「遅い」
「遅いのか?」
はるの荘で蓮夜とリクがキッチンで話していた。
時刻は夜7時。
「残業なら恭蔵さんを通して連絡がくるはずなんだが」
蓮夜の横で春雷の耳がピクリと動いた。
ひょこひょこと香穂の部屋に入っていく。
「こら春雷、だめだぞ勝手に入っちゃ」
春雷は香穂の部屋の窓を開けて空の向こうを見て
「とーちゃん、なにか来る」
すると蓮夜もなにかを感じ取って春雷を抱き寄せた。
キッチンから来たリクも来て。
「おい、この妖力」
「ああ」
俺やリクよりも春雷が先に感じ取った……この子の力が目覚めるのももうすぐかもしれないな
と、思いながら春雷を見る蓮夜。
3人が感じ取った妖力がだんだんはるの荘に近づいてきて黒い煙が渦を巻いたような形を成して部屋に入ってきた。
黒い煙はみるみるうちに人の形になっていく。
黒い短髪に褐色肌。漆黒の衣を身にまとい頭には黒い角が。
鬼の妖怪だ。
「久しぶりだな、リク」
「亜我奴」
「あ?亜我奴様だろ」
「もうてめえの下僕でもなんでもねぇよ!」
「狐にそそのかされて口のきき方が悪くなったか。躾ないとな」
「だからもうてめえの言いなりじゃねえんだよ!蓮夜、春雷を連れてあっちへ避難しろ。翠工様のところへ行くんだ」
リクのその言葉を聞いた亜我奴の口角がにっと上がった。
蓮夜と春雷は自室の部屋の壁をくぐりもののけ界へ向かう。
二人のそれを見届けたリクは
「で、目的はなんだ、鬼さんよ」
「目的なら今目の前で果たした」と、亜我奴はほくそ笑む。
「まさか!」
リクが蓮夜たちを追ってもののけ界へ行こうとしたとき
「くっ」
亜我奴の右手がリクの首を絞めた。
「口の悪い土蜘蛛はこっちだ。たっぷり仕置きしてやる」
そう言うと左手をかざして黒い渦を出し、中へリクを連れ込もうとした。
リクは苦し紛れに「てめえ、その力どこで」
「空狐を喰らったのだ。そばにいた女狐も喰らいたかったのだがうまく逃げられてしまってな」
「春紅様のことか」
「そんな名だったか。女の名などいちいち覚えとらん。女といえばあの蛇女、あれは実によく働く。少し暗示をかけたら言う通りに人間の男を誑かして水晶珠を盗ませようとした」
てめえの仕業かよ。相変わらず外道な奴め。
リクは苦しくてもう声が出ない。
さらに亜我奴はつづける。
「その蛇女が昔惚れた男狐に振り向いてもらえなかった腹いせに人間の娘を誑かしたそうな」
香穂のことか!
リクは亜我奴を睨みつけた。
「うまく手引きして俺があっちに送ってやった。今頃は大蛇に食われてるかもな」
亜我奴は睨むリクの威嚇をものともせず黒い渦へ共にくぐった。