放課後になって、黒川がいつもの駐車場で待っていた。
「お嬢。もう少ししたら青田君が迎えに来るから、今日は青田君の車で帰ってくれ」
「いいですけど……。
黒川、どうして?
……!
もしかして、また学長室に呼び出されているのですか?」
「いや、違う。
ただ、今日あった出来事を、白石君が学園長に報告するだけだ」
「じゃあ、違わないじゃないですか。
青田と同じように、白石まで……」
「青田君が言っていただろう?
『僕達は、何も悪いことをしていない』って。
お嬢は何もしていない。
だから、堂々としていたらいい」
「青田は何もしていない。
だけど、青田は学校を辞めさせられた。
悪い事をしていなくても、辞めなければならないなんて。
そんなの絶対……」
「お嬢。この話は屋敷に帰ってからにしよう」
黒川が私の言葉を遮った。
こんな事は初めてだ。
いつもなら、私が納得するまで話を聞いてくれた黒川が。
「お嬢。お待たせ」
青田が迎えに来たのを見て、黒川が走り去った。
私は黙って青田の車に乗った。
「…………」
青田がカーラジオを掛けていたので、車内にニュースが流れていた。
青田とは、ずっとギクシャクしたままだ。
折角、二人きりになったのだから、何か話をして、この場を和まさなければ……。
「…………」
何を話せばいい?
こんな時に限って、緊張して何も話せなくなる。
「ねぇ、お嬢。
久しぶりにゲームをしよう」
突然、青田が声を掛けてきたので、びっくりした。
「ゲーム?」
「そうそう。
昔、よくしていたゲーム、覚えてないかな?
お嬢と僕で、今日1日で嬉しかった事と悲しかった事を1つずつ発表し合うの」
「あー」
私が黙ってしまうと勝手に始まる青田のゲーム。
「まずは僕からね?
嬉しかったことは、隣の二階堂さんが旅行土産に饅頭を持ってきてくれたこと。
皆が帰ってきたら、一緒にお茶しようよ」
「あー。
そうですね……」
今の状況で、皆と一緒にお茶する気分にならないけれど……。
「悲しかったことは……。
久しぶりに僕一人で屋敷にいたことかな?
この屋敷にいるとね、色んな音が聞こえるんだよ。
2階の足音や、赤井君のエレキギターの練習音、お嬢が廊下を駆け抜ける音、黒川君がお嬢を探す声……。
今日は、2階のバルコニーにずっといたんだけどね。
風の音しかしなくて、小鳥のさえずりしか聞こえてこなくて。
悲しい……、というより、寂しかったかな」
「青田……」
「さて。次はお嬢の番だよ」
「私は……」
バックミラー越しに青田の笑顔が見えた。
「私は……。
もう、黒川から聞いているかもしれませんが、今日は、白石と私が一緒にいるところの写真を教室に貼られていて……」
「うん。
知っている。
……それで、嬉しかったことは?」
「嬉しかったこと……。
白石が……。
白石が、青田と私のために怒っていた事でしょうか。
白石、いつも『家族じゃありませんから』とか『俺には関係ありませんから』と、言って、他人に無関心なのに」
「フフ……」
「……?」
「僕たちの答えは同じだったね」
「同じ?」
「皆が傍にいるから嬉しくて。
皆が傍にいないと、寂しくて悲しい」
「……うん」
スカートの上にボタボタと涙がこぼれ落ちた。
駄目だ。
また白石に怒られてしまう。
「お嬢。
『人の心』は複雑だけど、今の僕たちは案外単純に似ているのかもしれないね」
「……うん」
「皆が帰ってきたら、お茶にしよう?
ね?」
「……うん」