翌朝、遅めに目が覚めてしまった。よほど疲れていたのだろう。スマホを見ると9時をまわっていた。
荷物の整理しなくちゃ と布団を畳んで着替える。
そういえば隣の部屋には……
そーっと襖を少し開けると、すーすーと寝息をたててる春雷君の姿が。
やっぱ夢じゃないんだ と昨日の出来事が現実なんだと再確認する。
あれ、蓮夜さんは? と、その時、コンコンとガラス戸を叩く音が。
「朝ごはん用意してあるけど食べるか?」蓮夜さんの声だ。
ガラス戸を開けるとそこには蓮夜さんがいたのだけど耳と尻尾が無い。
「蓮夜さん? ですよね?」
「ああ、これからバイトだから人間の姿になったんだ」
「バイト!?」
「夕方までには帰ってくる。香穂、仕事は?」
「明日からですけど」
「了解。春雷起きたらごはん食べさせてやってくれ。じゃあいってくる」
「はい」
はっ ポカーンとしてる場合じゃない。荷物の整理しないと。
ごはんは春雷君が起きたら一緒に食べるか、と思い、まずは荷物の整理に取り掛かった。
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時計は11時をまわった。
春雷君、まだ起きないのかな と少々心配になり襖をそーっと開けてみる。
「とーちゃん」と、ムニャムニャと寝言を言う春雷君。
お父さんのこと大好きなんだなぁと微笑ましくなる。
「かーちゃん」
ん? そういえばお母さんどうしたのかな。
と、そこへピンポーンと呼び鈴が鳴る。
下の階に住んでるおじさんが様子を見に来てくれた。
「落ち着いたか?」
「うん、だいぶね」
「かほー」呼び鈴で目を覚ましたのか、春雷君が目をこすりながら玄関へ来る。
ちょうどいいタイミングなので3人でお昼ご飯を食べることにした。
蓮夜さんが作ってくれたおにぎりと味噌汁、おじさんが作ってきてくれた卵焼き。
「蓮夜、いつもおにぎりなんだよなぁ。手軽だけど子供にはもっとほら、手のかけたもの食べさせないと」
「私に作れと?」
「お察しの通り」
「まあ、いいけど」
料理は嫌いじゃないし。それにこんな可愛い子が食べてくれるなら喜んで。
ごはんを食べてひと息ついたところで春雷君は部屋でお絵かきタイム。
私とおじさんはキッチンで話をすることに。
まあ、いろいろ聞きたいことはある。まずは。
「蓮夜さんと春雷君、いつから住んでるの?」
「三年前だ。この部屋に住んでた住人が血相変えて俺のとこに来て、化け物が出たー!って騒ぐのなんのって。で、見に来てみたらお狐親子がいたわけだ。住人は即行で退去していったよ」
そうなりますよね。
「どういうわけか、あの部屋はもののけ界とつながっちまったらしい」
「蓮夜さんと春雷君が使ってる部屋が?」
「ああ」
それでか。あの部屋じゃないとだめだというのは。納得。
ん? つながってる? ってことは。
「じゃあ、いつでも戻れるってこと?」
「そうなんだが、あいつら、帰れない事情があるらしいんだ」
「らしい、って事情知らないの?」
「詳しいことは言わないんだが、嫁さんと離縁してもののけ界に居づらくなったとかで」
不倫? 浮気? 蓮夜さんイケメンだしなぁ。いやいや、決めつけるのはよくないぞ。
こちらから無理に聞くのもよくない。本人が話してくれるのを待とう。
「あと、蓮夜さんって人間に化けれるの? 春雷君は?」
「ああ。そうか今日はバイトの日か。春雷は化けることはできない」
「バイトってどこで?」
「カフェだ。働きはじめて2年になる」
諸々の聞きたいことは聞けたので、席を立ち、部屋でお絵かきしてる春雷君をちょっとのぞいて見る。
その可愛い姿を見て。
「っし! おじさん、私ちょっと買い物行ってくるから春雷君お願い」
「お、おう」
詳しい事情はわかんないけど、一緒に住む以上は楽しく過ごしたい。
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夕方、蓮夜さんが帰ってきた。
「とーちゃんおかえり!」
春雷君がきゃっきゃきゃっきゃとお父さんの帰宅を喜ぶ。
「いい子にしてたか?」
「うん! 今日は恭蔵おじさんにも遊んでもらったんだ」
そうかそうかと春雷君を抱き上げて微笑む蓮夜さん。
「おかえりなさい。おにぎりありがとうございました」お礼を言いながらカレーをかき混ぜる。
「それはなんだ?」
「カレーですけど」
「かれー?」
「もしかして食べたことありませんか?」
こくりと頷く蓮夜さん。
「たまに恭蔵さんが差し入れしてくれることもあったがかれーというものはなかった」
「いつもなに食べてたんですか?」
「フライパンや鍋で調理したものをそのまま3人で食べてた」
・・・
昼間は手のかけたもの食べさせないとって言ってたのに……
男飯ってそういうもんなのかしら。
そろそろいいかな、と火をとめる。
お皿によそって、わかめスープとポテトサラダも添える。
春雷君が一口食べる。
一応子供向けにちょっと甘めに作ってみたけど……
「おいしい!」
春雷君のおいしいいただきました!
よかったぁと安堵してお次は蓮夜さん。
「うまい! こんなうまいものがあったとは」
二人が喜ぶ顔を見て私も食べる。
これから楽しい同居生活になりそうだ。