森の中を歩くことしばらく……。
町に出たみたい。
えっと、青い屋根のなんでも屋さん……目印は貝の瓶詰めオブジェ……。
蓮夜さんによると、いつもなんでも屋さんのリクさんから薬をもらってるとのこと。
あれかな。
看板は無く、入口の横の窓から貝の瓶詰めオブジェが二つ見えた。
「おじゃまします……」
中に入ると眉間にシワを寄せた目つきの悪い男の人がいた。
真っ黒な短髪に青メッシュ、濃グレーの和装に黒い羽織ものを着ていた。
「あの、蓮夜さんの代わりに薬をもらいに来ました」
「ああ、あんたか、一緒に住んでるっていう人間。蓮夜はどうした」
「はい、ワケあって。蓮夜さんは熱があって寝込んでて」
「そうか」
そう言うとリクさんは奥の棚から木箱に入った薬を出して私にくれた。
「いつものように一ヶ月分だからな。無くなったらまた来るよう言っておけ」
「ありがとうございます。あの、私が蓮夜さんと一緒に住んでることご存知なんですね」
「春紅様から聞いている。この店も春紅様が作ってくださったんだ」
「へぇ……あの、子供のお客さんが多いんですか?おもちゃがいっぱいあるから」
「いや、客は滅多に来ない。ここは春坊、春雷のために作られたのだから」
春紅さんが春雷君のために作ったお店……。
「用が済んだならさっさと行け。そもそもここは人間が来るところではないんだ」
「は、はい」
店の外に出るとなんだか騒がしかった。
「見つかったか?」
「いや、うまく逃げやがった」
「まったく、迷惑な噂を流してくれたもんだ。祠に祀ってある水晶玉でもののけを人間にすることができるなんて」
え?もののけを人間に?
「お前たち、なにをしている」
もののけたちの話し声を聞きつけてリクさんが店から出てきた。
「リクさん、人間が一人侵入してきたそうで」ネズミのもののけが答える。
ギクッ。
「どんな奴だ」
「背の高い男です。見失ってしまって」
なんだ男の人か、ほっ。
と、そのとき叫び声がした。
「いたぞー!」
声がする方を見てみると勢いよく走ってくる人影が。
そして私の目の前を走り過ぎていった。
ん?今のは
松本君!?なんで松本君がここにいるの!?
「水晶玉は?」と、リクさん。
「祠にあります。間一髪のところで取られずに済みました」
「そうか」そう言うとリクさんは私を見て
「こっちに来い」店の中に連れ込もうとして「お前たちは人間を捕まえたら俺のところへ知らせろ」と、ネズミのもののけたちにそう言った。
店の中。
「あんたはすぐ帰るんだ」
「でもあの人、職場の同僚、友達なんです!見捨てられません!」
「それなら尚更だ。あんたも人間だとバレると厄介だ。この件は俺がなんとかする。あんたは今すぐ帰るんだ」
リクさんの強い物言いときつい目で見つめられて私は渋々帰ることにした。その前に。
「あの、さっき言ってた水晶玉でもののけを人間にできるって本当ですか?」
「そんなものあるわけないだろ。どこぞの妖怪が人間を誑かして水晶玉を取らせようとしたのだろう。祠には結界が張ってあって妖怪は絶対に破れないからな」
ないのか……。
さらにリクさんは続ける。
「欲に溺れて周りが見えなくなった奴は嘘でもそれにすがりつく」
リクさんのこの言葉をこの時は肝に銘じたはずだった。
そして私は元来た道をたどり、自分の部屋に帰った。
・
・
・
「ただいま」
「おお戻ったか」おじさんが心配そうな顔をしていた。
蓮夜さんと春雷君に薬を飲ませてしばらく経つと熱が引いてきた。
その様子を見て安心したおじさんは、なにかあったら知らせろと言い自室に戻っていった。
松本君、大丈夫かな……。
リクさん、怖そうだったけど頼りになるかんじ。大丈夫だよね。
もののけを人間に、か……。
あの時一瞬でもその話に心動かされあわよくば蓮夜さんと春雷君を人間にしてこの先もずっと一緒に……なんて考えてしまった自分を殴りたくなる。
両手で頬をパチン!と叩いて気を取り直す。
「ん……」蓮夜さんが目を覚ました。
「大丈夫ですか、お腹空いてないですか、なにか食べられますか」
「そんなに一度に聞かれても」と、くすりと笑う蓮夜さん。
ああ、元気になってよかった。今はこうして笑って一緒にいられる時間を大切にしよう。
「香穂」
「はい」
「無事に帰ってきてくれてよかった」
蓮夜さんの微笑みにドキッとした。
その後間もなく春雷君も起きて、お腹が空いたと言うので、一応病み上がりだし消化のいいものをと思いその日は久しぶりにうどんを食べた。
夕飯を済ませて一息ついたら、もののけ界であった出来事を話した。
「職場の同僚があっちに?」
「はい、リクさんが言うには妖怪に誑かされたんだろうって。こっちでなんとかすると言ってました。あの、なにか酷いことされないですよね」
「心配しなくても大丈夫だよ。リクに任せておけば。目つきは悪いが頼り甲斐のある奴さ」
蓮夜さんの言葉を聞いて安心した。
そして次の日、松本君は無断欠勤。主任が電話をかけても出なかった。
私は一日も早く帰ってくることを願った。