!!

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