「お嬢、悪かったね。
あの人、しつこかったでしょう?」
「あの人?」
「そう。
あの人、僕の母親なんだ」
「青田のお母さん!?」
「……と、言っても、もう何年も会っていないから、母親とも呼べないよ」
「……でも、良かったの?
青田を探しに来ていたんじゃないの?」
「いいんだよ。
僕の顔を見た時、眉ひとつ変えなかったでしょ。
僕が誰かすら気付かなかった。
そういう人なんだよ。あの人は」
「『すずね』って……」
「ああ、僕の名前。
鈴の音と書いて『すずね』って言うんだよ」
「綺麗な名前ですね……」
「僕は自分の名前なんて嫌いだよ。
それよりお嬢、そろそろ芋を焼こうか」
「……うん」
かき集めた落ち葉を山にして、水に濡らした新聞紙とアルミホイルでサツマイモを包み、落ち葉の山の中に入れて焼き始める。
青田とはこの作業を何度もしているから慣れたものだ。
「お嬢、さっきはありがとう」
「え……?
私、何もしていませんよ?
逆に、名前を聞き間違えてしまって、青田のお母さんを怒らせてしまったかもしれません」
「いや。
お嬢が傍にいてくれたから。
もしあの時、お嬢が傍にいなかったら……」
「……」
「いなかったら、僕は母親に酷い事を言っていたかもしれない」
「……良かったのですか?」
「ん?」
「何も話さなくて」
「今さら話すことなんて、何もないよ。
僕は母親に捨てられたからね」
青田はポツリポツリと自分の過去を話し始めた。
青田は『必ず迎えに来るから』と、母親に施設に預けられて、来る日も来る日も母親を待っていたけれど、結局、今日の今日まで顔を見せることはなかった、と。
「何で今さら……」
「……私も、もし、父さんや母さんが、今迎えに来たら『何でこんなに時間が掛かったの?』って、聞いてしまうかもしれません。『ずっと待ってたんだよ』って。
楽しかったことの話より先に、寂しかったことや辛かったことの話をしてしまいます」
だけど私は永遠に言えない。
父さんと母さんは、ここにはいないから。
「お嬢……」
「だから、青田のお母さんに、言いたいことを言ってみるのも構わないと思います」
「お嬢、ごめん」
青田が私の頭を、そっと撫でた。
「今度、またこの屋敷に来たら聞いてみるよ。
『何で俺を捨てたの』って、『何で今さら会いに来たの』って」
「うん……」
「さあ、そろそろ芋が焼けた頃だよ。
皆を呼んで、一緒に食べよう」
「うん」