土曜日。
今日はもののけ界へ行く日。
マキノさんの部屋から直接春紅さんのところへ行けるそうなので部屋を移動。
私に会いたいなんて……元旦那がどんな女と住んでるのか気になるのかしら。
別にやましいことなんてないわよ。
あっ、なにか手土産でも持ってったほうがいいかな。
そうこう考えてるうちにマキノさんがもののけ界への入口を開き、中をくぐる。
中を抜けるとそこは別世界!
まるで映画に出てくるような建物があった。
平安時代にでも出てきそうな赤を基調としたお城。
中から誰か出てきた。
「春紅様、連れてまいりました」マキノさんが頭を下げる。
この方が春紅さん……春雷君と同じ銀髪にボルドーの瞳。それになんて美しいんだろう。
「ご苦労。あなたが香穂さんね」
「藍原香穂と申します」
「香穂、ゆっくり休んでいってくださいね」
声も美しい……聞いてるだけで安心する。
春紅さんは蓮夜さんと春雷君と共に奥へと行った。
300年ぶりの親子水入らずの時間……楽しく過ごせるといいな。
蓮夜さん、春紅さんのお父さんとうまくやれるかな……。
私は、もののけ界に行くまでそのことを心配してた蓮夜さんのことを思い出しながら歩く背を見つめた。
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マキノさんが庭へと案内してくれてお茶をいただくことに。
「和解できるといいのですが」マキノさんはお茶を一口飲んでそう言う。
マキノさんも心配してるんだな……。
「蓮夜さんから聞いたんですけど、よく大反対してたお父さんが今回の面会許しましたね」
「春紅様が霧森の社へ行くことは話しましたよね。神使として主人に仕えるのですがゆくゆくは空狐になるために修行します」
「くうこ?」
「簡単に言えば狐の神様です。春紅様のお父様、翠工様は我が一族から空狐の後継者が出ることは名誉なことだとたいそう喜ばれました。しかし一度霧森の社にこもってしまうと二度と出ることは許されず修行に励まなければなりません。春紅様はその前に一度だけでも連夜様と春雷様に会いたいと懇願しました。春紅様の強い想いに心折れて今回の面会が叶ったというわけです」
最初で最後の家族の団欒……うぅっなんか泣きそう。
しばらく経った頃。
「かほー」
声がする方に目を向けるとそこには抱っこされて笑顔で両手を振る春雷君の姿が。
抱っこしてるのは春紅さんのお父さんだろうか。連夜さんと同い年くらいに見える若さ。
その後ろに蓮夜さんが。お父さんの翠工さんと春雷君を見て微笑んでる。
よかった、うまく仲直りできたみたい。
春紅さんの顔を見てみると、少しばかり目が腫れてるように見えた。
成長した我が子に会えて嬉しかったのだろう。
「香穂、こちらへ」
春紅さんが私を呼んだ。
「春紅様は香穂さんとぜひお話したいと言っておりました」と、マキノさん。
春紅さんに案内されて、バルコニーらしきところで椅子にかけ、外の景色を見ながら話をすることに。
「マキノから、人間の娘と一緒に住んでると知ったときは心配しました」
春紅さんが口をひらいた。
「お狐様と同居なんてそうそう、というか絶対ありえないですよね」はははと、笑う。
「どうして一緒に住むことに?」
「蓮夜さんから聞いてないですか?ある日真っ白な渦が現れて『ここをくぐれ』という声がして、くぐったら今の部屋にたどり着いたって」
私の話を聞いた春紅さんは大きく目を見開いて「それは本当か?」と、少々興奮気味に言った。
「はい、たしかにそう言ってました」
「そうかそうか、そうであったか」と、安堵した顔をする春紅さん。
もう一度私の顔を見て「香穂、蓮夜と春雷に出会ったのが其方でよかった」と、私の手を握った。
「それってどういう……」
「いずれわかることです」
なんだろう……気になるけど、春紅さんの笑顔を見てると心配するようなことではなさそうだから聞くのはやめた。
「あと、春雷君のことなのですが、300年経っても今のまま成長しないってやっぱ呪いかなにかのせいなんですか?」
「呪いで成長しないなどとは聞いたことがありません。蓮夜から話は聞いたが、誰かが噂を吹聴してるようにも思えました」
蓮夜さんと春雷君を陥れようとしてる誰かがこのもののけ界にいる……。
「その件については父上が調査するとのことです」
よかった。翠工さんは味方みたい。
その後も春紅さんといろいろ話をした。まだ同居を始めてわずかだけど、引越し初日にみんなでうどんを食べたことや蓮夜さんが初めてカレーを食べたこと、チョコが好きなことも。
しばらく話こんで一息つくと。
「香穂、連夜と春雷のこと、くれぐれも頼みます。もうすぐ春雷は300歳になります。そしたら思い出をたくさん作ってやってください」
「300歳になるとなにかあるんですか?」
「人間に化けられるようになります」
そうなのか!いつも部屋にこもってるもんね。よーし!お出かけいっぱいしよ!
その日は一泊させてもらえることになりみんなで楽しく過ごした。
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そして翌日。
「春雷、なにも残してやれなくてすまぬ」春紅さんが春雷君の肩にそっと手を添える。
春雷君は首を振り「かーちゃん、会えてよかった!」と笑顔で言う。
春紅さんは春雷君を優しく抱きしめ涙目になる。
見てるこっちまで泣きそうだ。
そして別れの時。
春紅さん、翠工さんに見送られてマキノさんの案内で現世へと戻ってきた。
マキノさんの部屋。
「私、近々この部屋を出ます」と、マキノさん。
そうよね、もう目的は果たされたんだしここにいる理由もないわよね。
「香穂さん、この部屋使っていいですよ」
「え?」
「蓮夜様のおそばにいたいなら今のままでいいですけど」と耳打ちしてくる。
「マキノさ~ん」
マキノさんがふふっと笑みを浮かべた。
数日後、マキノさんは私たちのところへ別れの挨拶をしに来てもののけ界へと帰っていった。
その約一ヶ月後、205号室には新しい入居者が入った。
私はなんだかほっとした。