次の日。
自分の部屋で起きあがった徹を襲ったのは、これまで経験したことの無い、頭痛。
「二日酔いね」
唸り声をあげながら居間に顔を出した徹に微笑む姉の姿が、昨日の居酒屋での光景と同じようにぼんやりと霞んで見える。
「今日は土曜日だから、水としじみ汁を飲んで寝てれば良いわ」
よろよろとテーブルの前に座った徹の前に置かれた、湯気の立つ汁茶碗を透かすようにして、それを用意してくれた姉の小さな手を見つめる。カクテルのことを際限なく話してくれた女性――後で、意外に面倒見の良い植村から『斉藤千夏』という名の人だと教えてもらった――の細く光る指も綺麗だったと、正直に思う。だが、飾り気の無い姉の指の方が、徹には好ましく思える。しじみ汁をすすり、昨日のことを茶化す青木からのメッセージを携帯端末から読み取りながら、徹は小さく呻いた。千夏という名の、あの細くしなやかな手の女子と付き合うのも、悪くないかもしれない。でも、それでも。頭の痛みが増した気がして、徹は今度は大きく呻いた。
その時。携帯端末に届いていたもう一つのメッセージに、ようやく気付く。徹と姉の梓を自分の両親に預け、自分は世界を飛び回っている父からだ。仕事が一段落したのでそのうち帰る。帰ってくるのかどうか分かりかねるメッセージに、徹は思わず口の端を上げた。
と。
「徹」
小さく沈んだ、姉の声が、徹の耳を強く叩く。
「父さんが帰ってくる前に、逢ってほしい人がいるんだけど」
ああ。頭の痛みが、全身を駆け巡る。徹がいくら愛おしく思っていても、姉は、あくまで姉。いつかは。
小刻みに震えて見える姉の小さな手に、自分の心を、何とかして偽る。
「良いよ」
ようやく絞り出した声は、姉にはどう聞こえただろうか? そのことを確認する余裕は、徹にはなかった。