はるの荘。

 松本君との話が終わり、蓮夜さんもちょうどバイトが終わったので一緒に帰ってきた。

「リク、春雷が言ってたんだが、この水晶玉から、はやく行かなければって聞こえたそうだ」
「そういえばこの水晶玉には番がいるって言ってたな。その番のところへ行きたがってるのか」
「行きたがってるといってもどこにいるのやら」

 その時春雷君の耳がぴくりと動いた。
「とーちゃん!この水晶玉、水神様って言ってる!」

「まさか番って水神様のことか!?」
 リクさんが驚いて思わず立ち上がった。

『私をはやく水神様のところへ!』

 今度は私や蓮夜さん、リクさんにもはっきり聞こえた。女性の声だ。

「そうとわかれば行くぞ!」
「ああ。香歩、俺たちはもののけ界へ行ってくる。春雷を頼む」

「え、私も」
「だめだ」
 蓮夜さんの顔が怖い。

「わかりました。くれぐれも気をつけて」

 私と春雷君は留守番をすることに。
 蓮夜さんとリクさんは壁をくぐってもののけ界に行った。

 大丈夫だよね。

 これで無事解決する、かに思えた。

 プルルルルル 私のスマホの呼び出し音が鳴った。
 松本君からだ。

「あ、藍原さん、あの水晶玉の番についてなんだけど、さっき祖父の部屋を片付けてた祖母から電話があって、番の水晶玉を見つけたそうなんだ」

 え……

「松本君、その番の水晶玉持ってこれる?……うん、じゃああそこのコンビニで!今行く!」

 私は春雷君をおじさんにあずけてコンビニに急いで走っていった。

 松本君から水晶玉を受け取りはるの荘へ戻る。
 そして蓮夜さんの部屋の壁をくぐってもののけ界へ向かった。

 って勢いで来ちゃったけど水神様がいる場所ってどこよ。
 ええい、困ったときはあそこよ!

 私が向かった先はリクさんの店だった。
 当然誰もいない。
 店の前を歩いてるもののけに聞き込みをすることにした。

「あのう」
「ん?なんだおまえ、見ない顔だな」
 私が声をかけたのは小さなうさぎのもののけだった。

「水神様のところへ行きたいのですが」
「水神様ぁ?」と怪訝な顔をするうさぎ。

 そんな怖い顔しないでよ。

「おまえ、なんか怪しいな」
 するとうさぎは私に近づきくんくん匂いを嗅ぎはじめた。

 やばっ 人間だってバレちゃいけないんだった。

「他あたりますー」
 その場から離れようと背を向けると「待て!」と言われ背筋が凍る。

「どうかしましたか?」
 ん?この声は!

「これはこれはマキノ様、こやつめが水神様のことを訪ねるのでどうも怪しくて」
「あら、香穂さんじゃありませんか。この方は怪しくありませんよ。私の大切な友人です」
「そうでありましたか。これは失礼」
 うさぎは一礼するとその場を去っていった。

 マキノさんって何者なの?前にはるの荘から壁に手をあててもののけ界に通じる道をひらいてたよね。あれって特別な力よね。

 って今はそんなこと考えてる場合じゃない!

「マキノさん!」
 私はマキノさんにこれまでのいきさつを話して水神様のところへ連れてってもらうことにした。

「香穂さん、これに乗ってください」
「え?」
 マキノさんは手のひらから小さな狐を出した。
 狐はみるみる大きくなり、私とマキノさんを背に乗せると空を飛んだ。

「しっかりつかまっててくださいね」
「はいー!」

 はるか森の奥まで行く。
 森といえば思い出す……蛇女に暗示をかけられて水神様のところに行こうとしたっけ。
 ほんとは大蛇に私を食べさせる狙いだったって後でリクさんから聞いたな。

