呟国とやらに入って間もなく、強風に襲われた。
「香穂さんしっかり」
マキノさんの助言を最後まできくことなく私は春雷君と共に大きな狐の背から落っこちってしまい深い深い霧の中にのまれていった。
すると突然春雷君が金色に光り出し、私を柔らかな風で包み込んでゆっくりと降下していく。いつかの鬼との戦いで春雷君が光り出したことを思い出した。
地面に無事に着地すると光はおさまり私は春雷君の手をぎゅっと繋いで周りをきょろきょろする。
ここから動かないほうがいいわよね。マキノさんがきっと探しに来てくれる。
春雷君が私にしがみつくようにくっついてきた。視線の先を見つめるとなにか光が見える。
私は春雷君と木陰に隠れた。
光はだんだん近づいてきてやがて提灯だとわかり人影が二人見えた。このまま通り過ぎることを祈ってたら二人共止まってイチャつきはじめた。
こんなところでイチャつかないでよ!子供が見てるんですからね!
木陰からそーっと覗いて見ると……蓮夜さん!?あれ、でも髪が少し長い。それに顔つきもどことなく違うような。
いつもなら春雷君が蓮夜さんの姿を見ると、とうちゃん!って飛んでいくのに今はじっと黙ったままだ。
すると蓮夜さんらしき人と女狐さんが突然接吻した。
ぎゃーーー!っと叫びそうになるのをなんとかこらえて春雷君の視界を手で塞いだ。
二人が遠のいていったことを確認するとやっとまともに呼吸ができてどっと疲れた。
なんだったの今のは……。
落ち着きを取り戻していると「かあちゃん?」と春雷君が呟いた。
春雷君の視線の方を見るとそこには春紅さんがいた。目の前には先ほどの蓮夜さんらしき人。
「おい、もっとよく見せろ。怪我をしてるではないか」
「大丈夫です。触らないでください」
「恥じることはない。俺は女の体など腐るほど見てるからな」
――春紅様が修行に行く途中、怪我をされて妖怪に襲われそうになったところを蓮夜様に助けていただいて。それで二人は恋に落ち……
ここに来る途中、マキノさんが言ってたことを思い出した。
これは蓮夜さんの過去?ここってそういう森?それにしても蓮夜さんチャラいなあ。
すーっと蓮夜さんと春紅さんが消えてまた別の二人が現れた。
蓮夜さんの表情がどことなく柔らいだように見えた。
――春紅様と過ごしてるうちに本来の自分を取り戻していったのかもね。
いつかの咲さんの言葉が思い起こされて胸がズキリと痛んだ。
人伝にきくよりこうして目の当たりにするとなかなかにきつい。
またすーっと消えて別の二人が現れる。
時が経った二人を見せられているのだろうか。
4度目に見た蓮夜さんは私と出会った頃と同じ表情をしていた。その優しい眼差しは春紅さんだけに向けられている。
「とうちゃん、かあちゃん」春雷君が泣きそうな声で呟く。
ほんとは家族3人で暮らしたいよね。でも春紅さんはもう戻ってこない。
蓮夜さんは今でも春紅さんのことを想ってるのだろうか。私はこのまま蓮夜さんと春雷君と一緒に暮らしてていいのだろうか。
想い人の過去をダイジェストに見せられて胸が苦しくてたまらなかった。
「香穂さん!春雷様!」
マキノさんが血相変えて駆けつけてきた。
「お怪我はありませんか?大丈夫ですか?」
「マキノさん、自分の気持ちを伝えてと言ってくれましたが」涙が止まらなくてその先が言えない。
マキノさんは私の背中に手をあてて穏やかな声で言った。
「一度、渋然様のところへ行きましょう」