微かに聞こえる滝の音……。
水神様にお願いすればもののけに。
ずっと蓮夜さんと一緒に。
私の頭の中はもうそのことでいっぱいだった。
その時、目の前に紫色の火の玉が現れた。そして。
『香穂 香穂』
いつか聞いた凛とした声。
聞いてるだけで心が洗われるような。
美しい声が私の頭の中に響いた。
火の玉を気にせず私の足は先へ進む。
一刻も早く水神様のところへ行かねばと急いでいた。
『香穂、そっちへ行ってはだめ』
止まって』
『止まりなさい!』
はっと我に返った私は立ち止まって辺りを見渡した。
「春紅さん?春紅さんなんですか?」
『ええ。香穂、よくお聞きなさい。あなたは蛇女と鬼に仕組まれてここに送られてきました』
「え!?私を狙って!?」
『おそらく蓮夜とあなたを引き離したかったのでしょう。本当の狙いは春雷です』
「じゃあはやくはるの荘へ戻らなくちゃ!」
『いえ、おそらくもうこちらにいるでしょう。私の推測が正しければ私の父、翠工のところへ行ってるはずです』
「今すぐそこへ!」
私は紫色の火の玉をした春紅さんの後を追って走った。
翠工さんのところへ近づいてくると春紅さんは止まった。
そして。
『私は修行の身。家族はもちろん蓮夜にも春雷にも会うことは許されません。どうかこれを蓮夜に』
すると火の玉から一本の刀が出てきた。
朱色の柄はまるで春紅さんの瞳の美しさを表すような綺麗な色。鞘は朱色に金粉が散りばめられていた。
持ってみると。
重っ。刀ってこんなに重いんだ。
『どうかこれで鬼を封印、そして我が師、空狐を助けてと、蓮夜に伝えてください』
「わかりました」
先へ急ごうとしたけど春紅さんのほうを振り向き「他に、二人になにか伝えたいことはありますか?」と、聞いた。
『どうか生きて、と』
「必ず伝えます!」
入口を開けると大きな広場に翠工さん、蓮夜さん、春雷君、マキノさんが蛇女と対峙していた。
翠工さんたちの後ろには傷だらけのリクさんが!
蛇女が私に気づいて
「あら、生きてたの。残念」と、冷ややかな目で私を見て近づいてきた。
「香穂!こっちに来てはだめだ!」蓮夜さんが叫ぶ。
それを聞いた蛇女の片眉がぴくりと動き。
「ああ、鬱陶しい鬱陶しい」
蛇女がシャアッと長い舌を出して私に襲いかかってきた。
その時。
蛇女の後ろから黒いものが数本絡みついた。蜘蛛の足のように見えた。
「驚かせちまって悪いな」とリクさん。
するとリクさんは私が持ってた刀を見て、行け、と目配せした。
私は蓮夜さんのところへ走っていく。
と、その時リクさんになにかを話す蛇女の声が耳に入った。
「あんた、ずいぶんおとなしくなったじゃないの。昔は平気で酷いことしてたくせに。善人ぶっちゃって」
私はなにも言わず蛇女を睨むリクさんの横を通り過ぎた。
「蓮夜さん、これ春紅さんからです。これで鬼を封印して空狐様を助けてと言ってました。それから」
私は刀を蓮夜さんの手にしっかり渡して「どうか生きて、と」
蓮夜さんは目を見開き涙をこらえて「ああ」と言った。
その時。
「全員そろってるじゃねぇか」
黒い渦を巻いた煙が空から来た。どんどん人の形になって、頭に生えた角を見て私はこいつが鬼だとわかった。
「香穂さん、お怪我はありませんか」マキノさんが心配そうな顔で話しかけてくる。
「大丈夫です。マキノさんもみなさんも無事でよかった。あの、春紅さんか聞いたんですけど、鬼の狙いは春雷君だと」
「ええ、春雷様はもうすぐ300歳を迎えます。そして妖力が急激に増すのです。鬼はそれを狙って春雷君を喰らおうと。そして私たちのことも」
ゾクリと背中が凍るような感覚がした。
そんなこと絶対、絶対!
でも私にはどうすることもできない。
すべては蓮夜さんの手にかかっている。
鬼が、蛇女を取り押さえているリクさんの胴体をつかもうとしたその時。
蓮夜さんが一瞬にして鬼の元へ移動して刀を突きつける。
「リクから離れろ」蓮夜さんが鬼を鋭い目つきで睨みつけた。
鬼は蓮さんが握ってる刀を見て「その妖刀を見ていると300年前のことを思い出す」とこぼした。
「土蜘蛛を喰らうつもりはない。まずはお前からだ、野狐!」
蓮夜さんと鬼の戦いが始まった。