 少々嫌なことを思い出してるうちに蓮夜さんとリクさんの姿が見えた。
「蓮夜さん!リクさん!」
 私の声に気づいて上を見上げる二人。
 でもなんだか様子がおかしい。

 狐から下りると狐はみるみる小さくなりマキノさんの手のひらで消えた。

『もう待ちきれない 狐と土蜘蛛を生贄として捧げる』
 リクさんが持ってた真っ白な水晶玉から声が聞こえた。

「待って!あなたは誰なの?なんの目的があってこんなこと」
『人間の娘、お前さえいなければ、すべてうまくいくはずだったのに』

 すると私が持ってた水晶玉から声が聞こえた。
 木箱を開けると淡い群青色の水晶玉だった。
『九羅!やめるんだ!』男性の声だ。

『伯李!生きてるのかい!?』
『ああ、でももう長くない。こんなことをしてももう生き長らえることはできないのだ。やめるんだ』
『あの方が約束してくださったのだ。水神様に生贄を捧げたら私たちを助けてくれると』
『騙されてるのだ。目を覚ませ』

「あのう、これはどういう」
『私は伯李。元は人間だ。そしてあの真っ白な水晶玉が九羅、妖怪だ』
「九羅って九羅姫のことですか?伝説上の神って聞きましたけど」
『それは人間共が勝手に作り上げた話だ。自分たちの過ちを隠すために』

 それは遥か遠い昔、妖怪に恋をした一人の人間の男がいた。名を伯李。
 九羅という妖怪を妻に娶って幸せに暮らしていたが、ある日集落の家々が次々と火事になり、村人たちは真っ先に妖怪の九羅を疑った。
 村人総出で九羅を捕まえ、それを守ろうとする伯李も巫女の手によって水晶玉に閉じ込められてしまった。
 時が経ち、九羅の妖力のおかげで生き長らえてきた伯李だが、九羅の妖力が弱まってきたせいで伯李は明日生きられるかもわからない状態に。
 そこで九羅はわずかに残った妖力を振り絞って念を込めた。その大きな念はもののけ界へと届き、白虎を憎んでやまない鬼に引き寄せられ鬼の封印を解きあの事件が起きてしまった。

『あの役立たずの鬼と蛇女め。私怨で目先のことしか見えずおかげで計画が台無しだ。しかしこの水晶玉の持ち主が死んだおかげでこうして水神様のところへ来られた』
 九羅が蓮夜さんとリクさんを操り二人を滝の中へと入り込ませようとする。

『やめるんだ九羅!お前は騙されてるのだ!』

 するとマキノさんがリクさんのそばに駆け寄った。
 バチン!
 リクさんの頬を勢いよく叩くマキノさん。
「目を覚ましてください!」

 叩かれたリクさんは我に返った。
「さあ香穂さんも」

 えー!叩くの!?
 蓮夜さんの目の前に立つ。蓮夜さんは虚ろな目をしてまるで今までのことをぜんぶ忘れてしまったという雰囲気がある。
 お願い、目を覚まして!と願いながら蓮夜さんの頬を叩いた。

「香穂?」
「蓮夜さん、よかった」涙が溢れそうになった。
 好きな人が目の前で自分のことを忘れてしまう怖さを知った。

「この者の妖力は弱まっております。ひとまずこの御札で包んで持ち帰ります」と言い御札を出すマキノさん。

「いいですね?」と伯李に言うと『そうしてくれ』と伯李は穏やかな声で言った。

 九羅にはもう妖力はなく抵抗できずおとなしく伯李と共に御札に包まれた。

「マキノ、面倒をかけた」
 左頬を真っ赤に腫らしたリクさんが謝る。

「いえ。帰ったらこの者たちの尋問お願いしますね」
「ああ、わかった」

「蓮夜さん、痛かったですよね。ごめんなさい」
 蓮夜さんも左頬が真っ赤だ。

「いや、香穂がこうしてくれなかったら洗脳されたままだった。助かった、ありがとう」

 その後、私と蓮夜さんはリクさんとマキノさんに送ってもらいはるの荘へ無事に帰った。

15話 緊急事態! もののけ界へ

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