蓮夜様のおそばにいたいなら
蓮夜様のおそばにいたいなら
蓮夜様のおそばにいたいなら
あ〜もう〜、マキノさんがあんなこと言うから意識しちゃうじゃない!
たしかにイケメンだけどさぁ。
てもでも、イケメンだからってそばにいたいとかどうとかはないんだからね。
朝、私は目玉焼きを作りながら、マキノさんの言葉を思い出し、一ヶ月経った今もうだうだ考えていた。
「香穂」
「はいー!」
蓮夜さんに声をかけられびっくり。
なに動揺してるのよ!平常心平常心。
「焦げるぞ」
「えっあっ」
慌てて火を止めて目玉焼きをお皿に移す。
「香穂が変わらずこの部屋にいてくれてよかった」
「えっ」
「マキノが向こうへ帰って部屋が空いただろ。そっちに移るかと思ったよ」
それって、私と一緒に住み続けたいってこと?
「こういう変わった同居生活もありかなぁって」
あははと笑い飛ばす。
「香穂と生活するようになってから春雷が明るくなってきたし。ごはんは美味いし」
そっちかい。
まぁそうようね。蓮夜さんにとって私は恋愛対象じゃ……。
ん?
恋愛って、なに考えてんのよ私は!
目玉焼きをパンにのせて急いで食べて逃げるように部屋を出た。
「いってきまーす」
歩きながら考える。
そもそも蓮夜さんは妖狐で私は人間。
たとえ好きになっても結ばれることはない。
いつかはこの同居生活が終わることだって……。
そう、翠工さんとも和解したし、あとは春雷君に関しての噂の出どころを突き止めて解決すれば二人はもののけ界に帰るんだから。
それまでの同居生活よ!
よし!と、踏ん切りをつけて私は蓮夜さんに対して芽生えた感情に蓋をした。
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お昼。
いつものように事務室の飲食スペースで松本君とごはんを食べる。
はぁ、と、ため息をつく松本君。
あら珍しい。いつも陽気な松本君がため息をつくなんて。
「なにかあった?」
「彼女とケンカしちゃって」
彼女いたんだ。
「ケンカは恋の更新っていうし」
当たり障りのないことを言ってみる。
「更新かぁ。この恋に先はあるのかなぁ」
「まるで報われない恋でもしてるみたいな言い方ね」
松本君はそれ以上なにも言わなかった。
松本君のこの恋が後々大事件につながるとは思ってもみなかった。
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「ただいまー」
「香穂、ちょい待ち」
「えっ憑いてます?」
蓮夜さんは翠工さんと和解してすぐ、力を戻してもらい除霊できるようになった。
除霊といっても大それたことをするわけでもなく、なんの危害も加えない霊であればこうして窓際で指一本で除けてくれる。
霊が空の彼方へ飛んでいくのを見届ける蓮夜さんの横顔に見惚れる。
はっと我に返り、いかんいかんとごはんの支度を手伝って気を紛らわせる。
でも気持ちに蓋をすればするほどモヤモヤは募るばかりで……。
それから数日経ったある日。
蓮夜さんと春雷君が突然熱を出した。
「おじさんどうしよう」
「落ち着け。たしかこのたんすに薬が」
恭蔵おじさんがたんすを開け、中から木箱を取り出すけど中には何も入ってなかった。
「薬、今切らしてて」と、蓮夜さんが苦しそうな声で言う。
「向こうにもらいに行かなかったのか」
「うっかり忘れてて」
「薬ってもののけ界にいつももらいに行くの?」
「ああ、定期的に蓮夜一人で行ってる。でもこの体じゃ今は行けないな」と、おじさん。
「人間用の薬じゃやっぱだめだよね」
「だめだな」
春雷君も苦しそう……なんとかしなきゃ。
「私行ってくる!」
「だめだ」蓮夜さんが起き上がる。
「寝てなきゃだめですよ」
「前回とはわけがちがうんだ。一人は危険だ」
「前回?」と聞いてくるおじさんに、205号室に住んでたマキノさんのことや一緒にもののけ界に行って翠工さんとの和解や春紅さんに会ったことを話した。
おじさんはマキノさんとは顔馴染みで、事情をきいて快く部屋を貸してしたのだそう。
「たまに来るあの、リクという男のところへもらいに行くんだろ?」と、おじさん。
「リク?」
「ああ、蓮夜の長い付き合いの友人だそうだ」
「人間だとバレなければいいんだが」と、蓮夜さん。
「じゃあバレないように気をつけます!」
根負けしたのか蓮夜さんは、くれぐれも気をつけるようにと言ってくれ送り出してくれた。
部屋の壁に手をあてる。
すると手が壁に入っていく。
ほんとにもののけ界とつながってるんだな……。
そして一気に壁の中に入り込んだ。
抜けた先は森の中だった。
振り返るとそこには大きな木が。
手をあてるとさっきと同じように手が入っていく。
蓮夜さんはいつもこうして行き来してるんだ……。
蓮夜さんに教えてもらった通りの道を走った。