空気がおいしい。小川の流れる音が心地よくて落ち着く。
「こちらです」マキノさんが私を建物の中へと案内する。部屋の中に入るとそこには老人がいた。
「渋然様、少し休ませていただきたいのですが」
老人は椅子から立ち上がるとこちらに近寄ってきた。
「マキノか。それと白狐の小僧、で、人間の娘か」
「突然連れてきしまいすみません。あの霧の中で少々滅入ってしまい」
渋然様と呼ばれたその老人は私の額に手をあてて「あの霧は迷い込んだ者の最も強く想っている相手の過去を見せる。見たくもない過去をな」
ほんと、見たくなかったな。
渋然さんが額から手を離すと心なしか視界が澄んできてようやく話す気力が沸いてきた。
「ありがとうございます」
「うむ、名はなんといったかな」
「申し遅れました、香穂と申します」
「好きなだけ休んでいきなさい」
渋然さんはそう言うと椅子に戻っていった。
マキノさんが、外へ、と私と春雷君を連れ出す。
小川のそばで3人座った。
「マキノさん、はやく蓮夜さんたちのところへ行かないと」
「焦らないで。今蓮夜様に会ったらなにを伝えますか?」
マキノさんの問いに私を息を呑んだ。
今会ったら……今会っても……どうすればいいのかわからない。
俯く私にマキノさんは「気持ちが落ち着くまでここにいましょう」と穏やかな声で言った。
「あの、ここはなんなんですか?さっきのおじいさんは誰なんですか?」
「ここは罪を犯した者が更生する場所です。先ほどの渋然様はここの番人をされております」
「こんな開放的な場所で罪人を?」
「ここでは妖力は使えないのです。リクさんはここに100年いたんですよ」
「ひゃっ100年!?」
ええ、とマキノさんは答えると小川の先を見つめて「この先に海があるのですが、リクさんはよくそこで釣りをしておりました」
リクさんの話をするマキノさんの声はとても穏やかで優しい表情をしていた。
100年以上もの長い間、マキノさんとリクさんは想い合ってきたんだ。
……罪……そういえば前に蓮夜さんが、
――前に言ってたよ。春紅からあの店を任されて、ここを守ることで、お前たち親子を手助けすることで自分の過去の罪がチャラにできたらなって
リクさん、ここで100年罪を償って、蓮夜さんと春雷君をいつも気にかけて私のことまで……。
そんな優しい姿がきっと本来のリクさんなのかもしれない。マキノさんに出会って自分を取り戻したんだ。
「落ち着いたかの?」渋然さんが来た。
「白狐の小僧、元気であったか?」
「元気であった!」春雷君が無邪気に答える。
渋然さんは春雷君の頭にぽんと手をのせると「もうそろそろじゃな」と意味深なことを呟いた。
「渋然様、咲さんと宗冥、それから」
「わかっておる。安心せい」渋然さんはマキノさんの言うことを待たずして言った。
「感謝します」マキノさんが頭を下げる。
「人間の娘、香穂といったか。顔色が良くなったな」
「おかげさまで、休ませていただきありがとうございました」渋然さんに頭を下げた。
「マキノさん、私、蓮夜さんに伝えることが決まりました」
「もう迷いはありませんね」
「はい!」
マキノさんは大きな狐を出す。出発の時だ。
マキノさんに呼応して大きな狐が空高く飛ぶ。渋然の姿がだんだん遠くなった。
蓮夜さんに今一番伝えたいことを伝える。