「いってきます」
今日は初出勤。蓮夜さんはバイトだから春雷君はおじさんのとこにあずける。
お昼ごはんは昨日の余ったカレーをカレーうどんに。
やっぱカレーうどんよね。
そんなことを考えながら階段を降りると集合郵便受けに誰かいた。
「おはようございます」
長い黒髪の女性だった。
新聞を取りに来たみたいだった。
「おはようございます」
一応引っ越しのあいさつもしたほうがいいわよね。
「あの、201号室に引っ越してきました、藍原といいます」
「これはこれはご丁寧に。私は205号室のマキノです」
と、にこりと微笑むマキノさん。
温厚そうな人だなぁと思ってると、
「たしか201って誰か住んでなかったかしら」
あっ、やば
「えっと、ですね」
なんと説明したらよいのやらと困ってると、
「香穂」
蓮夜さんが階段を降りてきた。
蓮夜さんとマキノさんが目が合う。
マキノさんは微笑んでるけど蓮夜さんは警戒してるような顔つき。
この二人知り合い?仲悪いのかな……
「私は失礼しますね。お仕事頑張ってください」
マキノさんは階段を上っていった。
蓮夜さんはマキノさんの姿が見えなくなるのを確認してから。
「これ、おにぎり。昼にでも食べてくれ」
「えっ、いいんですか?」
「香穂にばかり作ってもらっては悪いからな」
「そんな、いいのに。でもありがとうございます」
マキノさんと知り合いなのか聞きたかったけど、初出勤に遅れてはまずいので行くことにした。
「いってらっしゃい」
蓮夜さんに見送られて、いざ葬儀会社へ。
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一通りの仕事を教えてもらってお昼。
お腹空いた〜。
おにぎりだけじゃ足りないからコンビニでからあげでも買ってこよ。
お財布持ってコンビニへ。
事務室から出ようとしたとき、一人の男性とばったり会った。
「すみません、主任はどちらに」
「さっき現場行くって言ってました。なんかトラブルがあったみたいで」
「そうですか。あの」
「はい?」
「もしかして新しく入った方ですか?」
「はい。事務の藍原と申します」
「そうでしたか。僕は松本と申します。あの、もしかしてこれからお昼ですか?よかったら一緒に食べていいですか?」
なんか気さくな人だなぁ。
コンビニに一緒に行って事務室にある飲食スペースで食べることにした。
「僕、中途採用で入って今日が初めての現場研修で」
転職かな。
「松本さん、いくつですか?差し支えなければ」
「25です」
「同い年!敬語じゃなくてもいいじゃん」
「マジ!?同い年の人いてよかったぁ」
「他にいないの?」
「さっき現場研修で一緒だった人、辞めちゃって、というか逃げた」
「えっ、なぜ」
「かなりショックだったみたいで」
「現場ってどこ?」
「火葬場」
ああ……そういえば、初日で辞めてく人もいるってお母さん言ってたっけ。
でも彼は、松本君は逃げなかったんだ。
誰かと話したかったんだろうな。
松本君の心情を察して話に付き合ってあげることにした。
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5時 退勤時間。
「藍原さーん。今日はあがり?これからごはんでも」
なぜか松本君に懐かれてしまった。
「ごめん。すぐ帰らなきゃ。ごはんはまた今度ね」
しゅんと子犬のようにしょげる松本君。
可愛い……でも帰ってごはん作らなくちゃ。
可愛い春雷君がお腹を空かせて待ってるんだから。
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「ただいまー」
ドアを開けるとキッチンに蓮夜さんが立っていた。
「香穂!待って!」
「え」
蓮夜さんが両手で外へと私を押しのける。
「な、なにするんですか!」
「肩に憑いてるから」
「な、にが?」
「霊」
その言葉を聞いて一気に仕事の疲れが飛んで青ざめた。
「そんなに怖がらなくても大丈夫。どこかお店とか人が多い場所でうろうろしてくると自然に離れるから」
「ほほほんと!?」
大丈夫大丈夫と蓮夜さんがなだめてくれてコンビニへダッシュ。
適当に買い物してアパートに帰ってきた。
玄関で蓮夜さんにOKをもらってやっと部屋に入って畳の上で大の字になって寝る。
「かほー、おかえり」
春雷君。あ〜癒やされる〜。
蓮夜さんもお疲れ様と言ってくれた。
それにしても……私って憑かれやすい体質なのかな……。
「香穂、事務の仕事って言ってたけど、今日誰かと接触したか?その時憑かれたのかも」と、蓮夜さん。
今日は主任に仕事教えてもらって、お昼は松本君と……。
「あ」
「心当たりあるんだ」
「はい」
松本君、火葬場から持ってきちゃったのね。でも彼は悪くない。これから気をつければいいわよね。お店とかうろちょろすれば離れるみたいだし。
それからというもの、帰宅後は蓮夜さんに霊チェックされることになった。