「たまにはあっちの空気吸いたいの~」と言い、もののけ界に行くため蓮夜さんの部屋に来る咲さん。
たまにはって言うけどしょっちゅうじゃない?今週はもう3度目。
「じゃあ行ってきま~す」と壁の中に入っていった咲さんの後をこっそり追う奏さん。
「ちょっと尾行してみる」
でもすぐ戻ってきちゃった。
「バレた」
ありゃりゃ。
「じゃあ私が」
「香穂は蓮夜に行くなって言われてなかったっけ?そうきいてるけど」
うぐぐ、そうでした。
するとそばでじーっと見てた春雷君が突然壁の中に入っていった。
「え、ちょ!春雷君!?」
奏さんに留守番をお願いして私も入っていった。
「春雷君ちょっと待って」
森の中を走っていく春雷君。この方向はリクさんのお店がある方だ。
すると店の中からリクさんの出てくる姿が見えた。
リクさんがこちらに気づき「おっ、春坊じゃねえか。どうした?」
「咲いないかなって」
「咲?ここには来てないぞ」
「はぁはぁ」やっと追いついた。
「香穂、お前蓮夜に出禁にされたんじゃ」
「出禁って。でもまあそんなかんじですよね。このこと蓮夜さんは黙っててください」
リクさんはわかったわかったと言い、私と春雷君を森まで送ると言ってくれた。
道すがら、最近咲さんがもののけ界に行ってることをリクさんに話した。
「蓮夜はなんて言ってる?」
「あいつは気分屋なところがあるから気にすることないだろうって」
「気分屋か、確かに。案外、香穂のためにサプライズでも計画してたりしてな」
リクさんが顔をくしゃっとさせて笑う。
と、その時春雷君の耳がピクピク動いて「あっち」と指差した。
私とリクさんはしゃがみこんで春雷君の指差す方向を見る。
するとなにもないところから青白い渦が現れ、中から咲さんが出てきた。
私たちはさらに伏せてその場に身を潜める。
そして咲さんは、はるの荘につづいている木の中へと入っていった。
「リリリリリクさん、今のって咲さんですよね」
「落ち着け」
冷静な声色で言うリクさんだけど先ほどの笑顔はまったく消えて険しい面持ちになっていた。
「咲に問い質す」そう言い、リクさんははるの荘に向かった。
「ただいま戻りました」
「おかえり」
そこには腕組みして待ちかまえていた蓮夜さんの姿が。
こんな日に限って帰ってくるの早いんだから。
「もう行ってはだめだと言ったよな」
「ごめんなさい」
「悪い蓮夜、その話は後にしてくれないか」リクさんが割って入る。
「咲、話がある。奏も」蓮夜さんの後ろにいた咲さんと奏さんを見やる。
「お前さっき、あっちで青白い渦を出していたな。あれはなんだ?」
リクさんの問いに途端に顔色が変わった咲さん。目を逸らして俯いた。
「奏、その顔だと知らなかったみたいだな」そばにいた奏さんの驚いた表情を見てリクさんが言う。
「咲、一体どういう」
奏さんの言葉を最後まできくことなくものすごい速さでみんなを振り切って壁の中に入っていく咲さん。
すかさずリクさんが追いかける。
残されたのは私、蓮夜さん、春雷君、奏さん。
「本当に知らなかったんだ。前に、願いが叶う実を食べたことはきいたことがあるが、まさかその実であその力を得たんじゃ」重い空気の中で口を開いたのは奏さんだった。頭を抱えてその場に座り込む。
「なにがあったんだ」と蓮夜さんが私を見る。
「さっきもののけ界で、咲さんが青白い渦の中から出てくる姿を見たんです。あれってマキノさんも使える力ですよね」
蓮夜さんが目を大きく見開いて驚く。
「今の今まで隠し通してきて、で、逃げた、か」
「咲は俺たちを裏切るなんてことは絶対しない!」蓮夜さんの不審な物言いに強く反発する奏さん。
「すまん。俺も咲がそんなことするような奴とは思ってない」
とても夕食を食べるという雰囲気ではなく、私は黙ってるしかなかった。
しばらく沈黙がつづいていると、リクさんが戻ってきた。
「見失ったばかりかえらいことになった」少々青ざめたリクさん。
「黒狐と蛇女が脱獄した」
それまでの平穏な日常から一気に様変わりして、もう咲さんは戻ってこないような気がしてすごく怖かった。